第2-11節 性別だって自分で選べない
福祉係で仕事を始めた貴子ちゃんが改めて役場の中を見てみると、色々な障害をもった人が働いていることに気がついた。
車椅子で廊下を歩いている人がいる。でも、下肢装具を着けて歩いている人はいない。
手話通訳者として働いている人がいることも聞いた。
でも、明らかに視覚障害者と思える人には会わない。
役場の掃除を請け負っている会社の従業員の中には、軽度の知的障害のあるような人がいるけれど、一目見てダウン症とわかる人には会わない。
つまり、作業所や授産施設で働いてるような人達が、そのままここにいるわけじゃなさそうだった。
廊下で首を左に傾けたまま立ち尽くす貴子ちゃん。
4月14日の月曜日、たまたま自席でお昼を食べている隣りの歩夢に疑問をぶつけてみた。
歩夢は、コンビニで買ってきたロースカツ丼を美味しそうに食べていたけれど、最後の一箸を口に放り込むと、急いで飲み下してから顔を向けた。
「うーん、さすが北条さん。
同じ障害をもつ身として、見る視点が違いますね。
そう言われると、確かに、採用されている人は、特定の障害を持つ人に限られているかもしれない」
貴子ちゃんは、自分のお弁当の蓋を閉めながら、歩夢の言い方に首を曲げる。
その首の角度を見て、歩夢が追加説明。
「市町村役場も、障害者雇用促進法にもとづいて職員の2.5%、障害のある人を雇用する義務がある。
この割合は、これからも段階的に引き上げられることになっているんだ。
深井町役場の職員定数は100人だから、障害のある人を3人以上雇用する義務があることになる」
うなずく貴子ちゃん。
「でも、組合でいろいろな議論がされていることも事実さ。
たとえば、地方公務員法の第15条には、『任用の根本基準』として、『受験成績、人事評価その他の能力の実証に基づいて行わなければならない』と書かれている。
職員採用が能力主義なんだね。
地域住民が納める貴重な税金によって運営される組織だから、その職員は優秀でなければならないということだけれど、このこと自体は理解できる。
でも、そうすると、仕事量がラッパ形に増えている今、健常者を排除して障害のある人をあえて雇用することの社会的メリットは何なのか、よく考える必要があると思うんだ」
そう言いながら、プラスチックの丼をコンビニ袋に仕舞う歩夢。
左に曲がっていた首を戻す貴子ちゃん。
「それって、おかしくありませんか?
役場が能力主義。それはいいじゃないですか、当然ですよね。だって税金で運営してるんですから。
でも、障害者雇用促進法を大事に思うんだったら、障害者枠で障害者を会計年度任用職員だけに採用するんじゃなくて、一般職員として採用するべきじゃありませんか?」
あわててコンビニ袋を膝に抱えこむ歩夢に、貴子ちゃんの鼻息が続く。
「持っている能力で、平等に扱うべきじゃないんですか?
あたしは、子供の頃に、男子と一緒にサッカーで戦ってました。
違いなんてなかった。ゴールはゴールですよ。
それでいいじゃないんですか? できることで競争すれば。
できないことを比べようとするから、障害者を障害者枠でしか採用できないのよ。
考え方の前提が間違ってる」
白い顔をして腕を組む歩夢。
「言ってることはわかる」
追い詰める貴子ちゃん。
「なら、なんで、そうしないんですか?」
腰を引く歩夢。
「申し訳ない、ぼくは、今、ただの担当者なんだ。
何の権限もない」
歩夢の額に汗がにじむ。
「係長に言えばいいじゃない。
課長に言えばいいじゃないですか。
事務改善提案だ、って」
腕を組んで黙ったままの歩夢。
「あたしは、前から思ってた。
障害者という言葉と健常者という言葉、これがあるからいけないのよ。
この世の中に、障害者もいなければ、健常者もいない」
上目遣いに貴子ちゃんを見る歩夢。
「何を言ってるのか、わからない」
貴子ちゃんが胸を張る。
「今年初めて、外国人対応のために通訳者として採用された人がいました。
手話通訳と外国語通訳。どちらも意思疎通の介助者よ。
学習障害のある人やパニック障害のある人との意思疎通も大事。
でも、よく考えてみると、世の中には、閉所恐怖症の人もいれば、高所恐怖症の人もいる。
パソコンがちょっと苦手な人もいれば、暗算が得意でない人もいる。
綺麗に字を書けない人もいれば、人前でカラオケを歌うのに抵抗のある人もいる。
地下鉄の駅から地上に出た時に、どっちに行っていいかわからなくなる人もいる。
車を運転できる人もいるし、自転車に乗れない人もいる」
言われるがまま、ひとつひとつにうなずく歩夢。
「役場の地下2階から3階の屋上まで階段を上って避難できない人もいる。
高校生の100メートル競走のタイムは、男子は14秒台が普通で、女子は17秒台が平均。
でも、男子より速く走る女子もいれば、女子よりも遅い男子もいる。
だから、泥棒を追いかける警察官は男子がいい、とは限らない。
バイオリンの弦を押さえるのは女性の細い指の方が向いているかもしれないし、コントラバスの弦を押さえるのは男子の太い指が向いているかもしれない。
でも、男性のソプラノサックス吹きもいるし、女性のバリトンサックス奏者もいる」
歩夢が静かに目を閉じる。
食事から戻ってきたユリエ係長が自席に座り、貴子ちゃんの話に耳を傾けた。
「女性のダンプカー運転手もいるし、男性の保育士もいる。
男性の産婦人科医もいれば、女性の脳外科医もいる。
左利きの人は字を書く時は大変だけど、野球やサッカーでは有利になることがあるわ。
英語が話せる人もいれば、フランス語を話せない人もいる。
国連に加盟している国と地域は200あるけど、同じ言葉を話す民族の数は2,000、言語学者によれば世界中の言葉の数は6,000。
考古学の世界で有名なシュリーマンが10か国語から18か国語も話せたというと驚く人がいるけど、全体から見ればわずかなものよ。
話せない、できないことの数の方が圧倒的に多い」
「そうだね」
歩夢が頭を上下する。
「ひとりひとりみんな、できる事は選べても、できないことは選べない。
自分で選べない血液型はどうなの?
O型の人はコロナウィルスに罹りにくいし、罹っても重症になりにくいという研究もあった。
身長の高い低いも自分で選べない。
子供の頃は低かったのに、勝手に50センチ伸びちゃう人もいる。
そう、性別だって自分で選べない」(つづく)




