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最弱サモナー、部下ゼロの亡国騎士団長を従え、倒した敵を仲間にして最強軍勢を作る  作者: sixi


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第十三話 旗手の命令

 鉄扉の向こうから、熱を含んだ風が吹きつけた。


 地下にあるはずなのに、そこだけは夜の冷気から切り離されている。赤銅色の巨大な炉が部屋の中央に据えられ、何本もの太い導管が天井と壁へ伸びていた。炉の内部では青い火が脈打っている。その光に照らされ、床へ刻まれた第七騎士団の紋章がぼんやりと浮かび上がっていた。


 だが、魔力炉は無事ではなかった。


 炉の側面には大きな亀裂が走り、そこから青い光が不規則に漏れている。導管の一本は何かに噛み砕かれたように潰れ、床には砕けた魔石の欠片が散乱していた。


 ユウが部屋へ踏み込んだ直後、扉の上に淡い文字が浮かんだ。


《魔力炉・緊急防衛機構》

 城の維持率:58%

 魔力炉損傷率:27%

 防衛設備:一部停止

 緊急停止権限:旗手、騎士団長の共同承認が必要です。


「緊急停止って、炉を止めるんじゃないのか?」


「完全に止めれば、この城の灯りも防壁も消える」


 リゼットは部屋の奥を睨んだまま答えた。


「だが、今の炉は損傷箇所から魔力を漏らしている。このまま黒牙王に破壊されれば、城全体の術式が暴走する。最悪の場合、地下区画ごと崩れる」


 格子の向こうで、黒牙王が吠えた。


 金属が悲鳴を上げる。


 さっき落とした格子は、すでに半分以上持ち上げられていた。太い鉄棒が弓のようにしなり、その隙間から黒い爪が覗いている。


「急いで停止させればいいんだな」


「停止だけならな。だが、炉を止めれば城の維持率はさらに落ちる。夜明けまで城を保たせるなら、停止後に予備炉を起動する必要がある」


「予備炉?」


「この部屋の下だ。しかし、予備炉を動かすには主炉の余剰魔力を移さなければならない」


 リゼットの声は冷静だった。けれど、握った剣の柄には力が入っている。


 黒牙王を止める。壊れかけた魔力炉を止める。さらに別の炉を動かす。


 一つでも手順を間違えれば、城は落ちる。


 ユウは目の前の炉と、壁際に並ぶ制御盤を見た。どれも古い。騎士団が滅びてからどれだけの時間が経ったのかは分からないが、少なくとも誰かが日常的に整備していた設備には見えなかった。


 そのとき、格子の向こうで鉄が弾けた。


 一本の鉄棒が折れ、黒牙王の頭が隙間から突き出される。


《黒牙王ヴァルグ》

 Lv.32

 HP:8,420/9,800

 状態:激昂、左前脚損傷、拘束


 拘束状態の表示は残っている。


 だが、長くは持たない。


「リゼット。緊急停止は俺がやる。予備炉の起動方法を教えて」


「待て。旗手の権限を使うということは、お前が炉の前から動けなくなる可能性がある」


「だったら、リゼットが黒牙王を止める?」


「それしかあるまい」


「一人で?」


 問い返すと、リゼットは答えなかった。


 答えられないのではない。できると言えば、ユウが無茶を承知で任せると思っているのだろう。


 けれど、彼女のHPはすでに半分を大きく下回っている。城門から始まった戦いで、リゼットはずっと前に立ち続けていた。


 盟約を結んだからといって、彼女が傷つかなくなるわけではない。


 強い仲間を得たからといって、ユウが何もしなくていいわけでもない。


「二人でやる」


「ユウ」


「リゼットは黒牙王を倒すんじゃなく、足を止める。俺は炉を止めるんじゃなく、予備炉まで魔力を通す。その間、使える設備があるなら全部使う」


 ユウは床に刻まれた騎士団の紋章を見た。


 ここは第七騎士団の司令室ではない。城を動かすための中枢だ。


 ならば、騎士団長だけの場所ではないはずだ。


「旗手として命令する」


 言った瞬間、床の紋章が明るくなった。


 リゼットが目を見開く。


 ユウの視界に、これまで見たことのない表示が現れた。


《第七騎士団旗:臨時権限》

 旗手による防衛命令を受理します。

 使用可能な防衛設備を検索します。


 部屋の壁に埋め込まれていた石板が、順番に光り始める。


《使用可能設備》

 ・第一防衛扉:損傷

 ・落とし格子:使用中

 ・魔力弩砲:魔力不足

 ・拘束鎖:使用可能

 ・炉室隔壁:使用可能

 ・騎士像:機能停止


 ユウは最後の一行で視線を止めた。


 部屋の両脇には、剣と盾を持った石像が二体並んでいる。飾りだと思っていたが、よく見れば胸元に小さな魔石が埋め込まれていた。


「リゼット。騎士像って何だ?」


「城を守る自律兵だ。ただし、あれを動かすには魔力が要る。今の炉では――」


「魔力が足りないなら、動かさなくていい」


 ユウは制御盤の表示へ手を伸ばす。


「黒牙王を一瞬だけでも止められればいい」


 黒牙王が格子を押し上げた。


 巨体がとうとう鉄格子の下から滑り出す。背中に擦り傷を増やしながら、黒い獣王が炉室の入口へ降り立った。


 リゼットが前へ出る。


「ここから先へは通さん」


 黒牙王は返事の代わりに、地面を蹴った。


 先ほどまでの突進とは違う。傷ついた左前脚をかばうように重心を傾けながら、それでも一撃で人間を押し潰せる速度で迫る。


 リゼットは剣を構え、真正面から迎えた。


 牙と剣がぶつかる。


 火花が散り、リゼットの靴が床を滑った。


「ユウ!」


「分かってる!」


 ユウは制御盤の上に浮かぶ文字を追った。


 拘束鎖。炉室隔壁。騎士像。


 全部を同時に動かすほどの魔力はない。


 なら、順番に使う。


「第一命令。炉室隔壁、閉鎖!」


 ユウが宣言すると、黒牙王の背後で分厚い石壁が落ちた。


 退路を断つためではない。黒牙王と、壊れかけた落とし格子を隔てるためだ。これで黒牙王は城の外へ出られない。炉室の中に閉じ込められた。


 黒牙王が背後を振り返る。


 その隙を、リゼットは逃さなかった。


「はあっ!」


 彼女の剣が、再び傷ついた左前脚を深く斬り裂く。


 黒い血が床へ飛び散った。


《黒牙王ヴァルグに出血状態を付与しました》


 黒牙王が吠え、尾を横薙ぎに振る。


 リゼットは防御しきれず、壁際まで弾き飛ばされた。背中から石壁に叩きつけられ、鎧が鈍い音を立てる。


《リゼット・アークレイン》

 HP:812/1,860

 状態:軽傷、疲労、出血・小


「リゼット!」


 彼女はすぐには立ち上がらなかった。


 黒牙王は、倒れた彼女へ向かわない。


 獣王が狙っているのは、最初から魔力炉だった。


 巨体が炉へ向き直り、青い光を漏らす亀裂へ牙を立てようとする。


 ユウの背筋が凍った。


 あれを壊されたら終わる。


「第二命令。拘束鎖、展開!」


 炉室の天井が開いた。


 そこから、太い鎖が何本も落ちてくる。黒牙王の首、胴、前脚へ絡みつき、床へ引き倒そうとする。


 だが、鎖はすべてを止められなかった。


 黒牙王は一本を噛み砕き、もう一本を前脚で引きちぎる。


 残った鎖が巨体をわずかに引き留めた。


 ほんの数秒。


 だが、リゼットが立ち上がるには十分だった。


「ユウ!」


 呼ばれて、ユウは彼女を見る。


 リゼットは血の滲む脇腹を片手で押さえながら、それでも剣を構えていた。


「次の命令を!」


 次の命令。


 騎士像を使えば、黒牙王の足を止められるかもしれない。だが、起動には魔力が要る。そして、予備炉の起動にも魔力を回さなければならない。


 片方を選べば、片方を失う。


 ユウは一度、魔力炉の亀裂を見た。


 青い光が漏れている。


 その光は、床の紋章へ流れ、壁の導管へ流れ、そして停止した騎士像の胸元へも繋がっている。


 完全に魔力が足りないわけではない。


 魔力が散っている。


「リゼット、あと十秒だけ耐えて!」


「十秒か」


 彼女は苦しそうに息を吐いた。


 それから、口元だけで笑う。


「短いな。だが、十分だ」


 リゼットが黒牙王へ向かう。


 ユウは《魔力糸》を使った。


 今度は鎖ではない。


 炉の亀裂から漏れ出している青い光へ、細い糸を伸ばす。触れた瞬間、指先に焼けるような痛みが走った。濁流のような魔力が、制御を失って流れている。


 その流れを、騎士像の胸元にある魔石へ導く。


 一筋では足りない。


 二筋。


 三筋。


 ユウの視界が揺れる。魔力糸は、ただ繋ぐだけのスキルだ。暴れる魔力を扱うためのものではない。


 けれど、完全に操る必要はなかった。


 十秒だけ、届けばいい。


 黒牙王の牙がリゼットへ迫る。


 リゼットは剣で受けた。


 刃が悲鳴を上げる。


 黒牙王の力に押され、彼女の膝が沈む。


「まだだ!」


 ユウはさらに糸を張った。


 騎士像の胸元に埋め込まれた魔石が、一つ、淡く光る。


 次の瞬間、石像の瞳に青い火が灯った。


《騎士像・第一号機 短時間起動》


 石像が動いた。


 長い眠りから目覚めた騎士は、片手の盾を前へ突き出す。その盾が黒牙王の横腹へ叩きつけられ、巨体が大きく傾いた。


 リゼットが剣を押し返す。


「そこだ!」


 黒牙王の左前脚が、床へ沈む。


 ユウは叫んだ。


「第三命令! 騎士像、左前脚を固定!」


 石像の剣が振り下ろされた。


 刃は黒牙王を斬り裂くのではなく、傷ついた左前脚のすぐ脇の床へ深く突き刺さる。石像は両手で柄を握り、黒牙王の足を逃がさないように体重をかけた。


 黒牙王が暴れる。


 石像の腕に亀裂が走る。


 それでも、数秒だけ動きを止めた。


 リゼットが黒牙王の横を駆け抜ける。


 狙いは首でも心臓でもない。


 獣王の右目だった。


「第七騎士団長リゼット・アークレイン――これ以上、この城を踏みにじらせはしない!」


 剣が赤い瞳を貫いた。


 黒牙王の絶叫が炉室を揺らす。


《黒牙王ヴァルグに視界低下を付与しました》


 獣王が大きく身を捩った。


 石像の腕が砕け、拘束鎖が千切れる。だが黒牙王は炉へ牙を届かせることができないまま、血を流しながら後ずさった。


 片目を押さえ、唸り声を上げる。


 勝った、とユウは思わなかった。


 黒牙王はまだ生きている。


 HPも大半を残している。


 ただ、今は退いた。


 黒牙王は壊れた炉室隔壁へ体当たりし、石壁を何度も揺らした。そして完全に崩す前に、壁の隙間から暗い通路へ身を滑らせていく。


 最後に残った片目が、ユウを睨んだ。


 その視線は逃走する獣のものではない。


 次は殺すと告げる、明確な敵意だった。


《黒牙王ヴァルグが撤退しました》

《魔力炉の直接破壊を阻止しました》


 炉室に静寂が戻る。


 ユウはようやく息を吐いた。


 その直後、膝から力が抜けた。


「ユウ」


 リゼットが近づき、倒れそうになったユウの腕を掴む。


「大丈夫か」


「大丈夫……たぶん」


「たぶん、では困る」


 呆れたような声だったが、その手は強かった。


 ユウは炉の亀裂を見る。


 黒牙王は退けた。けれど、炉の青い光は先ほどより不安定に明滅している。時間を稼いだだけで、問題は何も終わっていない。


《魔力炉・緊急防衛機構》

 魔力炉損傷率:34%

 城の維持率:53%

 次の目標:予備炉を起動せよ

 制限時間:夜明けまで


 そして、その下に新たな表示が浮かんだ。


《第七騎士団旗:再建度が上昇しました》

 再建度:12%

 第二契約枠の解放条件が開示されました。


 ユウはその文字を見つめた。


 リゼットが、少しだけ驚いたように息を呑む。


 次の瞬間、床の紋章から細い光が伸び、炉室のさらに奥――地下へ続く階段を照らし出した。


 予備炉は、その先にある。


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