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第2-10節 組合費、払えないかも?

 4月2日、1階食堂に昼食を食べに行っていた歩夢が12時半に早々(はやばや)と自席に戻ってきた。

 隣りの机で、サンドイッチの包みを片付けている貴子ちゃんと世間話になった。

 係長と主任は、組合が用意している職員用休憩室で休んでいるらしい。

 歩夢が机の中から最新の組合ニュースを取り出すと、そのB4両面刷りのチラシを貴子ちゃんに渡した。

「きみの前で言うのは気が引けるけど、蝶々の考え方に、ぼくは少し疑問を持ってる」

 歩夢は、昨年の採用以来、職員組合の職場委員になっていた。

 毎年、採用された職員はそのまま職員組合に加入することが多く、加入すれば、新人がその職場の連絡係、つまり職場委員になるのが慣例だった。

 一度職場委員になると、次の新人が入ってくるまで、その役割を続けることになる。

 歩夢は、組合で学んだことを素地にして、今回のまとまった会計年度任用職員の採用について私見を語った。

 水筒に入ったコーヒーを飲みながら、耳を傾ける貴子ちゃん。

「正規職員の欠員が出た6つの係じゃその補充要員になるわけだけど、欠員の出なかった職場は純粋に増員になる。これはこれで、ありがたいことさ。

 少子高齢化で人口が減少しつつあるのに、なぜか役場の仕事量は増えていて、職場内での人手不足が常態化しているわけだからね。

 ぼくたち組合は職員増を要求したけど、総務省からの指導が怖くて、人事を所管する総務管理課も簡単にはうんと言えない。

 人件費を規定以上に増やせば、その分、地方交付税交付金が減額されてしまう。

 そこで彼らが考えた苦肉の策が、『欠員補充は会計年度任用職員で行う』という作戦だったのさ。

 だから、会計年度さんといっても、やってもらうことは正規職員とほぼ変わらない」

 うなずく貴子ちゃんに、申し訳なさそうに目を伏せる。

「例えば、役場の正規職員は、平均年齢43歳で平均給与は月額348,000円。

 それが、会計年度さんなら年齢にかかわらず月額204,000円だ。

 これには、最低賃金の7.5時間分に、夏と冬の賞与、1.3か月分の12分の1を含んでる」

「えっ? ボーナスが出るんですか?」

 目を見張る貴子ちゃん。

「募集要項に書いてあったでしょ?」

 確かに書いてあった。でも、民間の小さな会社だと、書いてあっても実際は出ないことがあることも知っていた。

「人件費だけみれば、正規職員1人分の給与で会計年度さんを1.7人雇える計算さ。

 役場の正規職員に応募してくる人達と会計年度さんに応募してくる人達の間に、能力上の違いがあるわけじゃない。逆に、たまに、すごい高学歴の人がいたりする。

 経験者採用の名のもとに、正規職員でも59歳まで応募可能になっているからね。

 確かに、年齢によって職務上の事務処理能力に差が出るわけはないし、逆に高年齢の人ほど経験と知識が豊富で、即戦力になるという利点もある。

 実際に、税務町民課の徴収係は、今回の会計年度さん募集について、座間(ざま)市役所を見習って、徴収事務経験者枠で65歳以上の人でも応募可能にしたくらいだ」

「まあ、すごいですね!」

 貴子ちゃんの頬がゆるむ。

「政府が推奨している『生涯現役』というスローガンは国民の立場からしても間違ってないし、個々人の人生目標として健康で生涯現役というのは素晴らしいことだよね。

 ぼくは、このこと自体には反対しない」

 うなずいてコーヒーをすする貴子ちゃん。

 会計年度任用職員という制度はそれまでの非常勤職員・臨時職員という枠組みを改めて、2020年から運用が開始されたものだった。

 従前の制度に比べて、①社会保険加入、②賞与支給、③休暇の充実、④時間外勤務がないことなど、役場で働く人達の環境改善に寄与している。

 けれども、そのことによって、逆に正規職員の採用抑制という流れが強まっているのも事実だった。

「でも、その一方で、職員の非正規化に拍車がかかってる。

 正規職員と会計年度さんの職務上の身分の差は歴然としていて、量的には7~8割同じ仕事ができるとはいいながら、コンピュータシステム上のセキュリティ・レベルの違いや、責任の違いが当然あるから、質的には差が出ざるをえない。

 だから、職場に会計年度さんという非正規職員が増えることは、結果的に正規職員の負担増に繋がってるんだ。

 個々の正規職員は身にしみて感じていることだけれど、全国1,700余の自治体に起きている大きなこの流れを止めるほどの動きにはなっていないのさ」

 全国の自治体の組合加入率、いわゆる組織率も、年々下がってきていた。

 昭和の時代に盛んだったストライキを、今でもできる職場なんて、もうない。

 組合としては疑問を感じているものの、問題ない仕事ぶりなら事実上何年でも更新・継続雇用できるため、採用者側と被用者側双方にとってウィン・ウィンのようにも見える。

「でも、長期的な視点から見れば、役場という行政組織の正規職員の中に、本来蓄積されるべき知識と経験が蓄積されなくなっていくという危険をはらんでいるんだ。

 たとえば、新採や職場へ異動してきた正規職員の教育担当が非正規の会計年度さんだったり、過去の事例を確認するときに役職者が会計年度さんに質問するということが起きてる。

 正規職員は3年から5年で異動でいなくなるけど、会計年度さんは職場に長くいることがあるからね。

 このことは、政府がすすめる自治体業務の外部化・委託化と相まって、自治体の基礎体力、自治力を弱めるというマイナスの相乗効果をもたらしているんじゃないか、ぼくはそう心配している」

 いつのまにか休憩から戻ってきていた係長が、歩夢の肩を叩いた。

「職場委員、ごくろうさま」

 頭をかく歩夢。

「会計年度さんも、組合に入ってもらっていいんですからね?」

 係長が笑って補足する。

 課長や主幹は管理職だから組合に入れないけれど、主幹でない係長は組合に加入できるのだ。

「でも、あたし、組合費、払えないかも?」

 眉を寄せる貴子ちゃん。

「いいんだよ、無理しなくて。

 別に組合員じゃないからって、何も不利益はないからね」

「よかった!」

 笑顔に戻ると、午後1時の始業チャイムが鳴った。(つづく)

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