表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そのまま。  作者: こまこま
3章
14/43

3-1

どんよりとした雲が広がっている。


一緒に映画を観ていたはずの彼女の視線がいつの間にか画面を外れていた。


伸ばされた手にそっと触れると

わかりやすく肩が上がって

恥ずかしそうに笑った





「いいことではあるけどな」

周りが見えてきた証拠だろ?


訪ねてくれたコーチが言う


「そうっすね」


「昂汰はどう思ってるんだ」


俺は…

「戻ります。絶対。」

「そのために、今も動いてます」


けど。



今の彼女を、置いてはいけない。


触れれば、


簡単に壊れてしまいそうで。


少し目を離しただけで、


どこかへ消えてしまいそうで。



「昂汰のそういうとこ、きっとあの子は分かってる」


「だから、苦しいんじゃないか?」



「簡単に戻れる世界じゃない」って、あいつは知ってる。

現場を知ってる分、余計に。


詩のためと言いながら

どこか

焦り始めてる

そんな



「詩ちゃん、まだ会えないかな」


人に会うのが怖くて

ぼろぼろの自分を晒すのが

怖くて

詩はあの日以来誰とも会わないでいた



声が出ないことも傷だらけの身体も

誰かに会えば

その表情で

また

現実だと思い知らされる



事件後、彼女のメンタルのために

院外の世界を閉ざしてきていた。


「…そうっすね」

小さく、息を吐く。



変えなきゃいけないのは、


あいつだけじゃない。


「そろそろ、かもしれんですね」


彼女にとっても。


——自分にとっても。






「今日な、ちょっとだけ人来る」


その一言で、


空気が変わる。


誰、とは言わない。


でも、


分かる気がした。








扉が、そっと開く。


ほんの少しだけ、


空気が揺れる。


「……おじゃまします」


小さな声。


びく、と


身体がわずかに反応する。


すぐ隣で、


昂汰の気配が、少しだけ近づいた。




「詩ちゃん」


呼ばれる声は、


思っていたよりずっと、やわらかい。




「久しぶり」


返せないまま、

視線を落とす。


それでも、

急かされる感じは、なかった。




「無理言って、顔見にきちゃった」


ふっと、笑う気配。



「大変だったね」


その言葉に、

ほんの少しだけ、

指先が動く。




「……なあ昂汰」


横に流れる会話。


「わがまま言って詩ちゃん困らせてないだろうなぁ」


「しませんよ、そんな事」




短いやり取り。


いつもと同じみたいで、

でも、

少しだけ静かで。


その間に、

ただ、

いることしかできない。




「そうだ、これ」


ふわっと落ちる声。


「詩ちゃん、好きだったよね」


カタン、と置かれる箱にビクッと震える肩


「ありがとうございます」


隣の昂汰さんが手を伸ばして受け取る




大丈夫だってわかってるのに

反射で肩が揺れてしまって

それが、妙に申し訳なくて


その空気に

息が苦しくなる。




「詩ちゃん、ありがとうね」

会えて嬉しかったよ


変わらない柔らかな温度


「ありがとう」

そう言いたいのはわたしなのに

視線は上げられないままで


もどかしくて

悔しくて

視界が滲んだ



「詩も会えて嬉しいよな」


いつもの温もりがすぐ隣に来て

大きな手が後頭部に触れる


顔を上げて

必死にその瞳を見つめる


震える手を固く、固く握りしめて


伝わってほしい

伝えてほしい


2人がほぼ同時に表情を崩すと

ふわりと空気が和らぐ。



「うん、ありがとう。また来るね」



一緒に立ち上がった昂汰さんを制して、

足音が、

ゆっくり離れていった。





扉が閉まって、

部屋が、静かになる。


さっきまであった気配が消えて、

少しだけ、

息がしやすくなった気がした。


「……うた」


隣から、声。


ゆっくり、

顔を覗き込まれる気配。


「大丈夫か」


いつもと同じ問い。

でも、

さっきより少しだけ、

近い。


頷こうとして、

ほんの少し、

遅れる。


その間を、

見逃さない。


「……ちょっと、疲れたよな」


やわらかい声。


でも、

引かない。


そっと、

手が伸びてくる。


反射みたいに、

肩が揺れる。


一瞬、

止まるその手。



「触るで」


確認みたいな、

小さな声。

逃げる時間を、

ちゃんとくれる言い方。


それでも、

身体は、固まったまま。


数秒の沈黙。


そのあと、

ゆっくりと、

指先が、

頬に触れた。


びく、と

わずかに反応する。


でも、

逃げなかった。


「……うん」


小さく、息が落ちる。


安心したみたいな、

でもどこか、

決めたみたいな声。


そのまま、

もう少しだけ近づく気配。


「ちょっとだけ、こっち向ける?」


問いかける声は、

あくまでやわらかいまま。



迷いながら、

ほんの少しだけ、

顔を上げる。


視線が、

ぶつかる。


「……ええやん」


ふっと、笑う気配。


そのまま、

親指が、

目元をなぞる。


「ちゃんと、戻っとる」


ぽつりと落ちる声。



胸が、

じわっと熱くなる。

そのまま、

少しだけ、

距離が近づく。


でも、

ギリギリのところで、

止まる。




「うた、どうしたい?」


少しだけ腕を広げる。


抱き寄せる距離。


すぐには来ない。


それでも、


引かない。


離れない距離のまま、


ただ、待つ。




やがて、ほんの少しだけ、詩の身体が揺れる。



それを確認してから、


ようやく——


ゆっくりと、距離がなくなる。




そっと引き寄せられた腕の中、

大きく息を吐く。

力を抜いて寄りかかると

ふっと笑ったのが振動で伝わる



「……よう頑張ったなぁ」


頭の上から響く声





ここは、私の。


私だけの、


特別な場所だった。


その腕の中で、息が落ちる


ああ、


——離れたくないと、


はじめて、はっきり思った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ