第八話 「天命に抗う星」
ご覧いただきありがとうございます。
本作は
「中華風後宮ファンタジー」
「年上攻め×主人公受け」
を詰め込んだBL作品です。
シリアスになりすぎず、基本はコメディ寄りで進みます。
どうぞ肩の力を抜いてお楽しみください。
暗く、細い道を進むと、突き当たりに上へと続く階段が現れた。
「よい……しょっと」
ガタン、と板を持ち上げる。
顔を出した先は、見慣れた倉庫の隅だった。
倉庫内は、しんと静まり返っている。
――倉庫の中に、承天殿へ繋がる道がある。
慎言の言葉を、頭の中で反芻する。
そんな場所に心当たりは、一つしかない。
倉庫の最奥。
蝙蝠の紋様が刻まれた、床の扉。
オレは、迷わず倉庫の奥へと歩き出した。
“……行くの?”
どこからともなく、囁く声がした。
「うん」
オレは、小さく答える。
“生きて、帰ってこられないかもよ?”
「絶対、帰ってくる。玄曜と一緒に」
“……怖くないの?”
「怖いよ。すっごく、怖い」
一瞬、言葉を区切ってから、続ける。
「でも――」
「玄曜が一人になるほうが、もっと怖いんだ」
「だから、行ってくる」
その瞬間、倉庫の空気が、ふわりと揺らいだ。
“行ってらっしゃい”
“星鈴なら、大丈夫”
“気をつけて”
倉庫中から、幾重もの声が響く。
それだけで、胸の奥がいっぱいになる。
「……みんな、ありがとう」
倉庫の最奥へ辿り着くと、
蝙蝠の扉が、ゆっくりと開いていった。
地下へと続く階段が、淡く光る。
まるで、先へ進むよう導かれているかのように。
覚悟を胸に、オレはその一歩を踏み出した。
*
階段の最下段まで降りきった瞬間、光は完全に消えた。
暗闇。
音も、気配も、何もない。
「……何もない」
暗闇の中で、オレの声だけが虚しく響く。
てっきり、ここに龍霊雨器があるのだと思っていた。
もしかしたら、力を貸してもらえるかもしれない――
そんな都合のいい期待を、勝手に抱いていた。
何もない。
自分だけ。
一人きり。
胸の奥に、不安と恐怖が一気に押し寄せる。
「……玄曜」
その名を口にした途端、涙が溢れて止まらなくなった。
覚悟はある。
そう言ったはずなのに――本当に……?
相手は、皇帝側の龍霊雨器。
人の理が及ばない存在だ。
「玄曜……」
行かなきゃいけないのに。
どうすればいいのか、分からない。
どうして――
どうして、こんなにも好きになってしまったんだろう。
「……ふ……うぅ……」
涙がぼろぼろと零れ落ち、暗闇に吸い込まれていく。
泣いている場合じゃない。
分かっているのに、止まらない。
「……うう……ううぅ……」
両手で何度も涙を拭う。
それでも、次々と溢れてしまう。
その時、
『まるで、幼子のように泣くのう』
――声がした。
「……え?……誰……?」
見渡しても、闇しかない。
気配も、姿も、何一つ感じられない。
『なぜ、泣く?』
「助けたい人がいるのに……助けられるか、分からない」
オレは、正直に答えた。
『なぜ、助けられぬ?』
「天命だから……」
「人の手が届かない場所で、決められてることだから」
「神様にしか、覆せないって……」
『ふむ。天が定めたことなら、仕方あるまい』
「仕方なくない!!」
オレは、ありったけの声で叫んだ。
「みんな、天命って言う!」
「誰も……玄曜のこと、考えてない!!」
そうだ。
だから、嫌なんだ。
玄曜のなりたいものも、
やりたいことも、
未来も、人生も――
全部、天命が奪っている。
なにより玄曜自身が、
「天命だから」と受け入れているのが、何より嫌だった。
「オレは……」
「天命じゃない玄曜の、幸せが何なのかを知りたい」
『知って、どうする?』
「玄曜に、幸せをあげたい」
「オレは……玄曜に、愛をあげたい」
「大切にされてるって」
「愛されてるって、玄曜に教えてあげたい」
いつも、たった一人で生きている。
一緒に暮らして、ずっとそう感じていた。
玄曜を知れば知るほど、強く。
「だから……」
「玄曜が本当に望んで、皇帝になりたいなら」
「オレは正妃になって、たくさん愛してあげたい」
『皇帝に、なりたくないのなら?』
「玄曜と一緒に、天命と戦う」
――ポツ。
髪に、何かが落ちた。
「……雨?」
音もなく、宝石のように輝く雨が、静かに降り注ぐ。
雫が闇に触れた瞬間、光の波紋が広がっていった。
揺らめく光の先に、青く輝く床が現れる。
その輝きは、流星の足元を中心に、淡く照らされていく。
瑠璃と金で彩られた、大きな円。
星と星座が描かれた、その模様。
「……天星図……?」
あまりの美しさに、息を呑む。
ゾワリ――
空気が、変わった。
冷たく、澄みきり、
空間そのものが、別の世界へと塗り替えられる。
――いる。
龍霊雨器が。
いや、それ以上の“何か”が、ここにいる。
圧倒的な存在感に、呼吸がうまくできない。
押し潰されそうな、気配。
オレは、そっと息を吐き、
震える身体を押さえながら、瞳を閉じた。
そして――
ゆっくりと、天を仰ぐ。
瞳を開いた瞬間。
そこには、宇宙が広がっていた。
♢♢♢
《龍霊雨器解説》
今回登場した龍霊雨器は、
私がこの世で最も美しいと思っている工芸品
「曜変天目茶碗」をモデルにしています。
黒の中に浮かぶ青や緑の光は、
まるで宇宙を閉じ込めたような美しさがあります。
現存するものは世界にわずか三碗。
すべて日本にあり、国宝に指定されています。
ご興味があれば、
「曜変天目茶碗 藤田美術館蔵」で検索してみてください。
流星が見上げた“あの宇宙”を感じていただけると思います。
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そして、流星の足元に現れた天星図。
こちらは、世界最古級の星図「淳祐天文図」をモデルにしています。
石に刻まれた星々が静かに広がるその姿は、
まるで神域に触れるような美しさがあります。
「淳祐天文図」で検索すると、
京都大学のデジタルアーカイブで画像を見ることができます。
流星が立っていた、あの天星図の雰囲気を、
少しでも感じていただけたら嬉しいです。
※作者より
お読みいただき、ありがとうございました。
龍霊雨器と流星、そして玄曜の物語は、まだ続きます。
龍霊雨器は【火・木・土 20時半頃】更新です。
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