第十九話 王都の掲示板
王都エルドリアの北門が見えたころには、朝日はすっかり高くなっていた。
夜通し戦い続けた疲れが、歩みを止めた途端に一気に身体へ戻ってくる。それでもユウは足を止めなかった。
隣には、外套で青銀の鎧を隠したリゼットがいる。
その後ろには、黒牙王ヴァルグがいた。
首元と左前脚には深い傷が残っている。巨体を支える足取りも、まだ完全ではない。それでもヴァルグは、森へ戻る黒牙狼たちを見送ったあと、ユウの後ろへついてきた。
《ユウ》
Lv.11 職業:サモナー
HP:285/285
筋力:18
敏捷:22
知力:38
所持スキル:魔力感知Ⅰ、契約者支援Ⅰ、魔力糸Ⅰ、
指揮補助Ⅰ、戦術指揮Ⅰ、征服の盟約
契約枠:2/5
第一枠:リゼット・アークレイン Lv.28
第二枠:黒牙王ヴァルグ Lv.32
第三~第五枠:封印中
北門へ近づくにつれ、すれ違うプレイヤーたちの視線が増えていく。
当然だ、とユウは思った。
普通のサモナーが連れているのは、一体だけだ。
小型の狼。鳥。妖精。ゴーレム。あるいは契約した魔物。
だが、ユウの後ろには人間の騎士と、レイドボス級の黒狼がいる。
「止まれ!」
門番のNPC兵が、槍を横へ向けた。
その声に周囲のプレイヤーたちも足を止める。
「そこの黒狼。街へ入る目的を答えろ」
ヴァルグが低く唸った。
門番たちの顔が強張る。槍の穂先がわずかに上がった。
その前へ、リゼットが出た。
「剣を下ろせ。この者は盟約下にある」
「盟約? そのような魔物を、誰が……」
「俺です」
ユウが答える。
門番の視線が、ユウへ移った。
「あなたが、あの黒狼を契約したと?」
「はい」
「では、そちらの騎士も?」
「契約者です」
一瞬、門前が静まり返った。
門番だけではない。
近くにいたプレイヤーたちも、意味を理解するまで動けなかったようだった。
外套を被ったリゼット。
傷つきながらも鋭い目をした黒牙王。
その二人が、ユウの左右に立っている。
見間違いようがない。
「二体……?」
「サモナーが?」
「いや、無理だろ」
「契約は一枠しかないはずだぞ」
小さなざわめきが、すぐに大きくなった。
ユウは一度だけ、リゼットとヴァルグを見た。
リゼットは周囲の視線を気にする様子もなく立っている。
ヴァルグは、槍を向ける門番たちを一瞥したあと、あくびをするように大きく口を開けた。敵意はない。ただ、いつでも動けるという威圧だけは隠していない。
門番の一人が、震える手で確認用の魔石を掲げた。
青い光がユウ、リゼット、ヴァルグを順番に包む。
《同行個体を確認》
《リゼット・アークレイン:契約状態》
《黒牙王ヴァルグ:契約状態》
《敵対判定なし》
門番は、表示を二度見した。
「確かに……契約状態です」
「通してもらえますか」
「規則上、敵対判定のない契約者を拒む理由はありません。ただし、街中での戦闘行為は禁止です。黒狼は、絶対に他者へ危害を加えないように」
「分かりました」
ユウが答えると、ヴァルグは低く鼻を鳴らした。
門番たちは道を開けた。
その瞬間、周囲にいたプレイヤーたちが一斉に動き出す。
直接話しかけてくる者はいない。
だが、チャットを開く仕草をする者、遠くから二人と一頭を撮影する者、仲間を呼びに走る者がいた。
「目立つな」
リゼットが小声で言う。
「隠しようがなかった」
「最初から連れて入ると決めたのはお前だ」
「ヴァルグを一人で城に置くのも不安だったから」
その言葉に、黒牙王は片目を細めた。
リゼットはヴァルグを見る。
「監視のため、という意味なら理解する」
「半分はそれ」
「残り半分は?」
「仲間にしたなら、置いていくより一緒に行動したほうがいいかなって」
リゼットは何も言わなかった。
ヴァルグもまた、答えない。
ただ、黒い巨体は先ほどより少しだけユウへ近い位置を歩くようになった。
王都の広場へ入ると、視線はさらに増えた。
露店を開くプレイヤーが手を止める。召喚獣を連れたサモナーが、自分の小型犬ほどの狼とヴァルグを見比べる。装備店の前にいた剣士たちは、外套の下に隠れたリゼットの鎧へ目を向けていた。
ユウはできるだけ立ち止まらず、冒険者協会へ向かった。
必要なものは多い。
回復薬。
ヴァルグの傷に使える魔物用の治療薬。
リゼットの剣の修理。
それから、これから軍勢を増やすための資金。
協会の受付には、朝から長い列ができていた。
ユウたちが最後尾へ並んだ瞬間、前にいたプレイヤーが振り返る。
彼は何かを言いかけた。
だが、ヴァルグと目が合った途端、黙って前を向いた。
「便利だな」
ユウが呟く。
「何がだ」
「列に割り込まれない」
「お前は本当にそれでいいのか」
リゼットは呆れたように言った。
ヴァルグは、何も悪いことをしていない。
ただ座っているだけだ。
けれど、その巨体だけで周囲に十分な空間ができていた。
順番が来ると、受付のNPCがユウの冒険者証を確認した。
「ユウ様。レベル11への到達を確認しました。初級探索者向け依頼に加え、中級への昇格依頼を受注可能です」
「売却もお願いします」
「承知しました」
ユウは黒牙狼の牙、呪牢狼の核、地下牢獄で拾った不要な鎧片をカウンターへ置いた。
第七騎士団の軍旗、予備炉の鍵、古い騎士の紋章といった品は出さない。
拠点に関わるものを、他人の目に触れさせるつもりはなかった。
売却を終えたユウは、回復薬と包帯を買い込む。
さらにヴァルグ用の薬を頼むと、受付NPCは少しだけ困った顔をした。
「黒牙王級に効く治療薬ですと、当協会の常備品では足りません」
「どこなら買える?」
「西区の調薬師ギルドです。ただし、必要な薬は高価です。あるいは、西街道の薬草採集依頼を受け、素材を持ち込めば安く調合できます」
ユウは依頼掲示板を見る。
《緊急依頼:西街道・輸送隊護衛》
推奨レベル:10~
内容:西街道を通る回復薬輸送隊の護衛。
近頃、街道周辺で通常とは異なる魔物の群れが確認されています。
報酬:8,000G+貢献度
報酬は悪くない。
しかも輸送されるのは回復薬だ。
「これを受ける」
ユウが依頼書を手に取ると、リゼットが頷いた。
「街道の護衛なら、騎士団の役目に近い」
「ヴァルグは、まだ無理させない」
「分かっている。あれを前へ出すなら、傷が塞がってからだ」
リゼットはヴァルグを仲間として受け入れたわけではない。
だが、契約者を雑に消耗品扱いするつもりもないらしい。
ユウは依頼書を受付へ提出した。
出発は翌朝。
今日は装備を整え、二人と一頭を休ませる時間にする。
その後、協会の奥にある情報掲示板へ向かった。
依頼書の横に、プレイヤー同士が自由に書き込める掲示板がある。
そしてその中央には、ついさっき立てられたばかりらしい新しい紙が貼られていた。
《北門で、サモナーが二体連れていた件》
ユウは、リゼットとヴァルグを連れて少し離れた場所へ移動してから、書き込みを読んだ。
【北門で、サモナーが二体連れていた件】
1:名無しの槍使い
今朝、北門で見た。
青銀の鎧の女騎士と、でかい黒狼を連れたサモナーがいた。
6:名無しの召喚士
二体連れてたって、召喚獣とNPC同行じゃないの?
9:名無しの槍使い
違う。
門番の確認で、女騎士も黒狼も契約状態って出てた。
14:名無しの召喚士
ありえない。
サモナーの契約枠は、最初から最後まで一枠固定。
レベル上げても、進化しても、複数契約だけはできない仕様だろ。
21:名無しの魔術師
片方がペット扱いとかじゃなく?
25:名無しの槍使い
黒狼は《黒牙王ヴァルグ》って表示されてた。
レベル32。
普通のペットじゃない。
32:名無しの初心者剣士
レベル32のボスを契約?
しかも人型の騎士も?
何をどうしたらそうなるんだよ。
41:名無しの攻略好き
北の森の青い光、濃霧、消えた黒狼の群れ。
たぶん全部そのサモナー絡み。
ユニーククエストの固有報酬か、完全な隠し仕様だな。
48:名無しの召喚士
いや、召喚士の根本ルールを壊してる。
一体を進化させるか、契約を切って別個体に替えるのが普通だろ。
二体を同時に抱える選択肢なんてない。
56:名無しの弓使い
北門の黒狼、かなり傷ついてた。
でも女騎士との距離感が微妙だった。
仲良しパーティって感じじゃなかったぞ。
62:名無しの盾
そりゃ昨日まで城を攻めてた相手ならな。
北の森で青い光見たやつ、たぶん近くにいたろ。
ユウはそこで画面を閉じた。
リゼットが外套の下からこちらを見る。
「城を攻めた相手、か」
「気になる?」
「事実だ」
リゼットは短く答えた。
「だが、城を守るために戦う者と、群れを守るために戦う者が、必ずしも相容れないとは限らん。お前が盟約を結んだ以上、私は騎士団長として監視する。それだけだ」
ヴァルグが低く鼻を鳴らす。
リゼットを受け入れたわけではない。
だが、敵意を向けることもない。
今の二人には、それで十分だった。
ユウは掲示板を振り返る。
廃城の入口は見つかっていない。
けれど、自分たちの存在はもう隠せない。
なら、隠し続けるより強くなるしかない。
街道の依頼をこなし、資金と装備を手に入れる。
リゼットとヴァルグの連携を作る。
そして、次の契約枠を解放できるだけの軍勢を築いていく。
「明日は西街道だ」
ユウが言うと、リゼットは頷いた。
「護衛任務なら任せろ」
ヴァルグは、傷ついた左前脚をゆっくりと持ち上げる。
戦える、と言っているように見えた。
「無理はさせない」
ユウは二人へ言った。
「でも、次は三人で勝つ」
王都の掲示板には、二体の契約者を連れた謎のサモナーについての書き込みが増え続けていた。
その一方でユウは、誰にも知られていない廃城へ帰るために、次の戦いの準備を始める。




