第2-04節 5時半に玄関、ね?
「ちょっとごめんね」
背の高い天然パーマの青年が、周囲の採用者をかき分けるようにして前に出ると、貴子の顔に真っ直ぐ指を突きつけて言った。
「き、きみ。キコちゃんだろ?」
言われた本人が両目を見開いてのけぞる。
本名のタカコではなく、子供の頃の愛称のキコで呼ぶのは、ごく限られた親しい友達か父親くらいのことで、背の高いこんな男なんて会ったこともない。
唾を飲み込んだ青年が笑いながら言った。
「ぼくだよ、アーロン。
じゃなかった、チャパリトだよ。チャパリト!」
両手が貴子ちゃんの両肩を揺すると頭も一緒にグラグラ揺れたけれど、次の瞬間、笑顔が弾けた。
「チャパリト!
会いたかった!」
胸に飛び込んで顔をうずめ、左腕で背中を抱きしめる。
青年も左腕で貴子ちゃんの上半身を抱きしめると、右手でゆっくり頭を撫でた。
「でも、こんなに背が高くなって。
チャパリト〔チビ〕じゃ、なくなっちゃったじゃん?」
抱かれたまま顔を上げる貴子。
小学校の高学年では、男子が女子より背が低いことが多いけれど、その中でもチャパリトは特に小柄だったのだ。
「チャパリト」は、スペイン語の方言でチビの意味だ。
「そうなんだ。
中学校から高校で50センチ以上伸びちゃってさ。
でも、仲間からは、今でもチャパリトって呼ばれてるんだよ」
見下ろす笑顔の歯が白い。
会議室の真ん中で抱き合っている2人を囲んで、呆気にとられたまま眺める採用者たち。
人垣の後ろから咳払いがした。
「そろそろ、辞令書交付式の予行練習に戻っても、よろしいでしょうか?」
氷のように冷たい声だ。
「ごめんなさーい!」
体を離した2人が、腰を90度曲げて頭を下げると、会議室に笑い声があふれた。
頭を上げながら貴子ちゃんが隣りにささやく。
「5時半に玄関、ね?」
黙ってうなずくチャパリト。(つづく)




