第二十話 西街道の護衛
翌朝、ユウは王都西門の外に立っていた。
門前には、調薬師ギルドの紋章を掲げた荷馬車が三台並んでいる。荷台には回復薬、魔石薬、包帯、解毒薬が積み込まれていた。
今回の目的地は、西部駐屯地。
街道の先にいる兵士たちへ、治療用品を届ける護衛依頼だ。
荷馬車の周囲には、すでに何人かのプレイヤーが集まっていた。剣士、槍使い、弓使い、盾を持った重装の男。
そして全員が、ユウのほうを見ている。
正確には、ユウの両隣にいる契約者たちを見ていた。
外套を被ったリゼット。
そのすぐ後ろに座るヴァルグ。
昨日、北門で注目を集めたせいか、誰も気軽には近づいてこない。
ヴァルグは治療を終え、傷一つない状態へ戻っていた。黒い毛並みは朝日を受けて鈍く光り、残った片目が周囲の護衛たちを静かに見回している。
「やっぱり、あいつか」
「掲示板で見たサモナー」
「女騎士と黒牙王を、両方契約してるって本当だったんだな」
「普通は一枠しかないのに、どういう仕様だよ」
聞こえてくる声を、ユウは気にしないことにした。
契約者を隠して戦うつもりはない。
ただし、廃城の場所や第七騎士団旗の存在まで話すつもりもなかった。
荷馬車の前に立つ年配の商人が、護衛役のプレイヤーたちへ声を張る。
「西部駐屯地まで、通常なら半日ほどだ! 近頃は街道で魔物の襲撃が増えている! 荷を二台以上失えば依頼失敗、駐屯地へ無事に届ければ報酬を支払う!」
《緊急依頼:西街道・輸送隊護衛》
目的:輸送隊を西部駐屯地まで護衛せよ
失敗条件:荷馬車三台のうち二台以上が破壊される
報酬:8,000G+貢献度
商人が出発の合図を出す。
ユウは最後尾の荷馬車へ移動した。
先頭と中央には、他の護衛役が集まっている。なら、狙われやすい最後尾を自分たちが守ればいい。
「リゼットは真ん中の荷馬車の右側。荷台へ近づく敵を優先して止めて」
「了解した」
「ヴァルグは最後尾の後ろ。俺が指示するまで、前へ出すぎないで」
ヴァルグは低く鼻を鳴らす。
不満そうには見えない。
むしろ、自分の役割を理解したように、荷馬車の後ろへゆっくりと回り込んだ。
リゼットがその様子を見ていた。
「命令を聞くようになったな」
「契約したから、というだけじゃないと思う」
「そうだな。盟約は首輪ではない」
リゼットは前方へ目を向ける。
「従うかどうかは、ヴァルグ自身が決める。なら、お前はその信頼を損なわぬように指揮しろ」
「分かってる」
西街道は、王都から離れるほど人通りが減っていった。
最初の一時間は何も起きない。
街道の両側には背の低い森が続き、その先には緩やかな丘と岩場が見える。荷馬車の車輪が土を踏む音と、馬の蹄の音だけが続いた。
前方にいた剣士の一人が、振り返る。
「なあ、サモナー」
ユウは顔を上げた。
「ヴァルグ、戦わせないのか? ここ推奨レベル10だろ。あれ一体で終わるんじゃないか」
「必要なら動かす」
「なら、最初から前に置けばいい。護衛なんだから」
「ヴァルグは荷物を守るためにいる。敵を追いかけるためじゃない」
剣士は少しだけ眉を上げた。
「レベル32のボスを、壁役にするのか」
「仲間だから」
剣士は何か言いかけたが、やがて肩を竦めて前へ戻った。
リゼットは、そのやり取りを聞いていた。
「悪くない答えだ」
「何が?」
「強い者を前へ出して終わらせるだけなら、指揮とは言わん」
リゼットは小さく笑う。
「お前は少しずつ、盟約主らしくなっている」
異変が起きたのは、街道が岩場へ差しかかったときだった。
先頭の荷馬車が急に止まる。
御者の叫び声が聞こえた。
「前方に倒木だ! 道が塞がれている!」
街道を横切るように、太い木が一本倒れていた。
荷馬車では越えられない。
左右は岩壁と急な斜面で、簡単に迂回もできなかった。
「切れば通れるだろ!」
前衛のプレイヤーたちが倒木へ駆け寄る。
その瞬間、ユウの《魔力感知》が反応した。
岩場の上。
森の中。
街道の下にある浅い窪地。
あちこちに、複数の魔力反応がある。
「全員、倒木から離れて!」
ユウが叫んだ。
しかし、遅かった。
倒木の下から、太い蔦が何本も飛び出した。蔦は前衛の一人の足へ絡みつき、街道脇の森へ引きずり込もうとする。
「うわっ、なんだこれ!?」
「助けて!」
次の瞬間、岩場の上から巨大な影が降ってきた。
木の皮のような硬い甲殻。
太い四肢。
頭部から伸びる枝角。
《喰樹獣バルド》
Lv.30
HP:6,800/6,800
危険度:B
状態:縄張り防衛
その後ろから、蔦をまとった小型の獣が何体も現れる。
《喰樹獣の幼体》
Lv.12
HP:510/510
危険度:E
「罠だ!」
商人の叫びとともに、輸送隊が混乱した。
馬が暴れ、荷馬車が大きく揺れる。荷台の薬箱が崩れかけ、中央の荷馬車へ幼体たちが殺到する。
「リゼット、中央を固定! ヴァルグ、最後尾を守って!」
「了解!」
リゼットが真ん中の荷馬車へ飛び込む。
暴れる馬の手綱を掴み、前方から伸びてきた蔦を一太刀で切った。幼体が荷台へ跳びつこうとした瞬間には、剣の腹で叩き落とす。
ヴァルグは最後尾の荷馬車の前へ立つ。
幼体の一体が飛びかかる。
ヴァルグは牙を使わず、右前脚を横から振り抜いた。小型の獣は地面を転がり、岩壁へ激突する。
さらに二体が横から迫る。
ヴァルグは低く唸り、圧倒的な威圧を放った。
幼体たちの足が止まる。
その隙に、最後尾を守っていた槍使いたちが反撃へ移った。
「前衛は幼体を止めて! ボスは倒木の向こうへ出さないで!」
ユウは叫びながら、倒木を見た。
喰樹獣バルドは、最初から荷馬車を壊すつもりではない。
道を塞ぎ、足を止め、蔦で護衛を引き剥がす。
そして輸送隊が崩れたところを、後ろから叩く。
頭の回る魔物だ。
リゼットが幼体を二体斬り伏せる。
しかし、バルド本体は倒木の影に隠れたまま動かない。甲殻が硬く、正面から斬っても有効打になりにくいと分かっているのだろう。
「ユウ!」
リゼットが呼ぶ。
「倒木の下に、太い根がある!」
「見えてる!」
ユウは《魔力感知》を強めた。
倒木の根元から、街道の地下へ太い魔力が伸びている。さらにその先は、岩場の上にいるバルドへ繋がっていた。
倒木はただの障害物ではない。
バルドが蔦を操るための根だ。
「ヴァルグ! 倒木の右側へ回って!」
ヴァルグが振り返る。
岩場の右側は狭い。
だが、ヴァルグは巨体を低くし、岩の隙間を抜けていく。爪を岩へ食い込ませ、斜面を一気に駆け上がった。
そのまま、バルドの背後へ回り込む。
バルドが初めて姿勢を崩した。
ヴァルグが背後へ出るとは思っていなかったのだろう。
「リゼット、倒木の根を切って!」
「分かった!」
ユウは魔力糸を倒木の根元へ繋いだ。
次に、街道脇に転がる大岩へ繋ぐ。
全力で引く。
大岩がわずかに動き、倒木の下へ転がった。根に絡んでいた蔦が押し潰され、バルドから流れていた魔力が乱れる。
「今!」
リゼットの剣が振り下ろされる。
倒木の下から伸びていた太い根が、二つに断たれた。
バルドが苦鳴を上げる。
蔦の動きが止まり、前衛のプレイヤーたちを捕らえていた拘束が緩んだ。
「離れろ!」
ユウの声に合わせ、捕まっていた剣士が地面を転がって抜け出す。
その直後、ヴァルグがバルドへ体当たりした。
ヴァルグの黒い巨体が、木の甲殻をまとった獣を岩壁へ押し込む。
《喰樹獣バルド》
HP:6,800 → 4,210
バルドは枝角を振り、ヴァルグの首元を狙う。
しかし、リゼットがその横へ踏み込んだ。
剣が枝角を斬り飛ばす。
バルドの身体が大きく傾いた。
「次は私が止める。仕留めろ、ヴァルグ!」
ヴァルグが唸った。
それは反発ではなく、応える声だった。
ヴァルグは岩壁を蹴り、バルドの横腹へ牙を突き立てる。
甲殻の隙間へ深く食い込んだ牙が、魔物の身体を持ち上げた。
そして、そのまま地面へ叩きつける。
喰樹獣バルドの巨体が動かなくなった。
《喰樹獣バルドを撃破しました》
幼体たちは、親の倒れる姿を見ると一斉に森へ逃げていった。
街道に静けさが戻る。
荷馬車は三台とも無事だった。
前衛のプレイヤーたちは、助けられた剣士を中心に呆然としている。
「今の連携、何だよ」
「ヴァルグが後ろへ回って、女騎士が角を斬って……」
「サモナー本人は前に出てないのに、全部動かしてた」
ユウの視界に、経験値の表示が流れた。
《レベルが上がりました》
《ユウ》
Lv.11 → Lv.12
HP:285/285 → 305/305
筋力:18 → 19
敏捷:22 → 24
知力:38 → 41
リゼットとヴァルグは、倒れたバルドを見ていた。
盟約の表示は出ない。
この魔物には、戦いの意志はあっても、ユウの旗の下へ加わる意味はないのだろう。
それでいい。
仲間にする相手は、強いだけでは駄目だ。
リゼットとヴァルグのように、軍勢に加わる理由と、共に進む意志が必要だ。
輸送隊の商人が、倒木とバルドの死骸を見てからユウへ頭を下げた。
「助かりました。あれほどの魔物が出るとは思わなかった」
商人は、街道の先にある岩山へ視線を向ける。
「ですが、まだ安心はできません。西の旧関所で、駐屯地の護衛隊が足止めされています」
彼は新しい依頼書を取り出した。
《追加目標》
西街道・旧関所まで輸送隊を護衛せよ
確認された脅威:不明
追加報酬:12,000G
「彼らを止めているのは、ただの魔物ではありません」
商人の声が低くなる。
「部隊を率いる何者かです」
リゼットが依頼書へ視線を落とした。
ヴァルグもまた、街道の先にある岩山へ目を向ける。
昨日まで敵だった二人は、今日初めて同じ相手へ牙と剣を向けた。
その連携は、まだ完成には遠い。
けれど、確かに軍勢の形になり始めていた。
「護衛を続ける」
ユウは答えた。
「旧関所まで行こう」




