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そのまま。  作者: こまこま
5章
28/43

5-1

夜。


スマホが震える。


“明日から1軍戻る”


詩は一瞬だけ止まる。


(戻るんだ…)



すぐにニュースアプリが更新される。



“早瀬、1軍復帰へ”

“再昇格が正式発表”


まだ試合は始まっていないのに、

空気だけが先に動き出す。



テレビをつけると、

スポーツニュースが騒がしくなっていた


「ついに早瀬選手が帰って来ますね」

「どんなプレーを見せてくれるんでしょうか」



詩は小さく息を吐く。


返事は一言だけ。


“見てるね”



鼓動が早くなる。

期待、不安、安堵、

どれも当てはまるけど

どれも正確じゃない。


明日。

どんな一日になるんだろう

はやる気持ちを抑えられない。


そう思って横になったのに。



夜中、息苦しさで目が覚める。

巡回に来た看護師に小さく揶揄われる。


「興奮しすぎたんじゃない?」


明日の試合までには下がるといいね


明日は。

明日だけは。


祈るように目を閉じた。



翌日。


“おはよう”

いつもの文面

“今日頭から出る”


見てて、とは言わない

それが彼らしい。


…詩は、まだ横になったままで。


こんな時に…

思い通りにならない身体に

天井を見上げて息を吐く

なんで…


詩は画面を見て、少しだけ息を吐く。


“楽しみ”

“正座して見るよ”


伝わらないように


“まだ正座できんやろ笑”


集中してもらえるように



夕方。


球場の映像に切り替わる。


観客席が埋まっている。

ざわつきが、画面越しでも伝わる。


「復帰戦ということで、異例の注目度です」


画面の中に、

ユニフォーム姿の昂汰が映る。


実況の声が上がるたびに、

空気が熱を帯びていく。


カメラが何度も昂汰を抜く。

今の様子と、練習中の様子が

何度も交互に映し出される。

彼の一挙手一投足にざわめきがおこっているのがわかる



スターティングメンバーの発表

次々と名前が呼ばれる。


「さぁ、呼ばれます」

テレビの前にも漂う一瞬の静寂。


そして湧き上がる大歓声

(……すごい)


胸の奥が、熱くなる。


実況が興奮している

「お聞きいただいた通りの大歓声です!」

「異様な熱気に包まれています!」


詩は、画面をじっと見る。

(ちゃんと、戻ってきた)


その言葉が、胸の中でだけ落ちる。


体は、少し重い。

熱が、ゆっくり上がっているのがわかる。


でも-

(始まる…)


守備につくために飛び出していくその表情は少し固い。


「詩ちゃん、少し背中起こそうか?」


いつもなら許されない提案に


「今日だけだよ」

悪戯っぽく笑う


昂汰さん、

みんな応援してくれてるよ…




そして。

画面の中で、

昂汰の名前が呼ばれる。


歓声。

一気に上がる音。


詩の胸の奥が、少しだけ跳ねる。


そこにいるだけで、

空気が変わる。


出てきた瞬間に“場を支配する”。


圧倒的な存在感。


「さあ、初打席です!」


顔の前で組み合わせていた両手に、

力が込もる。


少し気怠げに、バッターボックスに入る彼を

大歓声が迎える。

いつもの仕草。


バットを構える。

…静寂。


一球目。


二球目。


三球目。


そして——


カキン。


乾いた音。


一瞬、音が消える。


そのあと、

球場が爆発する。


歓声。


どよめき。


実況の声が跳ねる。


「出ました!復帰初ヒットです!!」

「いとも簡単に打ってみせました!」


ファーストベースについた彼が、

チームメイトに向かって手を挙げる。

溢れる笑顔


詩はそれを見て、

ゆっくり息を吐く。


視界が少し揺れたのは

きっと

熱のせいじゃなかった


看護師が横で小さく呟く。

「……ほんと、すごい人ですね」


詩は少しだけ笑う。


あそこが、彼の居場所だ



スマホが震える。

野球速報。

“復帰戦初ヒット”

“球場騒然”


詩はそれを見て、

画面をそっと伏せる。


テレビでは、

昂汰がベンチに戻る映像が流れている。


チームメイトに軽く叩かれている。

笑顔の昂汰。


詩はその顔を見て、

目を細める。


(ちゃんと、戻った)


その瞬間、

体の重さが少しだけ増す。


(行きたかったな…)

ぼんやりした頭で考える


テレビの中で、

試合は続いていく。


熱は、もうごまかせないくらいには上がっている。


でも、目だけは離れない。


(まだ)


まだ終わっていない。


スマホが震える。

野球速報。


“復帰戦、勝利に貢献”


詩はそれを見て、

ほんの少しだけ目を閉じる。


(よかった)


その一言だけが、胸に落ちる。


両手を挙げて声援に答える姿を

ほんの少しだけ

固さが取れた表情で

マイクを持つ彼を


確認すると、

ゆっくり目を閉じた。

ちゃんと見届けた、という実感。


「ベッド、戻すね」


気遣うような看護師の言葉に小さく頷く


ありがとう。

動かした唇に

彼女の表情が崩れる。


「ちょっと、無理したから。」

身体、休めようね


大きく息を吐いて

目を閉じる。



最後にスマホが一度だけ震える。

速報。


“早瀬、完全復活へ”


詩はもう見ない。



布団の中で、

浅い呼吸が繰り返される。


そしてそのまま、

詩は静かに眠りに落ちていく。






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