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最弱サモナー、部下ゼロの亡国騎士団長を従え、倒した敵を仲間にして最強軍勢を作る  作者: sixi


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第六話 城門封鎖壁

 司令室の中央に浮かぶ地図を、俺は睨み続けていた。


 赤い光が一つ。


 それが黒牙王ヴァルグ。


 その少し手前を、細い青い光が移動している。リゼットだ。


 彼女は地下通路を抜け、中庭の北側へ出た。黒牙王も、その後を追っている。地図の表示だけを見れば、二つの光が近づいては離れ、また近づくのを繰り返していた。


 俺の右手には、城門封鎖壁を起動するレバーがある。


 下ろせば、中庭と城の奥を隔てる石壁が落ちる。


 黒牙王を中庭側へ閉じ込められる。


 ただし、リゼットが壁のこちら側へ戻る前に下ろせば、彼女も一緒に閉じ込めることになる。


 レバーは重そうだった。


 けれど今の俺には、その重さが妙に軽く見えた。


 下ろすだけだ。


 ほんの少し腕を動かせばいい。


 それだけで、誰かの生き死にが決まる。


「早く……戻ってきてください」


 返事はない。


 司令室の外では、遠くで何かが壊れる音が続いていた。中庭の石畳を砕く音。城壁へ牙が食い込む音。黒牙狼たちが吠える声。そのすべてが、地下の厚い石壁を通して鈍く響いてくる。


 地図の上で、リゼットの青い光が止まった。


 赤い光も止まる。


 次の瞬間、青い光が大きく弾かれた。


「やられた……!」


 リゼットのHP表示が、一気に削れた。


 残りはわずかだ。


 俺は思わずレバーへ手をかけた。今なら黒牙王だけでも閉じ込められるかもしれない。だが、青い光はまだ中庭にある。


 下ろせない。


 地図の一部が、急に明るくなった。


 中庭の北側にある、崩れた噴水のあたりだ。どうやらリゼットが、何かを起動したらしい。床下から伸びた光の線が、中庭を横切っている。


 表示が追加される。


 《中庭防衛設備:起動》

 《対象:黒牙王ヴァルグ》

 《効果:短時間の移動阻害》


 赤い光の動きが鈍った。


 リゼットが距離を取る。


 だが黒牙王は止まらない。ゆっくりと、それでも確実に彼女へ近づいていく。防衛設備は完全に拘束するものではないらしい。せいぜい足を取らせる程度だ。


 青い光が、中庭の南側へ走る。


 そこには司令室へ通じる地下入口がある。


 リゼットは逃げるためではなく、黒牙王を封鎖壁の正面へ誘導している。


 俺はレバーを握り直した。


 地図の上に、新しい線が表示された。


 《城門封鎖壁:起動範囲》


 中庭を横断する一本の線。


 リゼットが越えなければならない場所。


 黒牙王が越えてはいけない場所。


 分かりやすい。分かりやすすぎる。


 青い光が線の手前まで来た。


 赤い光は、そのすぐ後ろ。


「まだだ」


 自分に言い聞かせる。


 リゼットが線を越える。


 黒牙王が追う。


 その間に下ろす。


 それだけだ。


 けれど黒牙王は、リゼットが地下入口へ向かうのを読んだように、途中で動きを変えた。大きく横へ回り込み、青い光の進路を塞ぐ。


 地図の上で、二つの光が重なる。


 リゼットのHPが、残りわずかになる。


「くそっ」


 俺は司令室を飛び出した。


 レバーを下ろす役目を放り出すわけじゃない。地図だけを見ているより、近くで状況を見たほうが判断できると思った。司令室の前には、封鎖壁の起動装置とつながった通路がある。中庭の地下入口まで、全力で走ればすぐだ。


 地下通路を駆ける。


 壁の向こうから、黒牙王の咆哮が聞こえる。


 途中で黒牙狼が一頭、通路へ入り込んできた。俺は足を止めず、初級拘束術を放つ。淡い鎖が狼の足へ絡みつく。足止めは一瞬。それでも十分だった。狼が鎖を引きちぎる前に横を抜け、地下入口の階段を駆け上がる。


 中庭へ出た瞬間、目の前を黒い影が横切った。


 黒牙王の尻尾だった。


 石畳が砕け、飛んできた破片が俺の頬を掠める。俺は転がるように柱の陰へ隠れた。


 中庭は、さっきとは別の場所に見えた。


 噴水は完全に壊れ、石像の上半身が転がっている。城門の近くでは、黒牙狼たちが何頭も倒れていた。リゼットが倒したのだろう。だが、その数以上に新しい狼が城内へ入ってきている。


 黒牙王ヴァルグは中庭の中央にいた。


 その正面には、リゼット。


 彼女は片膝をついていた。


 剣を支えにして、かろうじて立っている。HPバーはほとんど残っていない。黒牙王が一歩近づくたび、彼女は後ろへ下がろうとする。だが、黒牙王は地下入口へ続く道を塞いでいた。


「リゼットさん!」


 俺が叫ぶと、彼女の目がこちらを向いた。


 その一瞬、黒牙王が跳んだ。


 リゼットは剣を上げる。


 だが、正面から受ければ終わる。


 俺は考えるより先に短杖を向けた。


 《初級能力強化》


 淡い光がリゼットの身体を包む。


 効果はほんのわずかだ。移動速度が少し上がる。筋力が少しだけ増す。それだけ。


 でも、リゼットはそれを待っていたかのように動いた。


 黒牙王の前脚が振り下ろされる寸前、彼女は身体を沈めて横へ滑る。爪が石畳を大きく抉り、空いた場所へリゼットが踏み込んだ。


 剣が黒牙王の首元を斬りつける。


 浅い。


 それでも、ヴァルグの顔がこちらへ向いた。


 リゼットは一歩、二歩と後ろへ下がる。


 今度こそ、封鎖壁の線へ向かっている。


 俺は地下入口の脇にある起動盤へ走った。司令室のレバーと同じ紋章が刻まれた石板。その中央には、押し込めるようになった金属の取っ手がある。


 リゼットが線の手前まで来た。


 黒牙王が追う。


 俺は取っ手に手をかけた。


 あと少し。


 リゼットがこちらを見た。


 その目が、「今だ」と言っていた。


 彼女が封鎖線を飛び越える。


 黒牙王も跳ぶ。


「下りろ!」


 俺は取っ手を押し込んだ。


 地面の奥から、重い歯車の音が響く。


 中庭を横切る石畳が割れ、その下から巨大な石壁がせり上がった。最初はゆっくりだった。黒牙王の前脚が壁の上へ乗る。ヴァルグはそのまま力任せに越えようとした。


 石壁が、さらに上がる。


 黒牙王の胸へぶつかる。


 ヴァルグは爪を立て、壁に食い込ませた。赤い目がこちらを睨む。石壁はまだ低い。巨体なら乗り越えられるかもしれない。


 リゼットは俺の横へ飛び込んだ。


「伏せろ!」


 彼女が俺を押し倒す。


 黒牙王が壁の上から飛びかかってきた。


 その瞬間、石壁の上部に埋め込まれていた青い紋章が光る。


 獅子と五つ星。


 光が壁全体へ広がり、黒牙王の身体を弾き返した。


 ヴァルグの巨体が中庭側へ叩き落とされる。


 石壁はさらに伸び、城門と中庭を完全に分断した。


 《城門封鎖壁を起動しました》

 《防衛設備の使用回数が減少しました》


 中庭の向こうで、黒牙王が何度も壁へ爪を立てた。


 石が削れる。


 壁が揺れる。


 けれど、青い紋章が光るたびに、黒牙王の爪は弾かれた。


 俺は地面に仰向けになったまま、しばらく起き上がれなかった。


 心臓が速すぎる。


 手も震えている。


 隣ではリゼットが、苦しそうに息をしていた。彼女もすぐには立てないらしい。しばらく二人とも、封鎖壁の向こうから響く咆哮を聞いていた。


 やがて、黒牙王の吠え声が止まった。


 代わりに、長く低い遠吠えが谷へ響く。


 それに応えるように、城内に残っていた黒牙狼たちが動き始めた。壁際に潜んでいた狼が、崩れた城壁の外へ逃げていく。城門の向こうでも、無数の足音が遠ざかっていくのが分かった。


「退いた……?」


 俺が呟くと、リゼットは首を横に振った。


「今夜は、だ」


 彼女は壁を見上げた。


「黒牙王は、この城を諦めたわけではない。壁がある限り、外で待つ。壁が壊れれば、また来る」


「じゃあ、勝ったわけじゃない」


「城門を守れという命令は果たした」


 それは、勝利と呼べるのかもしれない。


 少なくとも、今この瞬間だけは。


 クエストログが更新された。


 《部下ゼロの騎士団長》

 《第四目標を達成しました》

 《騎士団長の命令を遂行した》


 続けて、新しい表示が浮かぶ。


 《次の目標:夜明けまで、城を維持せよ》


「まだ終わらないんですね」


 俺が言うと、リゼットはゆっくりと立ち上がった。


 彼女は剣を拾い、青い紋章が光る封鎖壁へ手を置く。それから、中庭の奥に残された、裂けた騎士団旗を見た。


「夜明けまでは、まだ長い」


 その声は疲れていた。


 けれど、最初に会ったときより少しだけ違って聞こえた。


 一人で命令を待つ騎士団長の声ではなく。


 俺が隣にいることを、ほんの少しだけ前提にした声だった。


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