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『死神バイトは放課後に』  作者: 黒宮 シズク


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第1話 見えるもの

現代日本。

実は街には「残響ざんきょう」という死者の感情エネルギーが漂っている。


強い未練を持つと怪物化する。


それを処理する組織が存在するが、人手不足なので高校生アルバイトを使っている。

夕暮れの駅は、いつも少しだけ嘘っぽい。


 人の流れが金色に滲んで、ホームに差し込む光だけが現実みたいに見える。


 九条レンは、その中で一人だけ“違うもの”を見ていた。


 人の周りに、色がある。


 正確には、色じゃない。もっと曖昧で、煙みたいで、感情の形をしている何かだ。


 笑っている人は薄い橙色。

 怒っている人は赤く尖っている。

 そして、何もないように見える人間ほど、深い灰色を抱えている。


 だが今日、駅のホームにはそれとは別の“異物”があった。


 人混みの中に、一人だけ浮いている少女。


 いや、正確には“浮いているように見える存在”。


 足が地面に触れていないわけじゃない。なのに、周囲の人間が誰も彼女を認識していない。


 視線が、そこだけを避けている。


「……まただ」


 レンは無意識に足を止めた。


 少女の周囲には、黒い煙のようなものが渦巻いている。

 それは感情の形をしていない。ただ、“未練”だけが凝縮されたような気配だった。


 少女はホームの端に立っていた。


 向かい側の線路。

 次の電車が来るまで、あと二分。


 その二分が終われば、彼女はそこから落ちる。


 そう確信できた。


「見えてるんだね」


 声は背後からした。


 レンは振り返る。


 黒い制服の少女がいた。


 肩までの黒髪。感情の読めない目。

 そして、なぜか似合わないほど古い日本刀を肩に担いでいる。


「君、名前は?」


「九条レン」


「そっか」


 少女は興味なさそうに頷いた。


 そして、ホームの少女を顎で示す。


「じゃあ、今日からバイトね」


「……は?」


 レンは思わず間の抜けた声を出した。


「死神バイト」


「いや、意味がわからないんだけど」


「わかんなくていいよ。どうせもう巻き込まれてるし」


 少女はそう言って、刀の柄に手をかけた。


 その瞬間だった。


 ホームの少女が、こちらを向いた。


 目が合う。


 いや、合ったように見えただけかもしれない。


 次の瞬間、少女の“輪郭”が崩れた。


 人の形が溶けるように歪み、黒い影が膨張する。


 駅の音が一瞬消える。


 電車のアナウンスも、人のざわめきも、全部遠ざかる。


 世界が一枚、裏返った。


「来るよ」


 黒髪の少女が言った。


 影が、線路へと落ちる。


 その瞬間――


「――やっと見えたね」


 ホームの少女の声が、直接頭の中に響いた。


 レンは息を呑んだ。


 “それ”はもう人間ではなかった。


 黒い塊の中心に、少女の顔だけが残っている。


 泣きそうな顔。


 誰にも気づかれなかった顔。


 そのまま、電車の接近音が遠くから響いた。


 ゴォォォォ……という低い振動。


 時間がない。


「下がって」


 黒髪の少女が一歩前に出る。


「いや、待て、何が起きて――」


「説明してる暇ない」


 刀が抜かれる。


 金属音はしない。


 代わりに、空気が裂ける音がした。


 黒い影が、少女へと伸びる。


 飲み込もうとするように。


 だが――


残響ざんきょう解放」


 一瞬。


 世界が白く反転した。


 影が“切られた”のではない。


 存在そのものが“区切られた”ように消えていく。


 黒い塊の中心にあった少女の顔が、崩れかけたままこちらを見ていた。


 口が動く。


 声にならない声。


 ――みつけて


 その瞬間、電車がホームに滑り込んだ。


 風圧。


 光。


 そして、静寂。


 すべてが戻ったとき、そこにはもう何もなかった。


 少女も。

 影も。

 異常な気配も。


 ただ、いつもの駅があるだけだった。


 レンは膝に手をついた。


「……今の、何だよ」


「仕事」


 黒髪の少女は刀をしまいながら言った。


「君、見えてたでしょ」


「見えてたって……何を」


 少女は少しだけ振り返る。


 その目は、さっきよりもはっきりとレンを見ていた。


「死者の未練」


 沈黙。


 電車のドアが閉まる音だけが響く。


 少女は、軽く肩をすくめた。


「で、もう一回聞くけど」


「バイト、やる?」


 レンは答えられなかった。


 ただ一つだけ分かったことがある。


 さっき見たものは、見間違いなんかじゃない。


 そして――


 もう元の生活には戻れない。

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