第十一話 魔力炉を守れ
契約の光が消えた直後、城の地下深くから、腹の底を叩くような轟音が響いた。
石壁の隙間から灰色の粉塵が落ちる。足元が揺れ、古びた燭台の火が一斉に傾いた。
「魔力炉だ」
リゼットが即座に顔を上げた。
「黒牙王は城門を破ることを諦めた。城の維持機構を壊し、こちらを外へ追い出すつもりだ」
視界の端で、クエストログが赤く点滅する。
《ユニーククエスト:部下ゼロの騎士団長》
最終目標:夜明けまで城を維持せよ
城の維持率:58%
魔力炉損傷率:0%
その下に、さっきまでなかった文字が浮かんだ。
《盟約成立》
盟約者:リゼット・アークレイン
契約枠:1/1
※現在、追加契約は行えません。
リゼットはすでに剣を抜いていた。青白い刀身が、地下通路の暗闇を細く照らす。
「ユウ。魔力炉までの最短路は、ここから二つ先の分岐を右だ。だが、敵もそこへ集まっている」
「分かった」
返事をした直後、また通知が鳴った。
《盟約スキルを獲得しました》
《契約者支援Ⅰ》
契約中の仲間一名に対し、MPを消費して能力を一時強化する。
強化内容は使用者の知力、対象との信頼度、戦況に応じて変動します。
説明を読んでいる暇はなかった。リゼットが走り出し、ユウもその横を追う。
瓦礫の散らばる地下通路を抜けるたび、遠くで獣の咆哮が響いた。黒牙狼たちは、城門を攻めていた群れとは別のルートから侵入しているらしい。壁には新しい爪痕が刻まれ、床には騎士団のものではない黒い毛が落ちていた。
「リゼット。この城の魔力炉って、壊されたらどうなる?」
「防衛設備が止まる。封鎖壁も、見張り塔の警報も、地下水路の遮断扉もな」
リゼットは走りながら答えた。
「そして維持率がゼロになれば、この城はクエスト領域として崩壊する。おそらく、私もここには留まれない」
その言葉に、胸の奥が冷えた。
契約したばかりだ。ようやく最初の仲間になったのに、城ごと消えるかもしれない。
「だったら、絶対に止める」
「その意気だ」
リゼットが一瞬だけ笑った。
だが、次の角を曲がった瞬間、その笑みは消えた。
通路の先を塞ぐように、黒牙狼が六体いた。
《黒牙狼》
Lv.7
HP:320/320
危険度:E
ユウの視界に表示される数字を見て、喉が鳴る。
自分はまだLv.1。HPもMPも、まともに戦えるほど高くない。
《ユウ》
Lv.1 職業:サモナー
HP:120/120
MP:180/180
筋力:8
敏捷:10
知力:16
所持スキル:魔力感知Ⅰ、契約者支援Ⅰ
契約枠:1/5(第二~第五枠:封印中)
契約者:リゼット・アークレイン(第一枠)
《リゼット・アークレイン》
Lv.25 種族:人間
HP:1,140/1,860
MP:210/620
状態:軽傷、疲労
契約状態:盟約中
黒牙狼たちは低く唸り、こちらを半円状に囲んだ。
リゼットが前へ出る。
「私が切り開く。ユウは――」
「支援する」
言い切ってから、ユウは手を伸ばした。
契約者支援。使い方は、頭に直接流れ込んできた。対象を定め、魔力を渡す。単純なスキルだが、ユウのMPを削る代わりに、契約者の力を一時的に引き上げる。
「《契約者支援》!」
指先から淡い銀色の光が走り、リゼットの背へ吸い込まれた。
《リゼット・アークレインに一時的に身体強化を付与しました》
リゼットが目を見開く。
「これは……」
「一分だけです!」
「十分だ!」
最初の黒牙狼が跳んだ。
リゼットは半歩だけ踏み込んだ。剣が横薙ぎに走る。以前の彼女なら一体ずつ確実に斬っていたのかもしれない。だが、今の一撃は違った。
青白い軌跡が二体の首元をまとめて薙ぐ。
《黒牙狼を撃破しました》
《黒牙狼を撃破しました》
残り四体が一斉に飛びかかる。
リゼットは一体の牙を剣で受け、もう一体の腹を蹴り飛ばした。だが、背後から回り込んだ二体までは止められない。
「ユウ!」
呼ばれた瞬間、ユウは反射的に壁際へ身を寄せた。
黒牙狼が噛みつこうと口を開く。その鼻先へ、ユウは拾っていた石片を投げつけた。
当然、ダメージになるようなものではない。
だが、石は通路の壁に掛かっていた朽ちた金具へぶつかった。金具が外れ、上に積まれていた古い木箱が落下する。
木箱が一体の背へ直撃し、獣の動きが止まった。
「今だ、リゼット!」
「了解した!」
振り返ったリゼットの剣が、最後の二体を貫いた。
黒牙狼たちは光の粒になって消える。通路に静けさが戻ったが、ユウの心臓だけはうるさいままだった。
《経験値を獲得しました》
《レベルが上がりました》
目の前に、金色の文字が広がる。
《ユウ》
Lv.1 → Lv.2
HP:120 → 136
MP:180 → 202
筋力:8 → 9
敏捷:10 → 11
知力:16 → 18
《スキルを獲得しました》
《魔力糸Ⅰ》
魔力で細い糸を作り、物体や罠、味方の装備などに接続できる。
直接的な攻撃力は低い。
使用者の工夫により、効果は変化します。
レベルが上がった。
たった一つ。それでも、数字が増えた事実より、自分がこの戦いに参加できた感覚のほうが大きかった。
「おめでとう、ユウ」
リゼットが剣についた黒い毛を振り落とす。
「初陣で生き残った。それだけで十分に価値がある」
「生き残ったのはリゼットのおかげだよ」
「違う。お前が支援を使い、敵の足を止めた。私一人なら、もっと時間がかかった」
言われて、ユウは少しだけ息を整えた。
サモナーは前に出て剣を振る職業ではない。少なくとも今のユウには無理だ。
けれど、ただ後ろにいるだけでもない。
仲間の力を引き出し、戦場を見て、勝てる形を作る。そのためのスキルが手に入ったのなら、やれることは増えていく。
通路の奥から、低い振動が伝わってきた。
今度は一度ではない。重い何かが、一定の間隔で床を踏んでいる。
リゼットの表情が硬くなる。
「来るぞ」
魔力炉の扉が見えた。
巨大な鉄扉には、第七騎士団の紋章が刻まれている。しかし、その前には扉をこじ開けようとする黒い巨体があった。
《黒牙王ヴァルグ》
Lv.32
HP:8,420/9,800
危険度:A
状態:激昂、左前脚損傷
黒牙王は、こちらへゆっくりと首を向けた。
赤い目が、ユウとリゼットを捉える。
城門前で退けられた怒りが、その眼光だけで伝わってきた。
リゼットが剣を構える。
「ユウ。あれを倒すには、正面からでは足りない」
「分かってる」
ユウは新しく覚えた《魔力糸》の説明を思い出し、周囲を見回した。
天井から垂れ下がる鎖。魔力炉へ繋がる太い導管。扉の上に残る、半壊した落とし格子。そして黒牙王の左前脚には、城門で受けた傷が残っている。
使えるものは、まだある。
ユウは両手を前へ出した。
「リゼット。時間を作って」
「何秒だ?」
「三十秒」
黒牙王が唸る。
その巨体が、一歩を踏み出した。
「承知した、盟約主」
リゼットは騎士団長の剣を掲げ、黒牙王へ向かって駆け出した。




