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最弱サモナー、部下ゼロの亡国騎士団長を従え、倒した敵を仲間にして最強軍勢を作る  作者: sixi


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第四話 黒牙王

 黒牙王ヴァルグが跳んだ。


 巨体に似合わない速度だった。黒い影が夜空を裂き、崩れた西塔の外壁へ突き刺さる。石壁が爆ぜ、塔全体が大きく揺れた。足元の石床に亀裂が走り、狼煙台の火が激しく傾く。


「伏せろ!」


 リゼットに肩を掴まれ、俺は石床へ引き倒された。


 次の瞬間、外壁の半分が吹き飛んだ。


 砕けた石と木片が塔の中へ降り注ぐ。腕で頭を守っても、細かな破片がローブを叩く。視界の端でHPバーが少しだけ減った。痛みは鈍く軽減されている。それでも、耳の奥が痺れるほどの衝撃だった。


 塔の揺れが止まったあと、恐る恐る顔を上げる。


 壊れた壁の向こうに、黒牙王の頭があった。


 赤い目が、塔の中を覗き込んでいる。


 近くで見ると、恐ろしいほど大きい。牙は俺の腕より長く、吐息だけで火の粉が揺れた。黒い毛並みには、いくつもの古傷が走っている。ゲームのボスだと理解していても、目の前にいるだけで足が竦んだ。


 俺の視界に、赤い警告が表示される。


 《黒牙王ヴァルグがプレイヤーを認識しました》

 《警告:単独での戦闘は推奨されません》


「推奨されません、じゃないだろ……」


 無理だ。


 レベル一のサモナーが、契約獣なしでレイドボスを相手にできるはずがない。


 リゼットは俺の前へ出た。盾は黒牙狼の牙を受けたせいで、縁が大きく歪んでいる。剣の刃も、何度も斬り結んだせいで白く欠けていた。


「西塔は放棄する。地下通路へ戻れ」


「リゼットさんは?」


「私はここで足を止める」


「駄目です」


 考える前に口から出ていた。


 リゼットが振り返る。


「俺が地下通路へ逃げても、こいつが追ってきたら終わりです。城の中に入られたら、逃げ道なんてない」


「ならば、なおさらお前だけでも――」


「一人で残るのは、もう終わりにしましょう」


 言ってから、少しだけ後悔した。


 格好つけるつもりだったわけじゃない。ただ、兵舎で見た木札が頭に残っていた。所属人数百二十名。現在確認人数一名。リゼットはずっと、一人で命令を出して、一人で守って、一人で援軍を待っていた。


 俺はこの世界に来たばかりだ。


 リゼットと会ってから、一時間も経っていない。


 それでも、ここで彼女だけを置いて逃げるのは違うと思った。


 黒牙王が、塔の壁を爪で掴んだ。


 石が軋む。


 リゼットは何かを言いかけたが、すぐに口を閉じた。そして、短く息を吐く。


「……ならば、命令を変える」


 彼女は中庭の奥を指した。


「地下兵舎のさらに下に、旧司令室がある。城の防衛設備を動かす鍵が残っていれば、あそこから黒牙王を止められる」


「止められる?」


「倒せはしない。だが、城から追い出すことはできるかもしれない」


「それで十分です」


「お前は鍵を探せ。私は敵を引きつける」


「また一人で?」


「違う。今回は、お前が戻るまでの時間を稼ぐ」


 リゼットはそう言って、壊れた西塔の出口へ向かった。


 その背中を見て、俺は一瞬だけ迷った。彼女を止めて、一緒に地下へ向かうべきではないか。だが、黒牙王は塔の壁へ身体を押し込もうとしている。ここに留まれば、二人まとめて潰される。


 俺は狼煙台の火を見た。


 白い煙はまだ空へ伸びていた。


 その煙を、黒牙王はずっと見ていた。


「リゼットさん。狼煙って、やっぱりこいつを呼んだんじゃないですか」


 彼女の動きが止まる。


「……その可能性はある」


「知ってたんですか」


「黒牙王は、城の火を嫌う。だが同時に、火が上がれば必ず来る。城に人間が戻ったと判断するからだ」


「先に言ってくださいよ」


「援軍を呼ぶ手段は、他になかった」


 リゼットの答えは正しかった。


 狼煙を上げなければ、何も始まらない。上げれば黒牙王に見つかる。どちらを選んでも危険なら、彼女は前者を選ぶしかなかったのだろう。


 黒牙王が再び咆哮する。


 塔の外から、黒牙狼たちが中庭へ雪崩れ込んでくる気配がした。


「走れ!」


 リゼットが叫んだ。


 俺は西塔の階段を駆け下りた。さっき自分で作った火の壁は、すでに勢いを弱めている。石蓋に押し潰された狼たちは動かないが、その向こうから新しい狼が階段を上ろうとしていた。


 リゼットが後ろから追いつき、俺の脇を抜ける。


 剣が一度だけ閃いた。


 階段を塞いでいた狼が倒れる。そのまま彼女は俺の前へ立ち、城壁沿いの細い通路へ俺を押し出した。


「兵舎まで走れ。中庭は通るな」


「分かりました!」


 通路の先には、崩れた壁と瓦礫がある。そこを抜ければ兵舎の裏手へ出られるはずだ。俺は息を切らしながら走った。後ろでは剣戟の音が続いている。振り返りたい。けれど振り返れば、足が止まる。


 瓦礫を越えたところで、城の中庭が見えた。


 城門は、半分以上が壊れていた。


 黒牙狼たちが、次々と城内へ入ってくる。その中央を、黒牙王ヴァルグがゆっくりと歩いている。巨体が動くたびに、石畳が沈む。リゼットは城壁の上から飛び降り、黒牙王の注意を引くように剣を振るった。


 彼女の剣が、ヴァルグの前脚へ届く。


 浅い傷。


 それだけだった。


 黒牙王は怒鳴るように咆哮し、前脚を振る。リゼットは寸前で避けたが、石畳が大きく抉れ、衝撃だけで彼女のHPが削れた。


 残りは、もう一割ほどしかない。


「急げ……!」


 リゼットが叫ぶ。


 俺は兵舎の裏口へ飛び込んだ。


 さっき通った建物の中は、戦闘の振動でさらに荒れていた。壁に貼られていた地図が落ち、机の上にあった食器が床へ散らばっている。俺は地下倉庫へ続く階段を下り、そのさらに奥を探した。


 旧司令室。


 リゼットは、地下兵舎のさらに下だと言った。


 倉庫の壁を灯りで照らす。木箱、棚、壊れた鎧。行き止まりにしか見えない。だが、壁際に倒れていた旗竿の根元に、あの紋章が刻まれているのを見つけた。


 獅子と五つ星。


 俺は旗竿を持ち上げた。


 重い。


 けれど、動かしてみると床石の一部が沈んだ。


 ごご、と低い音が響く。


 倉庫の奥にあった石壁が、内側へゆっくりと開いていく。その向こうには、さらに暗い階段が続いていた。


 見つけた。


 俺は灯りを強くし、階段を駆け下りる。


 地下は、兵舎よりも古かった。壁には苔が生え、床には薄く水が溜まっている。途中で何度も道が分かれていたが、壁に刻まれた獅子の紋章を目印に進むと、やがて大きな扉の前へ出た。


 扉には、青い旗が描かれていた。


 中央に、鍵穴がある。


「鍵って、どこに……」


 扉の前には、古びた台座が置かれていた。


 その上には、一本の短剣がある。


 鞘は失われ、刃も鈍く曇っていた。けれど柄には、リゼットの鎧と同じ獅子の紋章が刻まれている。アイテム表示を開く。


 《第七騎士団長の指揮剣》

 《使用者不明》

 《城の防衛設備を起動する鍵》


「これか」


 俺は短剣を手に取った。


 持った瞬間、視界に新しい表示が浮かぶ。


 《ユニーククエスト更新》

 《旧司令室への入室権限を確認》

 《防衛設備の起動には、騎士団長の承認が必要です》


「本人がいないと駄目なのかよ」


 今、リゼットは黒牙王と戦っている。


 城の防衛設備を動かすには、彼女をここまで連れてこなければならない。けれど、彼女のHPは残りわずかだ。黒牙王を振り切って地下まで来ることができるのか。


 上から、何かが崩れる大きな音が響いた。


 西塔だ。


 続いて、城の中へ響くほどの咆哮。


 黒牙王が、近づいている。


 俺は指揮剣を握りしめ、来た道を引き返した。


 兵舎の地下倉庫へ戻ったとき、入口の向こうから足音が聞こえた。


 重い足音ではない。


 鎧が擦れる音。


「リゼットさん!」


 駆け寄ろうとして、俺は止まった。


 倉庫の入口に立っていたのはリゼットだった。


 けれど、彼女は一人ではなかった。


 その背後の暗闇で、二つの赤い目が光っていた。


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