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そのまま。  作者: こまこま
6章
37/44

6-3

キッチン。


水の音。


背中に、ふっと重み。

昂汰の手が止まる。


「……ん?」


振り返ろうとして、

途中で止まる。


腕が、回ってる。


ぎこちないけど、

離れない力。


(……うた?)


一瞬だけ、間。


そのまま、少しだけ力が入るのを感じる。


(あぁ…)


そこで、繋がる。


今日のこと。

一人で帰ったこと。

ちゃんとここまで来たこと。


全部まとめて。


昂汰の肩から、

力が抜ける。


小さく息を吐いて、


「……どしたん、急に」


いつもの軽さで言うけど、

声が少しだけ柔らかい。


返事はない。


その代わり、

ほんの少しだけ、

また、ぎゅっと力が入った。


一瞬、黙る。

「……」


小さく笑って、

ポンポンっと回された腕を叩く


振り返って抱きしめたい

でも

背中に感じる温もりも

離しがたくて


「……ほんまに」


呟きに近い声。



ゆっくり振り返る。


腕はまだほどかない。


一瞬だけ視線が合って、


それから、


詩ごと身体を受け止める。


「……かわいいなぁ」


思わず漏れる。


言ってから、

自分でちょっと笑う。


うつむく頭を、軽く撫でて。


「けど…おいで」

そのまま手を引いてソファに向かう。


「コーヒー入れられないから、ちょっと大人しく待っとき」

“わかった?”

軽く指でおでこを弾く


されるがまま、固まっていたその表情が

満面の笑みに変わっていく様子を

満足そうに見ていた。





「ん、お待たせ」

これノンカフェインやって


差し出されたコーヒーを受け取ると

彼も隣に座る。

なぜかこっちを向いて。


器用にわたしの向きを変えると

真面目な顔。


“ちょっと、相談”


帰ってきたばっかで悪いな





少しだけ気まずそうに切り出したのは


「食事の事やけど」




詩の先輩に相談したんや

俺でも作れる料理ないかって


その言葉に詩の額に皺がよる


「そういう顔すると思っとったけどな」

皺に指を乗せながら苦笑い


まぁ聞いてや


紹介してくれたんや

知り合いがやってるって


彼が取り出したのは

家事サービスの代行会社のパンフレットだった




明日、仕事行く前に来てもらう

話だけ一緒に聞こう


「…うた」


少しだけ間。


「ほんとは、自分でやりたいよな」


ポンポン、と頭に置かれる手。


出来ることからやらへん?

「メニューは詩の担当で」とか

「買い物は出来るだけ2人で」とか





夜。


《出来ることから》

彼の言葉が残る


なんだか心もとなくて

少しだけ身体を丸める


脇腹の傷跡が引き攣る


痛くはない

でも忘れさせてもくれない



包丁。

シンクに落ちた音。


一瞬だけ、

呼吸が浅くなる。


“ 助けてもらおう”

“しんどいってちゃんと言おう”


“助け呼べたの、えらかったよ”


あの時の言葉が静かに落ちてくる


詩は目を閉じたまま、

ゆっくり息を吐く。


胸の奥のざわつきが、

少しずつほどけていく。



できない…

でも出来ることもある

ゼロ、じゃない


(大丈夫…)


言葉にはしない。


でも、

身体のほうが先に納得していく。


そのまま、


意識がゆっくり沈んでいった






詩はもう眠っている。


呼吸はゆっくりで、

さっきまでの気配が嘘みたいに静か。


昂汰はベッドの横に座ったまま、

しばらく動かない。


(……寝たな)


小さく息を吐く。


——そのはずだったのに。


ふと。


背中に回された腕の感触が、戻る。


ぎこちないのに、

ちゃんと離さない力。


(……)


一瞬、固まる。


次の瞬間。


「……っ、」


息が漏れる。

片手で顔を覆う。

(いやいやいや)


頭の中で否定するのに、

もう一回、思い出す。


ぎゅっとされた感じ。


返事もせんと、

ちょっとだけ強くなった力。


「……かわいいなぁ」って思わず漏れた声


(あかんて)


肩が震える。

声、出る。

出したら起きる。

ぐっと唇噛む。


でも、


「……かわいすぎるやろ……」


小っっさい声、漏れる。

自分で一瞬止まる。


(今の聞かれてへんよな?)


ちらっと視線。

詩は動かない。


ちゃんと寝てる。


——確認した瞬間、


「……はぁぁ……」


今度はちゃんと崩れる。


顔覆ったまま、

軽くベッドに突っ伏す。


ドン、じゃない。


コツン、って逃げる感じ。


(無理やろ、あれ)


もう一回、思い出す。


振り返らんかった自分。

そのまま受け止めた感触。

腕、回されたままの時間。


(なんなん、あれ)


口元押さえてるのに、

笑いが止まらない。


でも音は殺す。


必死。


(反則やろ……)


小さく首振る。

でも全然効かない。

また視線を上げる。


ちょっと口開いたまま寝てる

その無防備さ


「……なんやねん」


小さく笑う。


そのまま、

指先で、髪に触れる。


一瞬だけ。


(あかん、起こしてまう)


すぐ離す。

でも、離れがたくて。


視線も。

温もりも。


「……はぁ……」


もう一回息吐く。


「もう寝よ…」


昂汰は静かにベッドに入る。


最初は少し距離を空けて。




でも。


数秒後。


少しだけ身体を起こして、顔を覗き込む。


相変わらず無防備な寝顔。


一瞬だけ、視線が止まる。


(……あれが精一杯やったんやろな)


さっきの腕。


ぎこちない力。


離れなかった指。


思い出す。


胸の奥が、

さっきとは違う重さで、少しだけ沈む。


昂汰は、ゆっくり息を吐く。


そのまま、


そっと布団を引き上げる。


詩の肩に、ちゃんとかけ直す。


触れるか触れないかの距離で、

一瞬だけ手が止まる。


それから、


何も言わずに、手を離す。


「……寝よ」


小さく呟く。


今度はちゃんと落ち着いた声。




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