第2話 契約
駅のホームを出た瞬間、世界が元に戻ったような気がした。
人のざわめき。車の音。夕方の匂い。
だが九条レンは、それが“さっきまでと同じ世界”だとは思えなかった。
「ついてきて」
黒髪の少女は、それだけ言って歩き出した。
「いや、待てって。説明しろよ」
「説明すると長くなる」
「長くていい」
「じゃあバイトの契約書書くところから」
「飛びすぎだろ」
会話が噛み合わないまま、レンは半ば引きずられるように裏路地へ連れていかれた。
そこは駅前から数分の場所なのに、光が届いていない。
壁に貼られた古いポスターだけが、妙に鮮明に見える。
その奥に、小さな事務所があった。
「死神バイト管理局支部」
手書きの看板。
「ふざけてるのか?」
「真面目だけど」
少女は平然とドアを開けた。
中には、数人の人間がいた。
制服のようなものを着た男女。
だが全員、どこか“普通じゃない”。
眼鏡の男は机に向かいながら、空中に浮かぶ文字を操作している。
筋肉質の女性は椅子を壊しそうな勢いで座っている。
そして、机の上には白い狐。
レンは一歩引いた。
「……何だここ」
「職場」
黒髪の少女は淡々と言った。
「死者の未練を処理する仕事」
「さっきのやつか」
「そう」
少女は書類を放る。
「君、適性あり。以上」
「いや短い!」
眼鏡の男が笑った。
「ようこそ新人くん。僕は解析担当」
筋肉質の女性が親指を立てる。
「現場担当だ。よろしくな」
白い狐が口を開いた。
「遅い」
「しゃべった!?」
「うるさい新人だな」
狐はため息をついた。
「とりあえず説明するね」
黒髪の少女が言う。
「この街には“残響”がある」
「さっきのやつか」
「死んだ人間の未練が、形を持って残る現象」
「それを放置すると?」
「怪物になる」
淡々とした説明。
「で、私たちはそれを回収するバイト」
「高校生が?」
「人手不足」
即答だった。
「で、君は?」
レンは自分を指した。
「ただの巻き込まれ一般人なんだけど」
「違う」
黒髪の少女がレンを見る。
「君、見えてた」
「それが何なんだよ」
「普通は見えない」
沈黙。
「見える人間は、だいたいもう“関係者”」
狐が言った。
「契約するか、死ぬかだな」
「二択おかしくない?」
「わりと普通」
レンは天井を見た。
現実感がどこかへ落ちていく。
「……わかった。ちょっとだけだぞ」
「契約成立」
黒髪の少女は即答した。
「早くない?」
「逃げる人間はこの時点で逃げる」




