第九話 「選ぶ者」
ご覧いただきありがとうございます。
本作は
「中華風後宮ファンタジー」
「年上攻め×主人公受け」
を詰め込んだBL作品です。
シリアスになりすぎず、基本はコメディ寄りで進みます。
どうぞ肩の力を抜いてお楽しみください。
吸い込まれそうな満天の星空が、流星の
頭上いっぱいに広がっている。
無数の星が瞬き、
その星の海を、黄金の龍が悠々と泳いでいた。
息を飲むほど、ただただ――美しい。
「…………」
流星は、言葉を失っていた。
龍は星空を流れるように進み、やがて流星の頭上で
静かに止まる。
「……あなたは……?」
呟くように、声が零れた。
『曜変天目天星図』
『我が地上での器であり、名だ』
「曜変天目……天星図……」
『……そうだのう。其方には――天星、
我のことを天星と呼ばせよう』
「……天星、様……」
頭に直接響く声は、静かで、力強く、
そして深い慈愛に満ちていた。
『其方の想いは、美しかった』
『涙を流させられるなど、随分と久しい』
『流星』
「はい」
『天命に触れるは、本来許されぬ理。
それを覆すには、それなりの代償が必要となる』
「……代償……?」
『其方にはいつか代償を払う日がくる……。
その時、其方は“縁”を失うことになるだろう』
『それでも……玄曜と共に進む覚悟は、あるか?』
「――それでも」
迷いはなかった。
玄曜の隣にいられるのなら――
「それでも、構いません」
『ふむ……では――』
黄金の龍はそう告げると、ゆっくりと流星へ顔を近づける。
流星は、そっとその身に触れた。
手のひらから、金色の光が溢れ、
それは全身を包み込み――
やがて、静かに消えた。
「……っ」
ほんの一瞬、視界が霞んだ。
次の瞬間、世界は再び、深い闇へと還った。
腰から下げていた双蝶巡縁佩、阿桃が、かすかに揺れ、
光る蝶がふわりと浮かび上がる。
「阿桃……!」
阿桃は、流星の周囲を二度、ひらりと舞う。
そして、導かれるように闇の奥へとゆっくりと飛び去っていった。
番である、尋の元――玄曜のもとへ。
「……連れて行って、くれるの……?」
身体の奥が、手のひらが、
燃えるように、熱い。
流星は、もう何も迷わなかった。
すべてを振り切り、
ただ前だけを見て、走り出した。
*
承天殿。
後宮の最も奥深くに位置し、皇帝のみが過ごすことを許された場所。
その中央――天極之間に、この後宮、いや、この国を
幾千年と導いてきた二柱の龍霊雨器が座していた。
神裁承認玉璽――天印。
天理執命皇剣――執命。
その二柱と向かい合うように、玄曜は座している。
「急な会議だと聞いて来てみれば……
早急に皇帝になれ、だと?随分と失礼な連中だな」
物怖じなど微塵もない。
玄曜は堂々と、玉座に連なる存在を睨み据えた。
“――これはすべて、天命によるもの”
天印が静かに告げる。
“――左様”
“――天命、神の理に従ったまで”
執命が続いた。
「天命、天命……うるせぇ」
玄曜の不機嫌は、もはや隠しようもない。
後宮内の龍霊雨器の頂点に座す二柱に対しても、
遠慮など皆無だった。
「お前らこそ、誰に向かってモノ言ってんだ」
全力で、玄曜だった。
この二柱とは、幼い頃――父と共に、幾度か顔を
合わせたことがある。
その力が自分に直接及ばないことも、
その力の恐ろしさも、玄曜は知っていた。
だからこそ、取り繕う意味はない。
素でぶつかる。それが一番だ。
「さっきも言ったが、皇帝にはなってやる。だが、今じゃねぇ」
「オレには用事がある。“処分”されたくなかったら、
さっさと帰らせろ」
少し離れた場所で、皇帝、景昌は三者のやり取りを静かに見守っていた。
――約十年ぶりに会った孫が、ここまでぶっきらぼうで
態度の大きい青年になっているとは。
かつて。まだ玄曜が幼く、後宮の皇族が暮らす
宮殿に住んでいた頃。
「お祖父様ー!」
輝く笑顔で駆け寄り、無邪気に慕ってきた姿。
景昌の記憶は、そこで止まっている。
景昌は、そっと息を吐く。
驚くのも、無理はなかった。
――父を失い、母を後宮から追われ。
七歳にして、理不尽の中を一人で生き抜いてきた。
荒んだ性格になってしまっていても、仕方がない。
“――帰るという選択肢はない”
“――人の理では、もはや変えられぬ”
「知らねーよ」
玄曜は、完全に帰る気だった。
今日は流星に飯を作っておけ、と、わざわざ言っている。
それなのに黙って帰らず、食べないなど――
(……それはマズイ)
流星が怒る姿が、ありありと想像できる。
玄曜の、全細胞が警鐘を鳴らしていた。
何が何でも帰る。
帰って、流星の飯を食う。
それしか頭になかった。
玄曜はぶっきらぼうにため息を吐く。
数日前から、嫌な予感はしていた。
他の次期皇帝候補が、水面下で動いていることも知っている。
今、この国がかつてない繁栄を誇っているのは、現皇帝の統治あってこそ。
そして、二柱の龍霊雨器が現皇帝を認めているからだ。
それを――
「血が繋がっているから」という理由だけで当然のように享受できると、信じて疑わない者たち。
人の理と力で、皇帝の座を奪えると。
だが、この二柱は認めない。
認められぬ者が無理矢理即位すれば――最悪、この国は滅びる。
それだけは避けねばならない。
この国のどこかで、まだ母は生きているのだから。
「陛下は……退位をお望みなのですか?」
玄曜は、祖父である皇帝を見据えた。
「そうだな……私は天命に従う」
静かな声だった。
「…………」
玄曜は腕を組み、目を閉じて、しばし考え込む。
やがて、目を開いた。
「オレを今すぐ即位させたいなら――条件がある」
「妃は一人だけ。オレが選ぶ」
沈黙が落ちる。
“――……”
“――……”
「あの娘か?」
「そうです」
玄曜は、淡々と答えた。
“――できぬ”
“――その者は、天命に選ばれてはおらぬ”
「あぁ?」
玄曜の不機嫌は、ついに限界だった。
もう、どんな手段を使ってでも帰る――そう決めた、その瞬間。
玄曜の首元で、龍霊雨器の燕帰守環が反応した。
(……発動した?)
腰から下げた双蝶巡縁佩も揺れる。
(尋も……)
燕帰守環は、何度も反応を繰り返す。
それは、対となる双燕守環である燕栖が、
防御を繰り返している証。
玄曜は、胸の奥から込み上げる熱を、必死に押し殺した。
――アイツ……!!
流星!!
あのバカ……!!
(まさか……ここに、向かってるのか!!?)
※作者より
お読みいただき、ありがとうございました。
龍霊雨器と流星、そして玄曜の物語は、まだ続きます。
龍霊雨器は【火・木・土 20時半頃】更新です。
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