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最弱サモナー、部下ゼロの亡国騎士団長を従え、倒した敵を仲間にして最強軍勢を作る  作者: sixi


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第七話 夜明けまで

 黒牙王の遠吠えが、谷の奥へ消えていった。


 城門封鎖壁の向こうには、まだ黒い影がいくつも残っている。黒牙狼たちは完全に去ったわけではない。崩れた城壁の外、谷を囲む岩場、木々のない斜面。そのどこかで、こちらを見ている。


 ただ、今すぐ壁を壊して押し寄せてくる気配はなかった。


 中庭に残ったのは、壊れた石畳と、倒れた狼たちと、剣を杖代わりにして立つリゼットだけだ。


「夜明けまで城を維持するって、具体的には何をすればいいんですか」


 俺が聞くと、リゼットは城の中を見回した。


 西塔は半分崩れている。中庭の噴水は砕け、兵舎の窓は割れ、正門は黒牙王の爪で大きく歪んでいた。封鎖壁がある今は持ちこたえているが、城全体がいつ崩れてもおかしくない。


「まず、封鎖壁の紋章灯を保て」


「紋章灯?」


「壁に刻まれた獅子の紋章だ。あれはただの石ではない。城の地下にある魔力炉と繋がっている。灯が消えれば、黒牙王は壁を越える」


 壁の中央には、青い獅子の紋章が浮かんでいる。


 さっき黒牙王を弾き返した光だ。


「魔力炉が壊れたら?」


「封鎖壁は止まる」


「止まったら?」


「黒牙王が来る」


 簡潔で、嫌な答えだった。


 リゼットは続ける。


「魔力炉は地下司令室のさらに下だ。だが、そこへ行く前に城内を確認する。狼は地上だけで侵入するわけではない。地下水路、崩れた兵舎、城壁の穴……使える場所を探してくる」


「城を維持するっていうより、穴を探して塞ぐ感じですね」


「守るとは、そういうことだ」


 俺は封鎖壁の紋章を見上げた。


 最初は、騎士団長とレイドボスの戦いに巻き込まれたと思っていた。けれど今は違う。レベル一の俺が、部下ゼロの騎士団長と一緒に、一晩だけ城を守るクエストだ。


 派手なボス討伐ではない。


 それでも、何をすればいいのかははっきりしている。


「分かりました。まず、城内を見ましょう」


 リゼットは頷いた。


 だが、一歩踏み出したところで身体が揺れた。


 俺は慌てて彼女の腕を支える。鎧は冷たく、重かった。HPバーを見ると、封鎖壁を起動したあとも回復していない。残りはほんの少しだ。


「大丈夫ですか」


「問題ない」


「問題ある人のHPじゃないです」


「この程度で倒れる騎士団長はいない」


「でも、倒れたら終わりですよね」


 リゼットは何も言わなかった。


 俺はバッグを開いた。ログイン時に支給された初心者用の回復薬が二本ある。本来なら自分用だ。戦闘で使えば、HPを少し回復できる。


 一本を取り出し、彼女へ差し出す。


「これ、使えますか」


「プレイヤー用の薬か」


「多分。でも、試す価値はあると思います」


 リゼットは瓶を見た。


 少し迷ったあと、受け取る。栓を抜き、中身を飲み干す。淡い光が彼女の身体を包み、HPバーがゆっくりと上がった。全快には遠いが、赤い表示から橙色へ変わる。


「効きましたね」


「苦い」


「味の感想、いるんですか」


「薬とはそういうものだ」


 リゼットは少しだけ眉を寄せた。


 その表情が妙に普通で、俺は思わず笑いそうになった。城は壊れかけている。外にはレイドボスがいる。夜明けまではまだ遠い。笑っている場合じゃないのに、さっきまでずっと張り詰めていた気持ちが少しだけ緩んだ。


 俺たちは兵舎から見て回ることにした。


 中庭の戦いで壊れた窓から中へ入り、空になった寝室、食堂、武器庫を順番に確認する。狼の姿はない。だが、床には濡れた足跡が残っていた。黒牙狼のものではない。もっと小さく、爪の数も違う。


 足跡は兵舎の地下へ続いている。


「さっきの倉庫です」


 俺が言うと、リゼットは足跡を見下ろした。


「地下水路に繋がる扉があるはずだ。長く使われていない通路だが、外へ抜ける穴が残っているなら、狼どもが入り込む」


「じゃあ、そこを塞げばいい」


「ただし、地下水路には魔力炉の冷却水も流れている。完全に塞ぐと、炉が止まる可能性がある」


「また面倒なやつですね」


「城を守るとは、そういうことだ」


 さっきと同じ言葉だった。


 けれど今度は少しだけ、リゼットが俺の反応を待っているように見えた。


「分かりました。じゃあ、塞ぐんじゃなくて、狼だけ通れないようにします」


「できるのか」


「できるかどうかじゃなくて、やるしかないので」


 地下倉庫へ降りる。


 さっき黒牙狼の幼体がいた場所には、もう何も残っていなかった。乾燥肉の欠片もなく、濡れた足跡だけが奥の壁へ続いている。


 壁際には、壊れた木箱と古い鉄格子があった。


 鉄格子の向こうから、水の流れる音が聞こえる。


「ここです」


 近づくと、格子の下半分が大きく曲がっていた。小型の狼なら通れる隙間がある。さらに奥の暗闇では、何かが水を踏む音がした。


 リゼットが剣を構える。


 俺は彼女の前へ出ようとして、すぐに無理だと気づいた。剣を持つ彼女のほうが前に立つべきだ。けれど、彼女のHPはまだ半分にも届かない。


「俺が格子を直します。リゼットさんは、来たやつを止めてください」


「お前にできるのか」


「力仕事は無理です。でも、使えそうなものはあります」


 倉庫の隅には、さっき見た木箱と、壊れた盾、錆びた槍、そして城門の修理に使っていたらしい太い鎖が置かれていた。俺は鎖を引きずり、歪んだ鉄格子へ巻きつける。


 問題は、格子を引き戻す力だ。


 俺一人では足りない。


 そこで、短杖を掲げた。


 《初級能力強化》


 対象は自分。


 淡い光が身体を包む。筋力が少し上がるだけの、初心者用の補助術。剣士なら誤差みたいな上昇値だろう。


 でも、今はその少しが欲しい。


 鎖を握り、全身の力で引く。


 鉄格子が、ぎぃ、と嫌な音を立てた。


 動かない。


 もう一度引く。


 腕が痺れる。


 けれど、少しずつ隙間が狭まっていく。


 そのとき、鉄格子の向こうから黒い影が飛び出してきた。


 黒牙狼。


 さっき中庭にいたものより小さいが、俺よりはずっと速い。格子の隙間を抜け、こちらへ飛びかかってくる。


 リゼットの剣が閃いた。


 狼は空中で斬られ、床へ落ちる。


 すぐに二頭目が来る。


 リゼットが一歩前へ出る。だが、さっきまでの戦いで消耗している。剣を振るう速度が、少し遅い。


「リゼットさん、下がって!」


 俺は初級拘束術を放った。


 淡い鎖が二頭目の足に絡む。黒牙狼はすぐに引きちぎろうとするが、その一瞬でリゼットの剣が届く。


 三頭目。


 四頭目。


 俺は拘束術を撃ち続けた。魔力ゲージが減っていく。効果時間は短い。それでも、リゼットが一頭ずつ倒すための一瞬は作れる。


「格子を!」


 リゼットの声に、俺は鎖を引いた。


 最後の力を込める。


 鉄格子が元の位置まで戻り、通れる隙間が消える。俺は鎖を壁の留め具へ巻きつけ、外れないように結びつけた。


 その直後、格子の向こうから黒牙狼が何頭もぶつかってきた。


 鉄格子が揺れる。


 けれど、抜けられない。


「通れないなら、外へ回るでしょうか」


「回る。だから、次は別の穴を探す」


「夜明けまでずっとですか?」


「おそらく」


 嫌な答えだった。


 でも、リゼットの声は少しだけ穏やかだった。俺が格子を直せるとは思っていなかったのかもしれない。


 地下倉庫を出ると、クエストログが更新された。


 《夜明けまで、城を維持せよ》

 《地下水路の侵入経路を封鎖した》

 《城の維持率:62%》


「維持率?」


 表示を開く。


 城門封鎖壁、西塔、兵舎、地下水路、魔力炉、旗。


 城を構成する要素が並んでいた。どれかが壊れれば維持率が下がり、一定以下になるとクエスト失敗らしい。


 最後に表示された項目は、他よりも赤く点滅していた。


 《騎士団旗:損傷》

 《旗が失われた場合、士気補正を喪失します》


 俺は中庭を見た。


 封鎖壁の向こう、黒牙王が去ったあとの瓦礫の中に、青い旗が倒れている。裂けた旗布は泥に沈み、旗竿は半分折れていた。


「旗を回収しないと」


 リゼットの顔が、少しだけ強張る。


「あれは、中庭側だ」


「封鎖壁を開ける必要がありますね」


「開ければ、黒牙王が戻る」


「でも、旗を失ったら維持率が下がる。クエストも失敗するかもしれない」


「旗は……」


 リゼットは言葉を止めた。


 彼女にとって、あの旗はただの設備ではないのだろう。部下たちと共に掲げていたもの。国が滅びても、最後まで城の上に残していたもの。


 俺は封鎖壁の青い紋章を見上げた。


 黒牙王を閉じ込めるための壁。


 けれど、守るためには壁の向こうへ行かなければならない。


「俺が行きます」


 リゼットが即座に首を振った。


「駄目だ」


「俺なら、黒牙王に見つかっても逃げられます。リゼットさんより狙われにくいはずです」


「お前は戦えない」


「だから、戦わずに取って帰ります」


「それでも駄目だ」


 強い声だった。


 さっきまで命令しか知らなかった騎士団長が、初めて俺の行動を止めようとしている。


 俺は少しだけ笑ってしまった。


「じゃあ、二人で行きましょう」


 リゼットは黙った。


 城の外では、風が鳴っている。


 夜明けまでは、まだ遠い。


 そして封鎖壁の向こうでは、暗闇のどこかで黒牙王がこちらを待っている。


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