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そのまま。  作者: こまこま
4章
25/44

4-3

夜。


ホテルの部屋は静かだった。


ストレッチの後のだるさだけが、身体に残っている。



ベッドに腰を下ろして、

スマホを手に取った。


画面を開く。


LINE。


上にある名前は、ずっと同じ。


(……文字だけだと、足りんな)


そう思った瞬間に、少しだけ眉が動く。


“今日も終わった”


それだけでいいはずなのに。

指が動かない


昂汰は一度スマホを置く。


天井を見る。


(何してんねん、俺)

笑いそうになって、やめる。

でも、結論は変わらない。


もう一度スマホを取る。

通話ボタンに指が行く。


一瞬止まる。

(出るか?)


詩は声が出ない。

それは分かってる。


でも、それでも。


昂汰は軽く息を吐いて、


通話を押す。



コール音。

一回目。


二回目。


その間、少しだけ心臓がうるさい。


(別にええやろ)


(顔見るだけやし)


三回目で、


画面が変わる。



病室の光。

白い天井。

そして、詩。


少し驚いた顔。


でも、すぐに視線が落ち着く。


昂汰は一瞬だけ言葉を探して、


結局、いつも通りに落とす。


「……体調、どう?」



詩は何も言わない。


でも、目が少しだけ揺れる。


昂汰はそれを見て、

少しだけ息を吐く。


(あぁ…)


LINEじゃ足りなかった理由が、

そこで分かる。


“文字やと薄い”


今はちゃんと、そこにいる。


昂汰はスマホを持ち直して、

画面を見つめる。



「……顔見たかっただけや」


軽く言う。


でも嘘じゃない。


詩は少しだけ瞬きをする。


その沈黙が、

いつもより少しだけ長い。


でもそれでいい。



画面の向こうで、

詩は少しだけ固まる。


通話がつながったまま。


昂汰の声が、部屋にある。


一瞬の間。


そして——


詩の目元が、ゆっくり緩む。



(……びっくりした)


そんな顔。


次の瞬間。


ほんの小さく、

口元が上がる。



ニコッと、する。



声は出ない。


でも、それで十分だった。



昂汰は画面越しにそれを見て、

一瞬だけ止まる。


胸の奥が、少しだけ軽くなる。


「……なんやその顔」


思わず、そう言ってしまう。


そばにいないのに。

抱きしめられないのに。


でも、声は柔らかい。



詩は何も言えないまま、

それでもニコニコしている。



それが逆に、

ちゃんと伝わってくる。



(怒ってない)

(困ってもない)

(ちゃんと、喜んでる)



昂汰は小さく息を吐く。


「……まぁええわ」

少しだけ笑う。


さっきまであった、

変な緊張が抜けていく。


スマホを少し持ち直して、

画面を見つめる。


「今の顔は反則やろ」


軽く言う。


詩はまだニコニコしたまま。


それを見て、

昂汰は視線を少し落とす。


(…会いたい)


さっきまでの“確認したい”じゃなくて、


今はもう少しだけ違う。


この笑顔を

その温もりを

この手で確かめたい


昂汰はスマホを握り直して、

画面の中の詩を見つめる。



「まだ……切らんでええ?」


小さく聞く。

詩は、ゆっくり頷く。


それだけで、

昂汰の肩から力が抜ける。


通話は切れないまま。

画面の中の詩は、まだ少し笑っている。




「ん……ちょっと話そ」


軽く言う。


小さく瞬きをする詩。


昂汰はそのまま続ける。



「今日な、キャンプのメニューやばかったわ」

「朝から走らされて、そのあとバットで…」


言いながら、少しだけ笑う。


「普通に足終わるやろって思った」


詩は画面の向こうで、

小さく頷く。


視線が柔らかい。


(うん)


声じゃない返事。


でも、それで十分だった。


昂汰はそれを見て、

少しだけ満足する。


「でな、コーチがさ」


「絶対分かってやってる顔しててムカつくねん」


テンポが戻る。


いつもの、軽口のリズム。


詩はそれを聞きながら、

ときどき表情を動かす。


笑うところで少し笑って、

黙るところでちゃんと見る。


それだけで会話になる。


昂汰は話しながら、

ふと気づく。


(あ、これやな)


前とは違う。


でも2人の間に流れる空気感は

変わらない。

2人の時にだけ、感じる

安心感。


それが少し不思議で、

でも落ち着く



「あとさ、病院の先生な」


昂汰は少しだけ声を落とす。


「めっちゃ冷静やねんけど、

なんか全部見透かされてる感じすんねん」


詩の目が少しだけ揺れる。


昂汰はそれに気づかず続ける。


「まぁでも、止められて正解やったわ」


少し間。


「……お前見てたしな」


その一言で、

詩の表情が少しだけ柔らかくなる。



昂汰はそれを見て、

小さく息を吐く。



「そっちどうなん」


軽く聞く。


詩は答えられない。

でも、少しだけ笑う。


昂汰は天井を見上げてから、

また画面を見る。


「ちゃんと食べろよ」

「あと、ちゃんと寝て」

「リハビリも」



なにかを誤魔化すように

次々と繰り出す昂汰に

少しだけ笑顔を浮かべ、ゆっくり頷く。



通話の空気が、

さっきより少しだけ柔らかくなる。


昂汰はスマホを少し近づけて、

ぽつりと言う。


「…心配やわ」


詩はそれを聞いて、

また小さく笑う。



「うた?」

2人の視線がぶつかる


「…好きやで」


一瞬で赤く染まる頬


「そばにいたい、けど…」



詩の望みを叶えたい

彼女にとって誇れる人間でいたい


自分も

自分に胸を張りたい


だから。

「…頑張る」


言い切った時、

一瞬、何かを言いたそうに

開いた唇が、

キュッと結ばれて


力強く頷いた。



「あー…まぁ、そろそろ寝よか」


硬くなった空気を緩めるように

少しの恥ずかしさを誤魔化すように


軽い調子になる。




「ちゃんと寝ろよ」


繰り返される言葉。


詩は、少しだけ笑う。



昂汰はそれを見て、


「じゃあな」


って普通に切る。



通話が終わる。


でも、


さっきまでより少しだけ、

部屋の空気が軽い。


(……頑張るから)


昂汰はスマホを置いて、

そのまま横になる。


詩も、

スマホを胸の上に置いたまま、


ゆっくり目を閉じる。



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