第一話 「甘味と、秋の始まり」
ご覧いただきありがとうございます。
本作は
「中華風後宮ファンタジー」
「年上攻め×主人公受け」
を詰め込んだBL作品です。
シリアスになりすぎず、基本はコメディ寄りで進みます。
どうぞ肩の力を抜いてお楽しみください。
「へぇ〜! 今、街で杏仁酪に棗蜜をかけて食べる甘味屋が
流行ってるんだって!」
仕事を終えた午後。
オレは妹・星蘭から届いた文を読んでいた。
玄曜の計らいで文のやり取りができるようになり、
今では定期的に送り合っている。
「“とろりとした蜜が美味しくて、お祭りの名物になっています”
……いいなー!」
続く文に目を通す。
「“会えなくて寂しいです。お兄様もお身体に気をつけて、
お仕事頑張ってください”」
くうー!!なんて良い妹なんだ!!
一生懸命書いた文字を見るだけで心があったかくなる。
すると後ろから、ひょいっと文を覗き込まれた。
「“玄曜お兄様と仲良くね。早く婚姻してください”
……確かに。いい妹だ」
「勝手に読むなよ!」
玄曜は気にした様子もない。
「妹の望みを早く叶えた方がいい」
静かな圧を感じる。
実家に帰って以来、オレの家族はすっかり玄曜を
気に入ってしまったらしい。
最近の星蘭の手紙も、最後は必ず――
“早く婚姻してください”で、締めくくられている。
オレは聞かなかったことにした。
「街にいた頃は、星蘭とよく甘味屋に行ってたんだよな〜」
「糖水とか、蜜麻花とか!」
「食べ歩きもよくしてたし」
大事な文を丁寧に畳みながら言う。
すると玄曜が不思議そうな顔をした。
「なぜ甘味をわざわざ食べに行くんだ?」
「え?」
オレの手が止まる。
「甘味は並べてあるものだろう?」
「……なんだって?」
「専属の菓子職人が作ったものを金の盆に並べる。食べたいものだけ選んで食べるものだろ」
あー!!
これだから皇子様は!!
価値観が違いすぎる!!
オレは勢いよく立ち上がった。
「……曜」
「なんだ」
「次の休みは街で庶民デートです!」
玄曜は目を瞬く。
オレは食卓に貼ってある『恋人同士でやりたい事一覧』を取り出した。
そして――
『街中でデート』その横に。
大きく、『決行!』と書き込んだ。
*
――数日後。
「なあ。本当に大丈夫なのか?」
街の大通り。人や荷馬車が絶えず行き交う通りを、
流星と玄曜は並んで歩いていた。
オレは周囲が気になって仕方がない。
キョロキョロと辺りを見回し、完全に挙動不審だ。
「落ち着け」
玄曜は呆れたように言った。
「姿を変えられる龍霊雨器を身につけている。
他の人間には普通の男に見えている」
「そうなの!?」
なんて都合のいい龍霊雨器なんだ……!
改めて周囲を見回してみる。
誰も玄曜を気にしていない。
女の子たちも普通に通り過ぎていく。
どうりで誰一人として騒がないわけだ。
「今日は庶民デートだからな」
玄曜は淡々と言った。
「余計な邪魔が入ると面倒だ」
……確かに。
玄曜みたいな顔面の男が普通に歩いていたら街中が大騒ぎになる。
「それで?」
玄曜は街並みを見渡した。
「庶民デートとは何をするんだ?」
「まずは買い物!」
オレは即答した。
「買い物?」
玄曜が眉をひそめる。
「衣を見たり、日用品を見たり」
「それは献上される物だろう?」
やれやれ。この価値観である。
「いいか? 玄曜」
オレは人差し指を立てた。
「庶民は身の回りの物を買ったり、
自分で作ったりするんです」
「今日は存分に庶民のデートを楽しませてやるよ!」
そう言って玄曜の袖を引く。
「やりたい事一覧にも書いたけどさ!龍霊雨器以外にも、
お揃いの物が欲しいんだよな〜」
二人で通りを歩く。
街はすっかり龍雨祭の祝い一色だった。
「曜! 上見て!」
流星が指差す。
通りの上には龍を模した灯籠が無数に吊るされていた。
その合間には鏡飾り。
太陽の光を受けて無数の光を反射し、
雨粒のように煌めいている。
龍の神の涙――龍雨を表した祭りの伝統装飾だ。
商店の軒先には龍旗がはためき、
道の両脇には五色の祈願布が揺れている。
豊作。
商売繁盛。
家内安全。
人々の願いが風に踊っていた。
「賑やかだろ?」
後宮とはまるで違う。
街は人の声と熱気で溢れていた。
玄曜は立ち止まる。
その目に映るのは、初めて見る景色。
初めて見る人々。初めて見る暮らし。
すべてが新鮮だった。
生命力に満ちた街は、まるで光そのもののように輝いて見える。
玄曜は何も言わず、ただ静かに景色を見つめている。
そんな玄曜を、流星もまた静かに見つめていた。
流星にとっては当たり前の景色。
当たり前の日常。
けれど――
玄曜にとっては違う。
後宮の外を知らない。出たこともない。
買い物も知らない。
人々の暮らしも知らない。
オレが、当たり前だと思っていたものを
玄曜は今日初めて見ている。
やっぱり玄曜は特別な人なんだ。
そう思うと同時に、少しだけ寂しくなった。
だからこそ――
今日はたくさん見せてやりたい。
オレの知っている世界を。
*
――やがて二人は繁華街へと辿り着いた。
祭りの期間中、この場所には龍の国中から職人たちが集まる。
刺繍。
陶器。
玉細工。
扇子。
竹細工。
自慢の品々が所狭しと並び、人々で賑わっていた。
龍雨祭名物――工芸品市だ。
「すごい数!」
流星は思わず声を上げた。
「ここにある工芸品も、いつか龍霊雨器になるのかな!」
屈託のない笑顔。
その顔を見ていると――
離したくない。玄曜はそう思った。
そっと流星の手を取り、指先に自分の指を絡めた。
「ぎょえ!?」
流星の肩が跳ねる。
「離すなよ」
「んっ!?」
離すなよ!?
手を!?
しかもこれは――世間で言う恋人繋ぎでは!?
「何か問題でもあるのか?」
「な、ないです!」
問題はない。
ないのだが――
(うわああああっ!!)
(指が触れてる!!)
今さらだけど。
手を繋ぐ以上のことだって済ませているけど!
なのに。
恋人繋ぎは妙に恥ずかしい。
あまりの恋人らしさに、流星の心臓は激しく動き、
しばらく落ち着かなかった。
*
工芸品市を楽しんだ後。
二人は本日の本命――甘味屋へとやって来た。
店内は甘い香りで満ちていていて、
街の人々や観光客で賑わい、とても活気があった。
「うわー! 美味しそう!」
流星は目を輝かせる。
なめらかな杏仁酪。
その上に琥珀色の棗蜜をとろりとかける。
一口食べると、蜜の濃厚な甘みと杏仁の
清涼感が口いっぱいに広がった。
「うーん! 美味しい!曜は?」
「美味い」
玄曜は黙々と食べている。
どうやら気に入ったらしい。
「食べ終わったらどうしようかな〜。
露店でも見に行って――」
遊び場で、投壺でもいい。
占い屋も面白そうだ。
そういうのも、きっとデートっぽい。
流星がそんな事を考えていると、玄曜がふいに口を開いた。
「今日は白家には行かないのか?」
「え?」
「実家には行かないのか?」
「だって寄ってたら遅くなっちゃうだろ」
「行かないのか?」
圧が強い。
「もー……わかったよ」
流星はため息をついた。
まったく……オレの実家の何がそんなに気に入ったのやら。
せっかくの二人だけのデートだったのに……。
オレの気持ちも知らずに、玄曜は明らかに機嫌が良くなり
おかわりを注文した。
※作者より
お読みいただき、ありがとうございました。
龍霊雨器と流星、そして玄曜の物語は、まだ続きます。
龍霊雨器は【火・木・土 20時半頃】更新です。
続きを読みたいと思っていただけましたら、ブックマークで追っていただけると嬉しいです。
もし物語を楽しんでいただけましたら、評価で応援いただけると励みになります。




