第2-31節 ひとりも、のけ者にはしないぞ
「世界から戦争がなくなり平和になるためには、子供達が国際性を身に付け、見識ある自立した人間、井手之上大将はジェントルマンとレディと言っていましたが、そういう人に育つ必要があると考えたからじゃありませんか。
そして、皆さんのお爺さんやお婆さんは、直接、井手之上大将から英語と国際性を学んだ。
その子供や孫である私たちが、国際性のない人間であっていいわけ、ないじゃありませんか!」
原が珍しく声を張り上げた。
議場を睨み返す原の視線に目を合わせられる者がいない。
「思い出してください。
昭和49年〔1974年〕から平成11年〔1999年〕まで25年間にわたって、深井漁港の脇にJICAの水産研修センターがあり、100を超える世界の国々から研修生が来て、ここ深井町で最先端の漁業を学んだんじゃありませんか。
皆さんだって、研修生と一緒に学校の給食を食べ、運動会に来てもらって交流したじゃありませんか!」
言い終わると肩で息をしている。
多くの議員は下を向いたままだ。
「近年とみに増加している地域の国際化という諸課題に役場として立ち向かうため、今回、初めてになりますが、会計年度任用職員として、彼を観光産業課に採用した次第です。
確かに、国籍はペルーで、肌の色も違う。頭の毛も縮れている。
でも、チャパリトくんは、生まれも育ちも日本なんです。
漢字検定は、1級。
ここは漁師町ですから、秋刀魚だけでなく、鰤や帯魚など色々な魚の漢字を書ける方は多いでしょう。
しかし、カナリア〔時辰雀〕を漢字で書ける方はいますか?
アルパカ〔羊駱駝〕やサルビア〔来路花〕を書ける方は、いますか!」
寂として声なし。
「彼は、書けるんです。
歴代天皇の名前を言える方も、ここにはいるでしょう。
でも、歴代総理大臣の名前を間違いなく言える方は、いますか?」
下を向く議席の諸兄。
「なにも恥入ることはありません。
私も言えませんし、コロコロ変わる総理大臣の名前なんか、後まで覚えている必要なんかありませんから。
でも、彼は、言えるんです。
だから、どうか。どうか、彼を認めてあげて下さい」
原が、初めて腰を90度に曲げた。
「議員皆様のご理解をいただけますと、幸いです」
深くうなずく理事者席一同。
「議長!」
しかし、虎雄議員のボルテージは下がらなかった。
立ち上がり、机上の資料を鷲づかみにし、それを原に向けて振り回す。
「いいですか?
例えば、わかりやすいから、全国1小さな自治体、東京都の青ヶ島村を例にとりましょう。
本土東京の南358キロメートル、直近の八丈島からさえも68キロも先の洋上、伊豆諸島最南端に位置する、人口161人の小さな村です。
絶海の孤島。
水も電気も来ないから、村役場の職員が自分で作っている。
人口が少ないから村役場の職員も少ない。全部で21人しかいない。
じゃあ、この村役場の職員の半数が外国籍職員になったら、どうなると思いますか?
村会議員も6人しかいない。
外国人が意図的に大挙転入して住民票を移し、その中から議員が4人出れば、合法的に、この村と島を乗っ取ることができる。
だ、か、ら!」
ここで虎雄はボリュームのつまみを右いっぱいに回した。
「わたしたち民自党は、外国籍住民の被選挙権についても、反対しているんです!」
右手の拳で机を叩いた。
「町職員の外国人採用は、同じ過ちを犯す危険につながるんだ。
それが、わからないのか、町長!」
ふたたび議場の各所から不規則発言が飛び交った。
「退職させろ!」
「町を売るのか!」
「町長、不見識!」
すると、今度は傍聴席からも叫び声が届いた。
見れば、横1列に並んだ傍聴人は未来塾のメンバーで、それぞれが右手にメモ用紙を持っている。
そのメモを見ながら、傍聴席の向かって左側から、1人ずつが順番に叫んでいる。
「蝶々は正しい!」
「外国人だって町民だ!」
「税金はちゃんと払ってるぞ!」
議長が眼鏡をずり上げて叫んだ。
「議場の守衛は、傍聴席の左から3人を退場させてください!
静粛に!」
傍聴席の左側出入口から制服を着た2人の守衛が現れると、左端からまとめて3人をつまみ出した。
「議長!」
原が立ち上がる。
「わたしは、外国籍住民の非選挙権のことは何も言っておりませんし、それを決めることは町の権限ではありません」
「バカヤロー、そんなことはわかってる!」
「町の将来を心配してるんだ!」
議場内の不規則発言が止まらない。
すると、また傍聴席からの叫び。
「蝶々は悪くなーい!
関係ないことを言うなー!」
今度は、傍聴席右端の栄衛が叫んでいる。
「『自分たちの未来は自分たちで作る』、これが深井の自治じゃないか!
『自分たち』の中には、障害者も外国籍住民も入るんだ!
ひとりも、のけ者にはしないぞ!
バカヤローは、お前たちだ!」
「ご静粛に!」
血圧150アップの議長が咳き込みながら右手で傍聴席を指差すと、右の出入口から守衛が出てきて栄衛をつまみだす。
虎雄議員、町長、議席の議員、傍聴席の未来塾メンバーと、360度からの叫び声で議場は蜂の巣をつついたようになってしまった。
「ご静粛に! ご静粛に!」
議長がいくら木槌を叩いても、いっこうに静かにならない。
「暫時休憩とします!
傍聴席は、全員退場!」
真っ赤なカードを胸ポケットから取り出して掲げた議長が、やけになって叫んだ。
結局、この日は虎雄議員の質問途中で質疑を中断することになってしまった。




