第2-41節 チャパリトくん、宣戦布告だ
翌週の8月9日の土曜日、午後6時。未来塾が暑気払いを開いた。
場所は、未来塾のいつものたまり場、牛目夫妻が経営する荒崎のスナック「夜空の星」だ。
Rロボット軍団との戦いの祝勝会を兼ねていたので、参加者が大勢になった。
1月の町長選挙以来の大人数だ。
今夜だけはカラオケをなしにして、その代わり、開け放した入り口の前に特設テントを立て、中にキャンプテーブルと椅子をたくさん並べた。
消防団のメンバーが、テントの回りに、お祭りの時の提灯ランタンを架設してくれる。
これまでスナックに来たこともない町内のおじさんやおばさんが、虫コナーズを腰にぶら下げて、団扇を持ってやってきた。
そんな多人数の小料理を用意なんかできないから、今夜は、参加者の持ち込みをアリにした。
「ポットラックパーティよ!」
愛子さんが叫ぶ。
大漁亭からケータリングを追加すると、女将さんがみずから軽自動車を運転して搬入に来た。
搬入した後は、自分も参加者の1人になるつもりだ。
「大漁亭は、臨時休業!」
「申し訳ない」
牛目マスターが頭を下げると、「今夜は、わたしも楽しむから!」とこぶしを握った。
漁港の先の海からは、時折りゆるやかな風が吹き寄せてくる。
7時手前の日没に向かってすこしづつ暮れなずむ西北西の空に、富士山の影が浮かぶ。
開会して少しすると、一様にお酒が回り、そこここに話の輪ができた。
そんな中、頬が少し上気したチャパリトが、テントの中で立ち上がった。
「今夜、みなさんにお聞かせしたい演奏があります」
一同が、隅っこに座っている慎司老人に目をやると、お猪口を置いて、顔の前で両手をひらひら振る。
「牛目さん、お願いします」
チャパリトが頭を下げると、店の奥から、愛子さんがヤマハのフォークギターを持って来た。
夫の誠さんが右目でウィンクする。
チャパリトが一礼。
ギターを受け取ると口を開いた。
「ありがとうございます。
この日のために、2人で練習しました。
拙いぼくの右手に付き合ってくれた貴子ちゃんに、大きな拍手をお願いします!」
湧き上がる拍手の中、隣りに座っていた貴子ちゃんが、はにかみながら席を立った。
ひょこっと頭を下げると、ギターを抱えたチャパリトの膝の上に腰を下ろす。
「セクハラじゃありませんよ!」
彼の言い訳に、割れんばかりの拍手と笑い。
2人がギターを構える。
「今夜、ここに集まった皆さんと、荒崎の崖の上の教会で世界の平和のために祈りを捧げているシスターとイザベラさん、井手之上大将の遺影。
グァテマラからやってきたお父さん、お母さんと子供たち。
そして、ここにいない全ての人に捧げます。
どうぞ聴いてください。
『見上げてごらん夜の星を』」
キーはG。ピックはミディアム。
2、3回、チャパリトがゆっくり頭を上下すると、オリジナルよりも少し遅いテンポ76で弾き始めた。
レー、シーシシーシドレーーー、ドシドードードドー、、、。
歌詞は、1番のAメロをチャパリトがテナーの声で歌い、2回目のAメロを貴子ちゃんのアルトが歌った。
Bm〔Bマイナー〕から始まるBメロを彼がたっぷり歌うと、最後のAメロは2人の二重唱になった。
貴子ちゃんがメロディを歌い、チャパリトが3度上を歌う。
ドアの外に立って聴いていた牛目誠が、左腕で妻の肩を抱きながら言った。
「今日から、お店のテーマソングにしよう」
小さくうなずいて、右の頬を夫の肩に載せる愛子。
店の中にいた一同も外に出て肩を組み、歌に合わせて右に左に、上半身を揺らす。
テントの中の椅子の参加者も、それに合わせて肩を揺らした。
3分間の演奏が終わると、スタンディングオベーション。
鳴り止まない拍手、歓声と指笛。
両手の拳を天に突き上げながら飛び跳ねる慎司さん。
ギターを右手に持って立ち上がったチャパリトが、左手で貴子ちゃんと握手した。
栄衛が自分のテーブルを離れると、2人に近寄り、10歳も年下の若者に静かな声で言った。
「チャパリトくん、宣戦布告だ」




