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そのまま。  作者: こまこま
4章
23/43

4-1

スマホが震えた。


見なくても分かる。


昂汰だ。


“終わった”


それだけ。


"お疲れさま”


打ちかけた、そのとき、

テレビの音が少しだけ強くなる。


「二軍練習——」


名前が呼ばれる。


今さら、みたいなタイミングで。



詩は、

スマホとテレビを見比べる。


同じ人なのに、

届き方だけが違う。


指先が、ゆっくり画面に触れる。


テレビの画面が切り替わる。


練習帰りのざわついた空気の中で、

インタビューに引っ張られている。


「二軍での再調整について——」


マイクが向けられる。


昂汰は少しだけ眉をひそめて、


「まあ……やるだけです」


それだけ言って、視線を外す。


(……短い)


詩は、瞬きを忘れたまま見ている。


画面の中の昂汰は、

いつもより少しだけ、固い。




そのとき。


スマホがもう一度震えた。



“今日ちょい遅なる”


続けて、


“疲れた”


それだけ。


口元に笑みが浮かぶ。


画面の中では、まだ昂汰が話している。


でも詩の目は、もうそこに重なっていない。


スマホの画面に落ちている。


どうしよう

言いたいことはいっぱいある


数分後。


通知がもう一度鳴る。


“ちゃんと食べてるか?”


少しだけ遅れて、


“そっちどうなん?”


スマホを握ったまま、

詩は少しだけ画面に視線を戻す。


テレビの中。


昂汰が、一瞬だけ笑いかける場面。


(……今)


指が動く。

カシャ、と小さく音が鳴る。



数秒後。

LINEに一枚の画像が送られる。



昂汰の、画面越しの横顔。


「だいじょうぶ」


一言だけ添えて。



“おい”

“やめろ笑”

“恥ずいって”


立て続けに来る通知が可笑しかった





通知音。

昂汰は少しだけ息を吐いて、

画面を開いた。


そこにあったのは、一枚の写真。




ブレている。


ピントも合っていない。


少し傾いた画面の中に、

自分がいる。


インタビューの途中で、

ふと横を向いた瞬間の顔。


ちゃんとした写真じゃない。


でも、すぐ分かる。

詩が撮ったやつだ。



(……これは)


昂汰は、思わず小さく笑う。


「下手すぎやろ」


声に出てしまうくらい。

でも、すぐに笑いが止まる。


ブレてる理由が、わかってしまった。


それでも撮った。

きっと、俺を笑顔にしたくて


昂汰は画面を見つめたまま、

しばらく動かない。


(これが今の視界か)

少しだけ、胸の奥が静かになる。


写真は上手くない。

でも、


伝わる


昂汰は親指で画面をなぞる。

何も言葉が出てこないまま、

一度だけ息を吐いた。


「……がんばれ」


小さく呟く。

誰に向けたでもない声。


すぐにまた返信する


“やめろ笑”


送信してから、少し間を置いて、

もう一つだけ追加する。


“でもまぁええけど”


画面を閉じかけて、

やめる。


(ちゃんと、見えてるんやな)


その事実だけが、

少しだけ遅れて落ちてくる。


嬉しいのに、

少しだけ、胸がつまる。


昂汰はスマホを握ったまま、

もう一度だけ画面を見た。


ブレた写真。


不器用な一枚。


それが、

今の詩そのものみたいで。


「……ほんま」


小さく笑って、


画面をそっと伏せる。

返事はもう一度来る。

でも今は、

それで十分だった。








テレビが、いつもより長く昂汰を映していた。


「再始動——二軍からのスタートとなった早瀬選手ですが」


アナウンサーの声が、

やけに丁寧に響く。


画面の中には、

練習風景。


キャッチボール。

バットの音。

汗を拭う仕草。


どれも、少しだけ“切り取られている”。


詩は、リモコンに手を伸ばしかけて、

止める。


消さない。


「一時は離脱もありましたが、ついに復帰を決意したようで」


「ファンの間でも復帰を歓迎する声が——」


画面が切り替わる。

ワイドショー。

少しだけ大げさなトーン。


「注目の再出発ですね」


「精神面も含めて、ここからどう立て直すか」



(……立て直す)


詩はその言葉だけ、少し遅れて拾う。



“早瀬選手、ついに再始動”


そんなテロップが出る。


画面の隅で、

昂汰が軽く頭を下げる。



でも詩の目は、

その“丁寧すぎる映し方”に少し引っかかる。



テレビの中の昂汰は、

いつもより遠い。


知らない人たちの言葉で囲まれている。



「期待の声も大きい一方で——」


一瞬だけ、空気が変わる。

でもすぐに戻る。


詩は、無意識に画面に近づく。


(見てるのに)


(全然、違う)


“リハビリ終わった?”


通知。


詩はスマホとテレビを交互に見る。


テレビの中の昂汰は、

もう一度カメラに向かって軽く笑う。


その瞬間だけ、

詩の胸が少しだけ静かになった。



画面はまだ昂汰を追っていた。


次は別の映像。

練習の切り抜き。

インタビューの短い一言。


どれも、さっきより少しだけ“仕事の顔”に戻っている。


詩は、リモコンに手を伸ばしかけてやめる。

消す理由が、ない。


“昂汰さんの特集見てる所”


“…消しなさい”


“やだ”


“なんでだよ笑”


画面の中の昂汰は、

もう別の場所にいるのに、


同じテンポで返ってくる。



詩はスマホを握ったまま、

テレビを見る。


“好きだもん”


既読がつく。

急にテンポが遅くなったことに少し笑う


“野球やってる昂汰さん”


“限定かよっ”

“ドキっとして損したわ”



再びスマホが震える。


“ちゃんと寝ろよ”


(…うん)


“ちゃんと食べて、ちゃんと寝ろ”


“で、ちゃんと見てて”


(…うん…)


込み上げて来たものを飲み込んで。


“見るのはいいんだ?”


送信。


“見てるくらいで安心するなら、それでええよ”


テレビの中の昂汰が、

また別のインタビューに切り替わる。


笑っている。


でもさっきほど軽くはない。


言葉を選びながら話している。



スマホに視線を落とす


温度が、違う


離れていても包み込まれているような、

そんな温かさが滲んでいた






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