第2-09節 漁師からの謎解きの依頼
同じ1日の午後3時、イブが自席で自前の魔法瓶から麦茶をすすっていると、今度は、深井町漁協の理事長をしている加山亀吉が研究所を訪ねて来た。
年齢の割には長身で、背筋を真っすぐ伸ばして歩いてくる。
亀吉は、イブと同期採用、教育委員会配属の鯛双の祖父だ。
「解決イブさんは、こちらですかの?」
丁寧に頭を下げて聞いた。
1月の町長選挙で町長派の中心人物だった人だから、庁舎内で会えば職員の誰もがお辞儀をする。
所長と係長にイブと、3人揃ってカウンターに出てきて頭を下げた。
「わざわざご来庁頂かなくても、お電話頂ければ、お宅まで伺いますが?」
所長は平身低頭だ。
「いやいや、頼み事があって来たんじゃから、そんな丁寧な対応をせんでもよろしい」
「恐縮です」
腰を引いて、所長が奥へ案内した。
隣りの係員が席を立って、湯沸かし場にお茶を入れに行く。
「まあ、すぐ失礼するからの、なんもせんでくれや」
と言いながら、所長席の隣りの椅子に腰を下ろす。
取り囲んで座る3人。
「お話しとは?」
所長が自席に腰を下ろしてから、おもむろに聞いた。
膝の上のノートパソコンのキーボードに指を下ろすイブ。
「年度頭のお忙しい時期に、申し訳ない。
何人かの漁師から言われた話じゃ。
荒崎の磯で、サザエを採る者がおるらしい。
タマやカニなら、誰も気にせん。
しかし、サザエとなると、話は違う」
うなずく3人。
サザエやトコブシなどは漁業権の対象で、元々、稚貝を放流して大きくしているものだ。
完全な天然物ではない。
「コレイユの丘に遊びに来て、ついでに浜や磯で遊んで帰る家族もおる。
遊んだついでに、カニや貝を採る子もおるじゃろ。そこまではええ。
じゃが、サザエとなると、見過ごすわけにはいかん」
係長が口を挟んだ。
「どの辺で被害があるんですか?」
出されたお茶に頭を下げると、一口すすってから言った。
「それが、広いんじゃ。
深井はほとんど周りが海じゃから、採ろうと思えばどこででも採れる。
しかも、見つからんように工夫しとるのか、朝早くうまくやっとるんじゃ。
漁師の船が出払った後、朝ご飯前までの、ちょうど人気がなくなる時間帯じゃな」
イブの手が止まる。
「文字通り、サザエを採るのは朝飯前と?」
笑ってうなずく理事長。
「根こそぎ採ってくわけじゃないが、黙認はできん。
隣りの市長だって、以前捕まって怒られたこと、あったじゃろ?」
現職市長が浜でバーベキューのついでにサザエを採ってお縄になり、新聞紙上を賑わしたことがあった。
些細なことのように思えても、犯罪は犯罪なのだ。
「姿を見た人はいるんですか?」
係長が聞いた。
「そうそう。
栗谷浜の漁港にいた者が偶然見つけて怒鳴ったら、一目散で『こうもり穴』の崖を上がって行ったと。
後ろ姿は子供のようじゃったと。
そっから先は、わからん。
謎じゃ」
栗谷浜というのは、荒崎から南東の長浜海岸に行く途中の浜だ。
こうもり穴の崖の上には、昔、仙人と呼ばれた元海軍大将の井手之上老人が住んでいた家があったけれど、その家は何年も前に壊されてなくなっていた。
パソコンの上で指を組むイブ。
「畑の話と共通点がありますね?」
首を左に曲げる理事長に所長が説明した。
「畑の作物が盗まれるって、農協の亀本さんが、さきほど相談に来られたんです」
理事長が、もう一度首を左に曲げた。
「同じ者の仕業かの?」
今度は首を上下に振る3人。
「恐らく。
でも、今は、全く思い当たることがないんです」
イブが右手を顔の前でヒラヒラさせると、他の2人もつられてヒラヒラした。
うなずく老人。
「とりあえず了解しました。
何か新しいことがわかったら、理事長にご連絡すればいいですか?」
イブが聞くと、理事長が下を向いて咳払いをした。
「いや、わしでもいいが、役場に鯛双がおるじゃろ。
鯛双に話してくれれば、わしにも伝わる」
顔を見合わせる3人。
鯛双はこの老人の孫だけれど、歩夢と同じように、昨年の秋の大騒動に巻き込まれてこの老人から勘当を言い渡され、家から放り出されてしまっていたのだった。
「じゃあ、よろしくお願いしますよ」
理事長は、明るい声でそう言うと、背筋を伸ばして足取り軽く帰って行った。
残された3人が、暗い顔でお互いを見つめている。(つづく)




