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そのまま。  作者: こまこま
5章
34/43

5-7

病室。


ベッドの上に、

いくつか服が並んでいる。


昂汰が家から持ってきたもの。


ワンピース。

柔らかいニット。

いつも着ていた部屋着。


「どれがええ?」


軽い調子。


詩はすぐには手を伸ばせない。

服を見る。

着慣れていた服たち。

そのはずなのに、

どこか“人のもの”みたいだった。


(……こんなの着てたっけ)


指先が、

そっと袖に触れる。


柔らかい。


知ってる感触。


でも、

身体の感覚が追いつかない。


前は普通に着ていた。


考えもしなかった。


なのに今は、

“知らないもの”に見える。


視線が落ちる。


(似合うのかな)


そんなこと、

考えたのいつぶりだろう。


昂汰は何も急かさない。


ベッド横に座って、

ただ一緒に服を見てる。


詩が、

白いワンピースを少し持ち上げる。


でもすぐ戻す。


次にニットを見る。


止まる。


「……うた?」


呼ばれて、

少しだけ顔を上げる。


昂汰は詩を見て、

それから服を見る。


「あー……」


なんとなく察した顔。


「自分のって感じせん?」


詩の指が止まる。


昂汰は少しだけ笑う。


「まぁ、分かる」


軽い声。


でも、

茶化してない。


「俺も復帰ん時、

昔のユニフォーム変な感じしたし」


詩が小さく瞬きをする。


昂汰は続ける。


「なんやろな」

「説明できんけどなんか違和感な」


詩の肩から、

少しだけ力が抜ける。


“分かってもらえないかも”

と思っていたものが、

静かに受け止められる。


「…じゃ、これは?」

昂汰が服を一枚取る。


シンプルな、

少し大きめのパーカー。

こんな服、記憶にない。

忘れてる…?

不安になって彼を見つめる


悪戯な笑みを浮かべた彼が

「あとこれも」

「楽そうやし」

次々と出して来たものを並べたら

上から下まで全部揃った。


“頑張って戻る服”じゃない。

今の詩でも着られそうな服。


「買うといたんや」

似合いそうなの見つけたから

いいなぁ、って

思ってたらこうなってたわ


笑顔に押されるように

詩の指が少しだけ動く。

ゆっくり、

その服を受け取る。


それから、

胸元にそっと抱えた。


昂汰がその顔を覗き込む。


「……気に入った?」


詩は小さく頷く。


でも、

それだけじゃ終わらない。


少し迷ってから、

ベッドの端に置かれていた

“前の服”を見る。


白いワンピース。

柔らかいニット。


好きだった服。


でも、

今は少し遠い。


視線が戻る。


腕の中の、

大きめのパーカー。


詩はそれを、

ぎゅっと少しだけ抱き直した。


“これにする”


声にはならない。


でも、

昂汰にはちゃんと伝わる。


一瞬だけ、

昂汰の目が柔らかくなる。


「……そっか」


小さく笑う。


「じゃあ、決定やな」


茶化す声。


でもその声は、

少しだけ嬉しそうだった。


“元に戻る”じゃなくて、

“今の自分で行く”。


その感覚が、

ほんの少しだけ形になり始めていた。











夜。


病室の明かりは落ちている。


カーテンの隙間から、

街の光だけが薄く差し込んでいた。


ベッドの横。

重なった荷物。

その上に

明日着る服が、

小さく畳まれて置かれている。


詩はそれを見つめたまま、

しばらく動かない。


(……退院)


まだ少し、

現実感が薄い。


ここに来た日の事は

あまり憶えていない。


白い天井。

重い身体。

泣き崩れる彼。


ぼんやりと思い出す。


息ができなかった夜。


外に出るだけで、

足が止まったこと。

倒れたこと。


怖かった。

苦しかった。


今思い出しても、

身体の奥が少しだけ強張る。


でも。


それだけじゃない。


手を握ってくれた温度。

“そのままでええよ”って声。


外の風。

コンビニで選んだパン。

くだらない会話。


それも、

ちゃんと残っている。


詩の指が、

ブランケットを少しだけ掴む。


(……なくなってない)


あの日から、

全部壊れたと思っていた。


前みたいには、

戻れないと思っていた。


でも。


前と同じじゃなくても、

ちゃんと“続いてる”。


その感覚が、

胸の奥に静かに落ちていく。


ノック。


「起きてる?」


昂汰の声。


詩が目を向けると、

少しだけ覗き込んだ顔が笑う。


「明日、一緒に帰ろうな」


詩は少しだけ瞬きをして、

それから、小さく頷く。


怖さは、

まだある。


きっと、

これからも消えない。


でも。


“帰りたい”と思える場所が、

ちゃんとある。


そのことに、

今は少しだけ救われていた。



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