第三話 「曜を継ぐ者」
ご覧いただきありがとうございます。
本作は
「中華風後宮ファンタジー」
「年上攻め×主人公受け」
を詰め込んだBL作品です。
シリアスになりすぎず、基本はコメディ寄りで進みます。
どうぞ肩の力を抜いてお楽しみください。
「おじいちゃーん!」
庭園に佇む皇帝・景昌へ向かって、流星は大きく手を振った。
今日は玄曜と一緒に、景昌のお茶会へ招かれていた。
景昌と会うのは、周家の茶会以来だ。
承天殿の奥。広い庭園の中に建つ小さな離れへ案内される。
離れは、二つほどの部屋がある、こぢんまりとした造りだった。
内装や装飾は控えめだが、しっかりと
手入れされていて落ち着く空間だ。
「星鈴。よく来てくれたな」
「おじいちゃん! 元気だった?」
「ああ。元気だよ」
景昌は穏やかに頷く。
そして、ゆっくりと玄曜へ視線を向けた。
「――玄曜も。忙しい中すまないな」
「いえ、お祖父様こそ」
以前よりはずっと自然に話せるようになった。
けれど二人の間には、まだ少しだけぎこちない空気が残っている。
流星は何も言わず、そっと二人の手を引いた。
*
離れの部屋へ入った瞬間。
流星の目は壁に飾られた一枚の額へ釘付けになった。
「わあっ!綺麗……!」
立派な額縁の中には、
花開富貴
――花開けば富貴来たる。
縁起の良い花文字が飾られていた。
「こんな立派な花文字、見たことない!」
街中で見かける花文字とは比べ物にならない。
繊細で、色とりどりの鮮やかな彩色。
花や鳥。龍や鳳凰。
縁起物の意匠が細やかに描き込まれている。
「ははは。良かったな」
景昌は優しく笑った。
「花開富貴字――花富だ」
その瞬間。
額縁の中の『花』の文字がふわりと揺れた。
「えっ?」
花文字が額から抜け出し、蝶のように空中へ舞い上がる。
ひらり。
ひらり。
色鮮やかな『花』の文字は、流星の周囲を
楽しそうに飛び回った。
「わあっ!」
流星は思わず両手を差し出す。
花文字はゆっくりとその手へ降り立った。
まるで本物の蝶のようだ。
「この花文字、龍霊雨器なの!?」
瞳を輝かせる流星を見て、『花』は嬉しそうに揺れた。
やがて再び飛び立ち、額縁へ戻っていく。
すると今度は――
『開』
『富』
『貴』
残り三つの文字までもが、ふわりと浮かび上がった。
四つの花文字は蝶の群れのように流星の周囲を優雅に舞う。
「綺麗……」
流星は思わず見惚れていた。
優雅に舞う花文字を、夢中になって追いかける。
その姿を――
玄曜はじっと見つめていた。
あまりにも自然に。
あまりにも当たり前のように。
その様子を見ていた景昌は、小さく肩を揺らす。
「まったく」
そして、どこか楽しそうに呟いた。
「誰に似たのやら」
おじいちゃん達と茶を楽しんだ後。
流星は花文字達と一緒に、そっと離れを出て
庭園へ向かった。
……なんとなく。
今日は二人だけの方がいい気がしたからだ。
*
「あの子とは仲良くできているのか?」
景昌は空になった茶杯を見つめながら、ゆっくりと尋ねた。
「はい」
玄曜も静かに答える。
「そうか……」
風が吹き、庭園の木々が揺れた。
外はすっかり秋から冬へ移ろう気配を見せている。
静かな沈黙が流れた。
やがて景昌がぽつりと口を開く。
「お前に“曜”を受け継がせてしまったことを……
今になって後悔している」
玄曜は何も言わず、祖父を見つめた。
「代々、皇帝の嫡流が受け継ぐ“曜”を……
私は天命によって受け継ぐことができなかった」
景昌の視線は庭園へ向いている。
だが、その瞳はもっと遠くを見ているようだった。
「だから、お前の父―― 昭曜に」
「そして……玄曜。お前に与えた」
景昌はゆっくりと続ける。
「お前の父のためにも」
「私の跡を継がせることが、せめてもの
罪滅ぼしになると……そう思っていた」
そして静かに玄曜へ向き直った。
その表情は皇帝ではない。
ただ一人の祖父としての、優しい顔だった。
「玄曜。天命がない今、お前には自由に生きる道がある」
再び沈黙が訪れる。
先に口を開いたのは玄曜だった。
「私の“本当の天命”は、この国の未来を変えるものです」
「わかっている」
景昌はゆっくり立ち上がる。
玄曜はその背中を見つめた。
「龍の神によって天命はなくなった。
これからは人の理の中で決めなければならない」
景昌は振り返る。
「選ぶのは人だ。そして、玄曜。お前自身だ」
穏やかな声だった。
「お前は自由に、進みたい道を選びなさい。
あの子と共にな」
景昌は優しく微笑んだ。
それは幼い頃の玄曜の記憶に残る、あの日と同じ微笑みだった。
玄曜も静かに立ち上がり、祖父の隣へ並んだ。
「お祖父様」
「なんだ?」
「私は好きにさせていただきます」
玄曜は穏やかに笑う。
「私の生きたいように」
そして――。
「“曜”を受け継いだこと。私は後悔など、
何一つありません」
玄曜は庭園へ顔を向けた。
その視線の先には――
光に満ちた花園。
優雅に舞う花文字達。
その中心で笑う流星の姿があった。
陽光を受けた花文字がきらきらと輝く。
まるで神話の一場面のような光景だった。
「ああ……」
景昌は思わず感嘆の息を漏らした。
「美しいな」
「はい」
玄曜は即答した。
景昌は思わず笑う。
どうやら見ているものが違うらしい。
その時。
二人に気づいた星鈴が手を振った。
そして。
玄曜にだけわかるように。
口だけを動かした。
――曜。
玄曜は静かに微笑む。
後悔など、何一つない。
この国で。
この世で。
一番大切な存在が――
そう呼んでくれるのだから。
※作者より
お読みいただき、ありがとうございました。
龍霊雨器と流星、そして玄曜の物語は、まだ続きます。
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