第十話 「天命よりも、迎えに来た」
ご覧いただきありがとうございます。
本作は
「中華風後宮ファンタジー」
「年上攻め×主人公受け」
を詰め込んだBL作品です。
シリアスになりすぎず、基本はコメディ寄りで進みます。
どうぞ肩の力を抜いてお楽しみください。
「ぎょええええーーー!!!」
流星は全速力で走っていた。
「いたぞ!! 追えー!!」
背後から、複数の警備兵の怒号が飛ぶ。
地下道を抜け、後宮の最奥――承天殿へ
辿り着いたまではよかった。
だが、勢いよく飛び出した先は――
警備兵が整列し、点呼を取っている広場だった。
「……」
「……」
一瞬の静寂。
「曲者ーーー!!!」
「ぎょええええーーー!!!」
次の瞬間、兵たちが一斉に動き出す。
玄曜の元へ向かう双蝶巡縁佩――阿桃は、
迷いなく空を舞い続ける。
流星はその後を、全速力で追いかけた。
もともと足の速さには自信がある。
だが今は――
息は上がらず、身体は驚くほど軽い。
速度は、走るほどに増していく。
「速すぎる……!!」
「追いつけません!」
「矢を構えよ!!」
四方から矢が向けられ、一斉に放たれる。
――逃げ場が、ない。
「――っ!!」
矢が当たりそうになった瞬間、
防御の龍霊雨器――双燕守環、
燕栖が発動し、眩い光を放つ。
放たれた矢は、流星に届く前に次々と弾かれていった。
「何なんだ、あれは!?」
「止めろ!! この先には陛下が――!!」
待ち伏せていた兵が一斉に斬りかかる――が、
キィィンッ!
燕栖が再び発動し、兵士ごと弾き飛ばした。
「うわっ! ごめんなさい!」
倒れた兵を避けきれず、踏み越えながら走り続ける。
「ぎょええ……後で怒られるかなぁ」
長い回廊を、ただ真っ直ぐに。
ひたすら駆け抜けていく。
燕栖が攻撃を弾くたび、眩い光が散り、
その残影は一本の光となって流れていった。
「……流れ星……?」
遠くから眺めていた警備兵たちは、
その一瞬の美しさに、思わず息を呑んだ。
流星は迷わず走る。
近い。
――この先だ。
玄曜……!!
今、迎えに行くからな!!
*
「陛下!!!」
承天殿、中央の間に、血相を変えた警備兵が飛び込んでくる。
「怪しい術を使う者が、こちらへ向かっております!!」
「ここは危険です! お逃げください!!」
皇帝と玄曜は、顔を見合わせた。
「……ふむ。離そうとしたのだが……向こうから来たか」
落ち着いた口調で、皇帝――景昌が言う。
「来てしまったのなら仕方あるまい。兵を下げよ」
「しかし、陛下!!」
「構わん」
扉の向こうが、さらに騒がしくなる。
怒声、叫び声、物が倒れ、崩れる音。
その合間に――
「ぎょええええ!!」
聞き覚えのある声。
――やっぱりな。
こんなことができるのは。
こんな無茶をするのは。
流星。
だから――
オレには、お前しかいないんだ。
*
「扉だ!!!」
目の前に、一際豪華な扉が見える。
――あそこだ!
警備兵たちが一斉に弓や剣を構える。
それでも、流星は駆けるのをやめない。
足音だけが響く。
ここを越えたら、戻れない。
(……それでも)
(玄曜のところに行くまで、絶対に、止まらない)
真っ直ぐ前だけを見据え、兵士を蹴散らしながら、
流星は扉目掛けて突っ込んでいった。
*
――天極之間の扉が、
爆音と共に粉々に吹き飛んだ。
次の瞬間、流星が中へと転がり込んでくる。
「ぎょえっ! うわっ! 壊しちゃった!!
ええー!? これ絶対高いやつ……!!
弁償……!? え、無理じゃない!?」
足をぱたぱたさせながら、
どうしよう〜!と一人で大騒ぎしている。
その姿を、玄曜は呆れたように――
けれど、どこか楽しそうに見つめていた。
慌てて飛び跳ねる流星が、ふと顔を上げる。
その瞬間、玄曜と目が合った。
「玄曜っ!!」
流星は一気に駆け寄り、
勢いよく玄曜の胸にタックルをかます。
「ご飯いらないなら、早めに連絡しとけ!!」
「っ……痛てぇな!仕方ねーだろ!
出られなかったんだからよ!」
流星はニコッと笑うと、そのまま玄曜にぎゅっと抱きついた。
久しぶりに感じる体温を、思いきり確かめる。
今朝ぶりに顔を見ただけなのに、
随分と長い間、会っていなかった気がした。
玄曜の胸に顔を埋めていると、ふと、別の視線を感じる。
流星は、はっとして顔を上げた。
「……えっ!? お、おじいちゃん!?」
慌てて玄曜から離れる。
前に曹家の庭園で会った時とは、
雰囲気も服装もまるで違う。
けれど――間違いない。
あのおじいちゃんだ。
……ん?
跡を継がせたい孫、って……。
「……もしかして」
流星は、皇帝と玄曜を交互に見比べる。
「……玄曜のことだったの!?」
「そうだ」
皇帝――景昌は、静かに頷いた。
“人の子よ。なぜ、ここに立っている”
“天命に選ばれぬ身が、なぜここへ来た”
頭の奥に直接、声が響く。
ゾワリと背筋が粟立ち、思わず息を呑んだ。
視線を向けた先――
そこには、二柱の龍霊雨器が座していた。
今まで出会ってきた龍霊雨器とは、まとう空気がまるで違う。
冷たく、重く、逃げ場がない。
――こいつらか。
天命、天命って、うるさいのは。
“其の者は、天命に反する存在”
“皇帝の道を歪める因子に過ぎぬ”
“――排除する”
その言葉と同時に、玄曜がオレの前へと一歩出た。
庇うように、迷いのない背中。
――大丈夫。
オレは視線だけで、そう伝える。
そして玄曜の横から、一歩、また一歩と前へ出た。
ゆっくりと、確かに。
二柱の龍霊雨器へ向かって歩く。
「オレは――玄曜を迎えに来た」
息を吸い、はっきりと言い切る。
「あと、天命を覆しにきた!」
その言葉が落ちた瞬間――
空間が、きしんだ。
“……ほう”
天印が、わずかに間を置いて応じる。
“人の子が、随分と大きな言葉を口にする”
“天命とは、国の流れ”
“千年の因果、万の選択の果てに定まるもの”
執命の声が、重なる。
“それを覆すなど――神にしかできぬ”
「そうだよ!」
オレは一歩も引かない。
「だから!」
「龍の神様を、連れてきた!!」
流星がそう言い切った瞬間、
その場の空気が、一瞬で反転した。
流星の瞳は黄金に染まり、髪は銀色へと変わる。
太陽と月のように、二つの光が同時に輝いた。
身体の周囲には星が瞬き、
まとう気配は、どこまでも澄み切っている。
――理解せざるを得なかった。
この存在が、この世界の遥か天上に座すものだと。
『久しいのう。天印、執命』
それは流星の声であり、流星ではない。
澄み渡る声が響くだけで、空気そのものが震えた。
“……っ!! 父上……!!!”
天印と執命の声が、はっきりと感情を帯びて揺れた。
“お目覚めになられたのですか!?”
“なぜ、この場所に……!?”
『流星に、我の魂を与えた』
“な……!?”
“そのような、人間に……!!?”
『目覚めたのも久方ぶりだ』
『しばらくは、この身体を借りて
地上で過ごすことに決めた』
『流星の身体を借りる代わりに――
此度の天命は、なかったこととする』
“しかし――!”
“ですが――!”
『返事』
その一言に宿る、静かな圧に、
““是!!!””
天印と執命は、そう答えるしかなかった。
『ふふ……素直でよいのう』
流星の姿をした神は、ゆっくりと玄曜へ振り返る。
その笑みは妖艶で、けれど、どこまでも優しい。
『玄曜。悪く思わないでくれ』
『この子らは、まだ若い』
『我の言いつけを守っておっただけだ。許してやれ』
「……」
玄曜は、ただ静かに頷いた。
『玄曜』
『お主は、もっと愛してもらえ』
『惜しみない愛を、与えてもらえ』
『相手なら――お主の目の前に、おるぞ』
玄曜は何も言えず、流星の姿を見つめていた。
『景昌』
「はっ」
景昌は、静かに頭を下げる。
『長らく、国を繁栄させたのう』
「貴方様のお力あってのものでございます」
『今しばらくは、其方の統治に任せる』
『無理にそばへ置かずとも、こやつは離れてはいかぬ』
「……は」
『異論はないな』
『それならば、我は少し休むとしよう』
『あとは――人の理の中で、決めるがよい』
その瞬間、流星の瞳と髪は元の色へと戻り、
身体から、ゆっくりと力が抜けていく。
「流星……!」
玄曜は慌ててその身体を支え、抱き留めた。
流星は、眠っているようだった。
玄曜はそっと流星を抱き抱える。
「帰ります」
玄曜は景昌へ向かって、静かに告げる。
「……わかった」
玄曜はゆっくりと、中央の間を後にする。
「玄曜」
背後から、景昌の声がかかった。
二人はしばし向かい合い、言葉を失っていたが、
やがて景昌が、意を決したように口を開いた。
「今度……お前がよければ」
「美味しい茶でも、飲みに来ないか」
「菓子も、用意しておく」
「その子も連れて……一緒に、来てほしい」
玄曜は一瞬、息を呑み――
ほんの少し間を置いて、答えた。
「はい。一緒に、伺います」
「お祖父様」
そう言って、微笑んだ。
※作者より
お読みいただき、ありがとうございました。
龍霊雨器と流星、そして玄曜の物語は、まだ続きます。
龍霊雨器は【火・木・土 20時半頃】更新です。
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