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スマホが震える。
“明日オフになった”
詩はすぐに画面を見る。
少し遅れて、もう一通。
“だから今日はそっち帰る”
一瞬、意味を追う。
(……帰る?)
指が止まる。
そのまま、画面を見つめる。
もう一度、震える。
“今から出る”
短い。
いつも通りの温度。
でも、
さっきまでと決定的に違う。
(……来る)
詩の呼吸が、少しだけ浅くなる。
嬉しい、より先に
戸惑いが来る。
(どうしよう)
体はまだ万全じゃない。
声も出ない。
でも、
指はもう動いている。
“待ってるね”
既読がつく。
“おう”
少しだけ息を吐く。
画面を見たまま、
小さく、笑う。
(会える…)
実感が、ゆっくり落ちてくる。
そのとき。
ベッドの上で、身体が少しだけ強張る。
(ちゃんと、してるかな)
一瞬だけよぎる不安。
でも、
(大丈夫)
言葉じゃない確信。
詩はスマホを握ったまま、
ゆっくりと息を整える。
画面の向こうじゃなくて、
今度は、本当に来る。
それだけで、
胸の奥が少しだけ忙しくなる。
部屋の中は、いつもと同じはずなのに。
少しだけ、落ち着かない。
詩はベッドの上で、
何度か体勢を変える。
スマホを見る。
時間は、まだそんなに経っていない。
気持ちが急いで
待つ時間だけが、少し長い。
胸の奥が、
変にざわつく。
(どうしよう)
何を、とは言えないまま。
指先が、シーツを掴む。
そのとき——
コンコン、と小さくノックの音。
一瞬、呼吸が止まる。
(……きた)
視線が扉に向く。
「入るでー」
いつもと同じ声。
ドアが開く。
その隙間から見えた姿で、
全部、追いつく前に——
(……あ)
胸の奥が、ほどける。
彼が、そこにいる…
ただそれだけで、
さっきまでのざわつきが一気に崩れる。
ぽろっと涙が落ちる。
昂汰はそれを見て、
一歩だけ止まる。
「……え、なに」
少し困った声。
でも足は、そのまま近づいてくる。
「なんで泣いてんの」
軽く笑う。
詩は何も言えない。
言おうとすると、
余計に涙が出る。
ただ見てるだけで、
もう無理だった。
昂汰がベッドの横に来て、
少しだけ覗き込む。
「いや、待って」
「早すぎやろ」
その言い方が、
少しだけいつも通りで。
詩の中の何かが、また緩む。
ぽろぽろじゃなくて、
ぼろぼろ落ちる。
昂汰は一瞬だけ黙って、
そのまま手を伸ばす。
頭に触れる。
それだけで、
呼吸が少し乱れる。
詩の指が、
無意識に昂汰の服を掴む。
「……あー」
小さく息を吐く。
「寂しかったな」
詩は何も言えないまま、
ただ頷くみたいに少しだけ動く。
昂汰は少しだけ笑う。
「泣きすぎやって」
「苦しくなるぞ」
そう言いながら、
今度はちゃんと、
肩に手を回す。
少しだけ、引き寄せる。
強くない。
でも、逃がさない力。
詩の呼吸が、
少しずつ整っていく。
昂汰はそのまま、
軽く背中を叩く。
「……ただいま」
ぽつりと落とす。
それは報告みたいで、
でも少しだけ違った。
詩は目を閉じる。
(…あったかい)
その実感が、
やっと、ちゃんと落ちてくる。
部屋の空気が、
少しずつ“いつもの形”に戻っていく。
詩の呼吸が、少しずつ整っていく。
涙も、さっきよりは落ち着いてきた。
昂汰はそのまま、
軽く背中を叩いていた手を止める。
「落ち着いた?」
詩は小さく頷く。
そのまま少しだけ距離が戻る。
視線が、自然と昂汰に向く。
そのとき——
ほんの一瞬、
違和感が走る。
(……あれ)
詩の目が、少しだけ細くなる。
肩。
腕。
首元。
何度も見てきたバランス。
(戻ってる)
前より、無駄がない。
でも落ちてた時の軽さとも違う。
ちゃんと“動ける身体”に戻ってる。
詩の指が、無意識に昂汰の腕に触れる。
少しだけ、確かめるみたいに。
昂汰が一瞬だけ止まる。
「……なに」
詩は答えない。
でもそのまま、もう一度触れる。
今度は少しだけ確信を持って。
昂汰はそれを見て、
軽く眉をひそめる。
「やめろや笑」
でも、振り払わない。
詩はそのまま、
小さく息を吐く。
(ちゃんとやってる)
それが分かるだけで、
胸の奥が少しだけ軽くなる。
昂汰は少しだけ視線を逸らして、
「まぁな」
って、雑に返す。
「一応、やってるから」
その言い方が、
少しだけ照れてるのが分かる。
詩はそれを見て、
笑う。
さっきまでとは違う、
落ち着いた笑い。
(大丈夫だ)
言葉じゃなくて、
ちゃんと確認できた。
詩の指が、もう一度だけ腕に触れる。
さっきよりも、軽く。
確認じゃなくて、
ただ触れてるだけ。
「……だから何やねん」
小さく笑う。
詩は答えない。
でもそのまま、
手を離さない。
(ちゃんと戻ってる)
それを“知った”あとに触れる意味が変わる。
昂汰は少しだけ視線を逸らして、
「そんな見られるとやりづらいわ」
…ぼやく。
詩は、少しだけ楽しそうに笑う。
詩の指が、もう一度だけ腕に触れる。
軽く、確かめるみたいに。
(戻ってる)
その感覚が、はっきりする。
少しだけ間。
詩は昂汰を見上げて、
ほんの少しだけ口元を緩める。
それから、
ゆっくりと唇が動く。
声にはならない。
でも、形だけで分かる。
「どうですか?」
昂汰が一瞬、固まる。
「……は?」
詩は少しだけ楽しそうに、もう一度。
「どうですか」
声は出ないのに、
完全にふざけてる顔。
昂汰はそれを見て、
小さく吹き出す。
「なんやねんそれ」
一歩だけ近づいて、
軽く額を小突く。
「誰目線やねん」
詩は何も言えないまま、
でも、ちょっとだけ得意そうに笑う。
昂汰はそれを見て、
「……まぁ」
って一瞬だけ言葉を濁す。
視線を逸らしてから、
ぽつりと落とす。
「悪ないんちゃう」
雑に返す。
詩の目が、少しだけ柔らかくなる。
そのまま、もう一度だけ腕に触れる。
今度は確認じゃなくて、
ただ触れてるだけ。
昂汰の動きが、少しだけ止まる。
視線が落ちる。
「……お前さ」
小さく息を吐いて、
「調子乗んなよ」
一拍。
少しだけ口元が緩む。
「襲うぞ」
軽い声。
半分は、冗談。
詩は一瞬だけ目を見開いて、
そのあと、くしゃっと笑う。
声は出ない。
でも完全に笑ってる。
昂汰はそれ見て、
「なんやその反応」
って小さく笑う。
さっきまでの距離が、
完全に“いつもの2人”に戻る。




