第五話 「見つからなかったもの、見つけたもの」
ご覧いただきありがとうございます。
本作は
「中華風後宮ファンタジー」
「年上攻め×主人公受け」
を詰め込んだBL作品です。
シリアスになりすぎず、基本はコメディ寄りで進みます。
どうぞ肩の力を抜いてお楽しみください。
夜更けの後宮は、昼とは別の顔を持つ。
人の気配の引いた回廊に、灯りがまばらに残っていた。
「……静かすぎるな」
玄曜の声に、オレは無意識に玄曜の袖を握る。
依頼で訪れたのは、使われなくなった古い離宮。
倉として封じられて久しい一室に、奇妙な龍霊雨器があるらしい。
扉を開けた瞬間、空気が変わった。
部屋の奥。
壁一面を占めるように、大きな鏡が据えられている。
「……鏡?」
近づいた瞬間、嫌な予感が背筋を走る。
「流星、離れろ!」
玄曜が手を伸ばした――その瞬間。
鏡の奥が揺らぎ、視界が裏返った。
「うわっ――!」
足元が消え、世界が反転する。
次に目を開けた時、そこは無数の星が浮かぶ、
鏡の中の世界だった。
*
“おやおや。久しぶりのお客様ですね”
静かで落ち着いた声が、直接、頭の中に響く。
「この感じ……龍霊雨器?」
“初めまして。
選途照心鏡と申します”
“人は私を、途映しの鏡とも呼びます”
「途映しの鏡……?」
“はい”
「あのっ!外に出たいんだけど!」
“簡単ですよ。可能性をお選びください”
「可能性……?」
“貴方の周りをご覧ください”
「?」
見渡すと、オレの周囲には、キラキラと輝く星が
無数に浮かんでいた。
“貴方には、星の数ほど可能性がございます”
“その中から一つ選んでいただければ、外に出ることができます”
「……それだけでいいの?」
“はい。ですが――”
“存分に考え、選ぶことをおすすめいたします”
「この中から……選ぶ……」
輝く星々が、オレの顔を優しく照らしている。
「オレの……可能性を……」
*
光一つない暗闇の中に、玄曜は立っていた。
“まさか、貴方様にお会いできるとは”
声が、直接、玄曜の頭の中に響く。
「お前とは、初めて会うな」
“お会いできて嬉しゅうございます。
選途照心鏡でございます、主上”
「もう一人、入っただろ。どこにいる?」
“近くにおられます”
「……アイツは、何をしている」
“可能性を、選ばれております”
「そうか……」
玄曜は一度、言葉を切った。
「……尋」
腰から下げた双蝶巡縁佩が揺れ、光る蝶が浮かび上がる。
「阿桃を。番を、探せ」
命じると、尋は玄曜の周囲を二度、ひらりと舞った。
そして導かれるように、暗闇の奥へと飛んでいく。
玄曜は、その後を追って歩き出した。
足音のない闇の中を、淡々と進む。
しばらくして、尋は再び玄曜の周囲を二度、ひらひらと舞った。
――近い。
阿桃……流星が、近くにいる。
さらに進むと、暗闇の中に、ぽつり、ぽつりと光が現れ始めた。
星のような、淡い輝き。
(この輝きが……アイツの、可能性か)
光は次第に増え、やがて数え切れないほどの星となる。
その中心に、人影があった。
流星だ。
流星の前には、無数の可能性が、きらきらと輝いて浮かんでいた。
――街に戻り、穏やかに暮らす未来。
――後宮を離れ、自由に生きる未来。
どの未来の中でも、流星は笑っていた。
生き生きと、自由に、楽しそうに。
玄曜は、暗闇の中で立ち尽くしていた。
(……オレがいることで、こいつの世界を狭めてるのか)
――初めて、だった。
初めて、自分の中にある、独りよがりな流星への気持ちに
疑問を抱いた。
(……自分に、流星から、これほどの可能性を
奪えるものがあるのだろうか)
なぜ、こんなことを思ってしまったのか。
流星は、オレのものなのに。
玄曜は、そっと目を閉じた。
(流星なら……すぐに、掴んで出てくる)
そう自分に言い聞かせるようにして。
玄曜は一人、踵を返し、
再び暗闇の中――鏡の外を目指して歩き出した。
*
しばらくして、流星が鏡の中から飛び出してきた。
「玄曜!」
「お前……選んでこなかったのか?」
「探したけど、なかった!だから、出てきた!」
「……なかった?」
あれほど、無数にあったはずなのに。
「だってさ」
流星は屈託なく笑う。
「どれだけ探しても、玄曜がいなかったんだもん!」
その言葉と、その笑顔に。
玄曜は、何も返すことができなかった。
天青色の瞳が、わずかに揺れる。
胸の奥が、波打つようにざわめいた。
――ああ。
玄曜は気づいた。
自分の中に、ずっとあったものが、ようやく形を成したことに。
*
その夜。
夜中に目を覚ました玄曜は、寝台に横になったまま、天井をぼんやりと見つめていた。
「……いつからだ?」
いつから、流星のことを――。
そっと目を閉じる。
出会ったばかりの頃。
下女失踪事件。
香を追って入り込んだ、地下。
そして――
あの地下で……
光に濡れ、涙をこぼしていた流星の姿。
(あの時からだ)
玄曜は、静かに息を吐いた。
「……そうか」
確信を得た玄曜は、ゆっくりと目を開く。
「ようやく、わかった」
自分の中にある、この感情が。
なぜ、こんなにも――コイツだけなのか。
玄曜は、隣ですやすやと眠る流星に視線を落とした。
穏やかな寝息。
無防備な寝顔。
「……絶対に、正妃にする」
それは誰に向けた言葉でもない。
ただ、自分自身に言い聞かせるように。
そう呟くと、玄曜は満足そうに、わずかに微笑んだ。
※作者より
お読みいただき、ありがとうございました。
龍霊雨器と流星、そして玄曜の物語は、まだ続きます。
龍霊雨器は【火・木・土 20時半頃】更新です。
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