第2-35節 巨大街宣車軍団に囲まれた!
明日が終業式という7月17日木曜日の午後、下校途中の1、2年生が遠くから聞こえている異様な音楽に振り返った。
桜の木々に囲まれた長い坂を、ゆっくり上がってくるのは真っ黒い街宣車の車列だ。
先頭の大型トレーラーが鳴らす音は軍歌「荒鷲の歌」。思わず右手を斜め上下に振りたくなる2拍子だ。
その後ろに続く車列が、それぞれに異なる音楽を周囲にまき散らすから、騒々しいことこの上ない。
軍歌「昭和維新の歌」もあれば、単に進軍ラッパを吹き鳴らすだけの車もある。演歌を流す車もある。
制限速度40キロの直線の坂道を、わざと半分の20キロでゆっくりと上がってくるのだ。
表道路から左折して坂に向かってくるけれど、1台曲がるとまた1台と、いつまでも黒い街宣車が続く。
「なんなのよ~!」
道の両脇の家々の窓が開き、中から顔を出した奥様たちが、ひっくり返る。
今回の街宣車の車列は、これまでのワンボックス車タイプとは大違いで、車高3.8メートルの大型バスやトレーラータイプのアドトラックが主体だ。
車上スピーカーからの大音量はもちろん、トレーラーの荷台壁面全体が液晶画面になっていて、そこに富士山を背景にした主義主張を大々的に動画表示している。
軍歌の歌詞も表示されているけれど、「昭和維新の歌」に出て来る歌詞が難しく読めない。
「泪羅、なみだら?」
「泪羅」というのは、中国の古の詩人屈原が国を憂いて投身自殺した川だけれど、そうしたことは、漢文や世界史の授業の成績が良くないと知るよしもない。
「巫山は、ふざん、って読むのね?」
「巫山」は中国重慶市の東にある揚子江の景勝地で、「雲雨巫山」という、ある王が夢の中で神女と出会い契りを結んだというロマンチックな伝説がある。
「人情を大事にしているという趣旨なのね?」
窓に顔を出しながらスマホでAI検索している奥様の前を、次々と黒い車列が過ぎていく。
その何台もの大型車が、ついに役場の周囲を取り囲んだ。
ネズミ1匹通さないという構えだ。
まるで、アメリカの西部開拓時代、小さな砦を取り囲むネイティブ・アメリカンの騎馬兵軍団。
町長室は2階で道路に面しているから、大型街宣車の荷台の中からスルスルと立ち上がってきた大型スピーカーが真正面になり、それが叫ぶと窓ガラスが枠ごと振動した。
道路の反対側、グランドをはさんだ小学校でも巨大な騒音のために授業にならず、役場側の3階までの窓が全部開いて、先生と子供達が顔を出して観戦している。
役場では緊急の庁内放送が入り、町役場防衛隊が町長室に非常呼集された。
「町役場防衛隊の隊員は、至急町長室に参集してください!
BCP〔Business Continuity Plan:事業継続計画〕レベル4が発令されました!
指定された職員は、全ての入り口を閉じ、必要な物品により守りを固めてください!
庁内の住民の方は、その場で安全な体勢をとってください。庁舎外に出ることはできません!
これは訓練ではありません! 繰り返します、、、」
もちろんBGMはコンバットマーチだ。
町長室に町役場防衛隊が参集した。
イブ隊長以下、チャパリト、貴子ちゃん、鯛双。
それに、副町長以下全9課の課長とそれぞれの筆頭係長。
皆、ウルトラマリンブルーの防災服を着て、頭に「深井町」と書かれた白い鉢巻きをしている。
議会からは万汰議員が来た。
一同を前に蝶々が口を開いた。
「街宣車軍団に囲まれてしまった。
ここまでの事態が起きるとは、想定しておらんかった。
イブくん、どうする?」
悲しげな顔で隊長を見上げる蝶々。
「BCPレベル4でも、想定外の事象ですね。
マニュアルにない、、、」
そう言って、2、3度、ショートボブの前髪を引っ張る。
と、左の手のひらを右手の拳で叩いた。
「そうだ! 騎兵隊を呼びましょう!」
「騎兵隊じゃと?」
首を左に曲げる蝶々。
「砦が敵に囲まれたら、騎兵隊の応援に決まってるじゃないですか!
西部劇ですよ!」
「アラモの砦か?」と蝶々。
のけぞるイブ。
「それは敗けた戦いです!」
「じゃあ、長篠城の戦かの?」
イブが大きくうなずいて、両手でゲンコツを握る。
「援軍は、牛目さんと消防団、それと未来塾ですよ!」
「おー! それは心強いの!
しかし、牛目さんは来てくれるのか?
選挙で、かなりやり合ったからの、、、」
蝶々の左肩をわしづかみするイブ。
「大丈夫です。
彼の深井愛は、とっても深いですから!」
「よし、わかった。ありがとう。
イブくん、まかせた!」
にっこり笑ったイブが部屋の隅に移動して、さっそくスマホで連絡する。
便利な時代になった。決死の伝令を送る必要がない。
窓の外では大音響が続いていた。
「オレが引率責任者の、永だ」
スピーカーがそう言うと、アドトラックの側面いっぱいに大きな顔が現れた。
縦2メートルの顔に、黒い医療用高機能マスクをしている。
画面の左下に1/25の数字。
黒い鉢巻の真ん中には金色に輝くブリキの星が1つ縫いつけられていた。
眉毛が異様に太いけれど、そのほかの顔つきは全くわからない。
ただ、太い眉根が跳ね上がっているため、怒っているらしいことはわかった。
襟元が少し見えるけれど、やはり黒いボディスーツを着ているようだ。
「本日、ここに、全国から集まってくれた仲間たちを紹介する!」
軍歌「海行かば」が重たく流れる中、液晶画面が左にスライドし、次の男の顔が現れた。
「北海道旭川市から来た、美衣!」
顔の横に握ったゲンコツがある。
同じマスクをして、星のない鉢巻に異様に太い眉。画面の左下に、2/25。
版画のエディションナンバー〔刷り番号〕か?
つばを飲む蝶々室の一同。
画面がまた左にスライド。
「青森県五所川原市から来た、椎!」
発音に少し訛りがある。エントリーナンバーは、3/25。
よく見ると眉を太く見せるために、黒マジックで描き足しているのがわかる。
確認するために顔を近づけ、眼鏡をずり上げる蝶々。
どうも平均年齢が高そうだ。
最近の地方の若者は、こうしたボランティア活動には興味が薄いのかもしれない。
画面がさらに左にスライドすると、ナンバーが4/25。
「秋田県秋田市、いぶりがっこの、出井!
最近熊が出て困っとる!」
「ええっ?」とイブ。
彼が手を振りながら左にずれると、また次の顔が現れる。
「岩手県盛岡市の」と言ったところで貴子ちゃんが切れた。
「E〔井伊〕でしょ? わかったわよ!
合コンじゃないんだから、自己紹介は終わりにして!
アルファベットの26番まで聞いてるほど、こっちはヒマじゃないの!
言いたいことがあるなら、さっさと言いなさい!」
肩で息をしている貴子ちゃんを振り返る室内の一同。
アドトラックの液晶画面のおじさんが寂しそうな顔をした。
両方の眉根が下がっている。
忙しい農作業の合い間、やっと時間を作り、はるばる神奈川県の三浦半島まで600キロ、東北自動車道を飛ばしてやって来たのだ。
名前くらい言わせてくれもいいんじゃないのか?
「よし、そこまで言うなら、さっそく始めよう!」
最初に出た永が再び画面に現れた。
「びっくりして、小便チビるなよ?
これから要請文を読み上げるから、町長以下役場の者は耳の穴をかっぽじって、よく聞け!」
うなずく蝶々。
永は、農協と漁協、蝶々と議長宛に送りつけた脅迫状に書かれていたことを、そのまま読み上げた。
つまり、脅迫状を送りつけたのが自分たちであることを、意図せずに告白したことになる。
「なんだ、そういうことか」
蝶々以下、全員が大きくうなずいた。




