第七話 「踏み込む者」
ご覧いただきありがとうございます。
本作は
「中華風後宮ファンタジー」
「年上攻め×主人公受け」
を詰め込んだBL作品です。
シリアスになりすぎず、基本はコメディ寄りで進みます。
どうぞ肩の力を抜いてお楽しみください。
「……玄曜、遅いな」
外は、すっかり日が暮れていた。
いつもなら、もう帰ってくる時間なのに。
「仕事、長引いてるのかな……」
その時、庭先に人の気配がした。
帰ってきたのだろうか。
トントン、と扉を叩く音。
――おかしい。
いつもなら、ノックなどせずにそのまま開けるのに。
「はい」
そっと扉を開ける。
立っていたのは、慎言だった。
「慎言さん……? あの、玄曜様は……」
慎言はゆっくりと中へ入り、扉を閉める。
そして振り返り、星鈴をまっすぐに見つめた。
「玄曜様は……戻られません」
「……え?」
「皇帝陛下より、勅令が下りました」
慎言は、静かな声で続ける。
「天命により、玄曜様は即位されるまで、皇帝のみが
立ち入れる承天殿で過ごされます」
頭が、追いつかない。
「……は?」
「即位までって……それって、玄曜様が
皇帝になるってことですか?」
「そうです」
「皇帝になった後は……?」
「公務以外で、承天殿の外に出ることはございません」
「……ここには?」
「もう、二度と戻られません」
「帰って来ないって……ことですか……?」
「残念ながら」
「……もう、会えないの……?」
「そうです」
「そんな……」
星鈴は両手で顔を覆い、肩を震わせた。
――無理もない。
慎言は、心から同情した。
どんな言葉をかけたとしても、
引き離された二人の心情を思えば――
「今日、五品も作ったのに!!?」
……ん?
「……五品?」
思わず、慎言の口から声が漏れた。
「だって……! 今日、ご飯いるって言うから!!」
「明日も食べられるように、作り置きまでしたのに!?」
「……星鈴さん?」
「ご飯いるって言っといて……!」
「帰らないなんて……!!」
「絶対、許さん……!!!」
――すごく、怒っている。
あまりにも予想外の反応に、慎言は呆然と立ち尽くした。
「慎言さん」
「は、はい!」
「承天殿って、どこですか?」
星鈴は、真っ直ぐに言った。
「玄曜様が帰ってこられないなら――」
一拍置いて、はっきりと告げる。
「迎えに行きます!」
「迎えに……行く?」
「はい」
「……星鈴さん」
慎言は静かに告げた。
「承天殿は、皇帝のみが立ち入れる場所です」
「後宮の最奥。警備も厳重で、許可なく近づけば――」
「捕まります?」
「はい。……最悪の場合は」
「処罰されます?」
慎言は、否定できなかった。
「それでも……!」
星鈴は一歩、慎言に詰め寄った。
その瞬間だった。
慎言は腰から下げていた剣を一瞬で抜き、
星鈴の喉元へと突きつける。
わずかでも動けば、刃先が肌を裂く距離。
「し……慎言さん……?」
「皇帝陛下より、星鈴さんを拘束するよう命を受けています」
「……!?」
「玄曜様が皇帝となられるために」
「貴方には、後宮を去っていただきます」
「はぁ!? なんで!?」
「貴方は、玄曜様に相応しくない」
静かだが、拒絶の意思をはっきりと含んだ声。
その言葉が、胸の奥を叩き割った。
「玄曜は……!」
「オレを正妃にするって言った!!」
「星鈴さんは、正妃にはなれません」
慎言は冷ややかに続ける。
「天命に選ばれなかった者は、なれないのです」
――また天命……!天命天命って……!!
胸の奥に溜め込んでいた感情が、一気に噴き上がる。
「……なにが天命だ」
「天命なんて、関係ない」
星鈴は、剣先を恐れずに慎言を真っ直ぐ見据えた。
「オレは玄曜に、踏み込むって決めた」
「玄曜が自分の意思で、皇帝になるなら――」
「オレは、正妃になる!!」
その言葉に、慎言の剣先が、ほんのわずかに震えた。
「正妃になって、どうするんです?」
慎言は一歩も引かなかった。
「玄曜と一緒にいる。玄曜の側に」
オレも、引かない。
「……いて、どうなります」
「オレが一緒に側にいたら」
「玄曜は、玄曜でいられるでしょ?」
星鈴は、慎言の目を真っ直ぐに見つめた。
しばらくの沈黙。
慎言は、じっと星鈴を見返していた。
「……やれやれ」
やがて、慎言は剣を下ろす。
「胃の痛い話ですね」
そう言って、静かに、穏やかに笑った。
「正妃を望むのであれば」
「後宮の中枢を支配する、二柱の龍霊雨器と
向き合う必要がありますよ」
「……龍霊雨器と?」
「神裁承認玉璽」
「そして、天理執命皇剣」
慎言の声は、諭すように低く落ち着いていた。
「後宮に存在する龍霊雨器の頂点に座す、二柱です」
「彼らに、人の理は一切通じません」
「それでも――対峙する覚悟はありますか?」
「……はい」
「……まったく」
「本当に、貴方がたには困ったものです」
慎言は、いつもの口調で笑った。
その表情も、見慣れた彼のものだった。
ふいに、慎言が離れの外へ視線を向ける。
――人の気配。
しかも、一人や二人ではない。
「こちらへ」
慎言は星鈴を促し、厨房奥へと導いた。
敷物を外し、床板を持ち上げる。
床下に、人一人が通れるほどの地下道が現れる。
「……こんな所に」
「ここから倉庫へ出られます」
「倉庫の中に、承天殿へと繋がる道があります」
「倉庫の中に……?」
「貴方は、玄曜様に選ばれました」
「必ず、辿り着けます」
「慎言さんは!?」
「足止めをします」
慎言は、穏やかに笑った。
離れの扉が、荒々しく叩かれる音が響く。
「玄曜様を、お願いします」
慎言は無言で星鈴を床下へ押し入れ、静かに床板を閉めた。
ゆっくりと立ち上がり、慎言は小さく呟く。
「まったく……玄曜様が、手放さないわけですね」
※作者より
お読みいただき、ありがとうございました。
龍霊雨器と流星、そして玄曜の物語は、まだ続きます。
龍霊雨器は【火・木・土 20時半頃】更新です。
続きを読みたいと思っていただけましたら、ブックマークで追っていただけると嬉しいです。




