3-9
扉が開く音がして、
詩の視線がそちらに向いた。
一瞬だけ止まる。
次の瞬間——
昂汰がそこにいた。
それだけで、
胸の奥が崩れた。
(……あ)
安心とか、説明とか、全部追いつく前に。
涙が出る。
ぽろ、っていうより、
止める前にもう落ちてる。
昂汰はすぐ気づいて、
一歩止まる。
「……え、なに」
少しだけ困った声。
でも、足はちゃんと近づいてくる。
詩は何も言えない。
言おうとすると、余計に涙が出る。
ただ見てるだけで、
もう無理だった。
昂汰がベッドの横まで来て、
軽く覗き込む。
「いや、待って」
「なんで泣いてんの」
少し笑い混じり。
でも、
手はちゃんと詩の頭に触れる。
その瞬間、
詩の中で何かが外れる。
ぽろぽろじゃなくて、
ぼろぼろ落ちる。
(会えた)
それだけで十分すぎた。
昂汰は少しだけ目を瞬かせて、
困ったように笑う。
「え、ほんまにどうしたん」
詩は首を振る。
でも涙は止まらない。
昂汰はそれ見て、
ふっと息を吐く。
「いや、なんもしてへんのに泣くやつおる?」
そう言いながら、
少しだけ近くに座る。
距離が縮まる。
詩の指が、
無意識に昂汰の服を掴む。
それに気づいて、
昂汰の手が止まる。
「……あー」
「それは分かるわ」
小さく笑って、
「寂しかったか」
軽い言い方。
でもちゃんと分かってる声。
詩はそれで、
また少し泣く。
昂汰は困った顔のまま、
でも離れない。
「泣きすぎやって」
「マジで」
軽く言いながら、
指先で涙をぬぐう。
優しすぎない距離。
でも、
ちゃんといる距離。
詩はやっと、
小さく息を吸う。
(……いた)
それだけで、
ようやく落ち着き始める。
昂汰は少しだけ肩をすくめて、
「まぁええわ」
「泣くのも回復のうちやろ」
って、雑にまとめる。
その言い方が、
ちょっとだけ可笑しくて。
まだ、
涙が止まらないまま。
でもさっきみたいな苦しさじゃない。
ちゃんと、
“会えた”の涙になっていく
昂汰はそれを見ながら、
小さく息を吐く。
「……ごめん」
ぽつりと落ちる声。
詩の動きが少し止まる。
視線を逸らさないまま続ける。
「心配させたよな」
その言い方は、
軽くはない。
でも重くもしていない。
事実として、
ちゃんと置くみたいな声だった。
詩の胸の奥が、
少しだけ揺れる。
(……いる)
その実感が、
遅れて落ちてくる。
昂汰は詩の涙を見て、
少しだけ困った顔をする。
「いや、ほんまに」
「そんなに?」
軽く笑う。
でも手は離さないまま。
詩は首を振ることもできず、
ただ昂汰を見ている。
昂汰は少しだけ近くに座り直して、
「……なに」
「そんなやった?」
って、少し柔らかく聞く。
詩は答えられない。
でも指が、
無意識に昂汰の服を掴む。
それを見て、
昂汰は一瞬だけ黙る。
「…俺も、会いたかった」
「こうやって泣いてるんじゃないかって」
心配で
詩の涙が、
また少しだけ増える。
親指が拭ってくれるけど
全然追いつかなくて
昂汰はそれを見て、
少しだけ笑う。
「…よう泣くなぁー」
そう言いながら、
頭を抱える。
優しさはそのまま。
詩はゆっくり息を吸う。
「詩」
「もうちょい落ち着いたら、ちゃんと話そ」
背中に回った手が落ち着かせるように動く。
いつもの温度に、
少しずつ戻していく声だった。
詩はまだ、
昂汰の服を掴んだまま。
涙は少しずつ、
落ち着いてきている。
離れない手だけが、
今の確かなものだった。
昂汰はそれを振り払わない。
ただ、
そこにあるまま受けている。
しばらくして、
詩の呼吸が、
ようやく整っていく。
それを確認して、
昂汰は小さく息を吐く。
「……戻ってきたな」
誰に向けるでもない声。
軽く笑って、
「ほんま、忙しいやつやな」
そう言うと、
詩の頭を軽く撫でる。
今度は、
いつもの距離で。
安心の形で。
詩は、
そのまま目を閉じる。
まだ少しだけ、
指は離れないまま。
でもそれでいい。
今はそれでいい。
部屋には、
機械の音と、
落ち着いた呼吸だけが残っていた。




