第2-33節 Mから宣戦布告!
6月20日の金曜日、午前10時、総務管理課の蝶々担当秘書の電話が鳴った。
交換手からだ。
「蝶々あて、県から電話です」
手短に言うと、さっさと切り替えた。
「あー、オレだけど、町長、いる?」
聞き覚えのある声だけれど、シラっとして聞き直す。
「どちらのオレ様でしょうか?」
「オレだよオレ、県議会のM!
声ぐらい、覚えておけよ! まったく」
引き続き丁寧に対応する。
「オレオレ詐欺が少なくありませんので、念のため確認させていただきました。
今、蝶々に代わりますので、少しお待ちください」
「ヒトを詐欺師扱いしやがって!」
(そう違わないんじゃない?)
声に出しそうになりながら、町長室に回す。
「県会のM議員からお電話です。
お繋ぎします」
丁寧に言ったけれど、電話の向こうから舌打ちする音が聞こえた。
町長室で、左手の受話器を握り直す原。
「お早うございます。原です。
わざわざお電話を頂き、ありがとうございます」
そう言いながら、A4版のメモ用紙の上にボールペンを構える。
「お早う。朝から失礼する。
実は、御町での不法就労者のことなんだ」
Mは、外国人労働者の増加に関する否定的な状況について、延々と語った。
「そもそも自国民ファーストに決まってるじゃないか。
自国民ファーストじゃない国なんて、この世にない。
第三国がわが国の土地を買い占めることなんか許せないし、防衛上も極めて問題だ。
来日して、納税の義務も果たさずに美味しいところだけ持っていくなど、腹立たしいこと極まりない。
いろんな会社の社長から聞いた。
人手が足りないから仕方なく雇ったことがあるが、結局住民税も国民健康保険料も払わないから給料の差し押さえになる。その毎月の取り立て金の計算と役所への振り込みが手間だ。
あげくの果ては、税金を滞納したまま帰国してしまう。
出国すれば、すべての義務を放棄できるなんて、おかしいと思わないか?
遵法精神と公序良俗に反するよなぁ?」
Mが語るように、一部の外国人に種々問題があることは事実だ。
「議員ご指摘のとおりです」
原もうなずきながらメモをする。
「稼ぐだけ稼ぎ、本国の家族に送金して、日本では税金を払わない、そんな輩が実に多い。
そのくせ、権利はきっちり主張する。
税金を滞納してるくせに公営住宅に入れろ? 児童手当を増やせ? バカ言ってんじゃねぇ!
義務を果たしてから権利を主張しろってんだ。
ゴミもちゃんと分別して出せ。
マンションのベランダでバーベキューをするな。夜中に騒ぐな。
町内会にも入れ。ゴミステーションの掃除も分担しろ。
電車のシルバーシートに座るな。強すぎる香水もやめろ。
スーツケースは1人1個にしろ。車中、迷惑で仕方がない。
日本語がわからないことを言い訳にするな。少しは日本語を勉強してから来い。
美しい日本の伝統とルールに従えないなら日本に来るな、オレはそう言いたい」
確かに、Mの主張の中にも、一部、理はある。
原の右手のボールペンが、メモ用紙の下半分に移動した。
しかし、多くは新聞やテレビで報道されている一般的なことであり、目新しい事実はない。
それに、深井に限った不都合な事実が、ない。
2枚目のメモ用紙に入ると、Mが一息ついたところで、原が質問をした。
「ありがとうございました。
ご指摘のもろもろの件は、よく理解しております。
で、議員が冒頭おっしゃられた深井に関わる問題は、何か、ございますか?」
いきなりボルテージが上がった。
瞬間湯沸器か?
「何、呑気なこと言ってるんだ!
お前が雇った外国人のことじゃないか。
日本人の前途有為な若者を採用せず、どこの馬の骨とも知れない外国人を採用したりするから、失業する日本人青年が出てくる。
若者が、仕事がないから結婚できない。
結婚できないから子供も産まれず、合計特殊出生率が下がるばかりだ。
人口を維持するためには2.07なきゃいけないのに、それが去年は1.15だぞ!
自分たちがいったい何をしてるのか、わかってるのか?」
受話器を耳から30センチ離しても聞こえる怒鳴り声だ。
総務管理課長が心配して、町長室の入口に顔をのぞかせた。
右手をひらひらさせて追い払う蝶々。
「当町に関して申しますれば、議員がおっしゃられるような外国人の不法就労問題は起きておりませんし、JICAがあった頃、もう何十年も前からですが、外国人研修生や外国人就労者とは、極めて良好な関係を築いてまいりました」
電話の向こうで机を叩く音がした。
「なにをしらばっくれているんだ!
深井漁協の研修生が脱走しただろう?
町の中に不法滞在者がいるってことじゃないか!
不法滞在者は、不法就労するに決まってるじゃないか。
何も考えとらんな?
脳味噌、あんのか?」
背中を伸ばす原。
「新聞には報道されておりませんでしたが、議員、よくご存知ですね?
恐れ入りました」
電話口で頭を下げる。
「町長がそんなことだから、漁協も農協も全くだらしがないんだ。
そんなことじゃ、日本の将来は真っ暗だ。
住民基本台帳を管理している基礎的自治体の市町村が、外国人問題にもっと毅然と対処してくれないといかんじゃないか。
不法滞在者、不法就労者、いずれも許されない。
それに」
Mが電話の向こうで、ひと息吸った。
「いいか、町役場が不法滞在者を匿ってるというタレコミ情報もあるぞ。
漁業権侵害の件を聞きつけて、県警も具体的に動いている。
だから、親心から、警告しておく。
この際、町長も心を入れ替えて、外国人問題に厳しく対処してもらわんと」
原がMの話を遮った。
「議員、ご指導、ありがとうございます。
しかし、わたくしどもが気にかけておりますのは、ひとりひとりの住民の命と生活であります。
ちょうど、本日は、国連が定めた『世界難民の日』です。
世界には、紛争や迫害によって、不幸にも自国を去らざるをえなかった難民が1億2,000万人、ちょうど日本の総人口に匹敵するほどの数の方がいます。
日本も、この難民決議に賛成しました。
難民の方々の現状を知り、共感と理解を深めることによって、誰ひとり取り残さない社会をつくる、それが趣旨であります。
そして、それは、われわれ日本人自身のためでもあるのです」
電話の向こうが怒鳴る。
「町長、そんなことは、あんたから言われなくてもわかってる。
ヒトをバカにしてるのか?
いずれにしても、今後の対応如何によっては、役場に県警が踏み込むことになるぞ。
いいか?
しかと、言ったからな!」
蝶々からの返事を待たずに、一方的に切った。
「課長ー!」
受話器を置いた蝶々が叫ぶと、総務管理課長と係長、それに担当秘書の3人が、団子になって駆け込んでくる。
「Mの奴から宣戦布告だ。
また街宣車が来るぞ。
全職員に臨戦態勢をとるように指示せよ。
屋上にZ旗を揚げろ!」
唾を飲む課長。
「具体的に、どうすれば?」
一瞬の間が空く。
腕を組み直す蝶々。
「そうだの、警備員は24時間態勢、3交代に。
熊本さんの耳にも入れること。
熊本さんから、逆に、県警の動きをリークしてもらえると好都合じゃな?
プロジェクトチームを深井町防衛隊に格上げかの?
役場の全ての出入口に、暴漢対策用のサスマタと熊撃退用のカラシスプレーを配置する。
明日から、お昼休みのBGMはコンバットマーチじゃ。ほれ、甲子園でやってる、あれ」
顔を見合わせる課長と係長。
「いいから、急いでくれ。
それと、この後、自治研の所長とイブくん、チャパリトくんを呼んでくれ。
作戦を練らんといかんからの」
3人がそろってげんこつを握ると、それぞれの仕事に取りかかった。




