第2-30節 窮地にたつ蝶々
6月9日、月曜日、午前10時。庁舎3階の議場。
町議会第2回定例会における各党会派からの代表質問が行われている。
最初は、民自党の亀本虎雄議員による質問だ。
この代表質問に限らず、議会の様子はリアルタイムでネット配信され、公開されているので、質問はどうしても政治的アピールを意識したものになりやすい。
議場真ん中に置かれた質問者用の立ち机の上には、たくさんの資料が積み上げられていた。
理事者席で、生唾を飲んでから眼鏡をずりあげる町長。
背中を伸ばし、咳払いをひとつすると、虎雄議員が静かに話しはじめた。
「議長、並びに各議員の皆様。そして、理事者席の皆様。
民自党を代表しまして、わたくし亀本虎雄から、いくつか町長に質問をさせていただきます」
そう言うと、カメラに視線を向けて小さく微笑んだ。
「まず1問目。役場の職員体制についてです。
町長は、今年、町始まって以来初めて、外国人の職員を採用しました。
その真意は、いかなるものなのでしょうか?」
とても丁寧な言い方をしたが、目つきが優しくない。
言い終わると立ち机の脇の椅子に腰を下ろし、両腕と両足を組んだ。
「議長!」
左隣りに座る総務管理課長が耳打ちしたあと、うなずいた原が手を挙げた。
「町長」
議長に促されると、原がゆっくり立ち上がる。
「本年採用しました外国人は、非正規の会計年度任用職員でありまして、正規職員ではありません」
一言そう言うと、着席した。
議場のあちこちからため息が漏れる。
総務管理課長が蝶々にメモを渡すと、さっと目を通してうなずいた。
すくっと立ち上がる虎雄議員。
「そんなことはわかってます!
わたしが聞いているのは、なぜ、採用したのかということです!」
「町長!」
議長が少し大きな声を出した。
再び立ち上がる原。
「全国で1番最初に外国人の正規職員を採用したのは本県、神奈川県と言われておりまして、それは平成6年〔1994年〕。もう30年以上も前のことです。
わたしは、明確な時期は忘れましたが、その頃、逗子市役所に採用された韓国籍の男性の職員と直接会い、市役所で話をしたことがあります。
もちろん日本語は上手ですし、好青年で、職務遂行上何の問題も感じられませんでした」
自席で腕を組んだままの虎雄議員。
一息吸ってから続ける原。
「当時の自治省が、今は総務省ですが、言っていたことは、『権力行政分野』、たとえば税金の賦課徴収などがそのひとつですが、そうした特定の一部分野には、日本国籍のない方を配置するのは好ましくないと、そういうことでした。
これは、一定理解できる。
しかし、そうでない、一般的な市民サービスの分野におきましては、全く問題ありません。
いえ、それどころか、昔からそうですが、外国人の方にとって、母国語とまでは言いませんが、少なくとも英語なりで対応できる職員が窓口にいるということは、とてもフレンドリーで、安心できることではないでしょうか」
一部の議員の頭が上下した。
「深井の子供たちの中にも、お父さんやお母さんが外国にルーツを持つ人が増えている。
昨年、外国籍の方が多く住む群馬県大泉町が職員採用試験の受験資格から国籍条項を撤廃したというニュースがありましたが、それは議員諸兄もご存知のことと思います。
大泉町は、住民登録している外国籍の方がすでに2割を占めている。住民の5人に1人が外国人。
だから、外国籍の方々を除外して、町政を考えることなどできないんです」
「関係なーい!」
議場の右側からヤジが飛び、ざわつく議場。
気にせず、続ける蝶々。
「本県においても、外国籍住民の方が近々30万人になるだろうと言われている。
県の総人口920万人からすれば、まだ3.3パーセントに過ぎませんが、増えることになるのでしょう。
それに加えて、地域経済の活性化のために、外国からのインバウンドの増大を考えるのは当然のことであります。
子供の頃にスーパーマリオなどのゲーム、ポケモンや美少女戦士セーラームーン、ドラゴンボールやワンピース、こうした漫画に魅了されて日本に興味を持ち、日本語を学んで留学してくる若者や、旅行者が多いことは、皆さまご承知のとおりじゃありませんか。
江ノ電の鎌倉高校前駅の踏切なんか、写真を撮る旅行者が一年中絶えない。
そうしたことのひとつの帰結として、日本に住むことを選ぶ方々が多くなること自体は、ありがたいことです」
「バカヤロー、深井にオーバーツーリズムを引き起こすつもりか!」
議場の左側からヤジが飛ぶ。
目だけ左に向ける蝶々。
「そうではありません。
人口減少は、ひとり日本の問題ではなく、一部の国を除いたほぼ世界的な問題だからです。
日本は、世界中の方々から選ばれる国になっているのです。素晴らしいことではありませんか!
オーシャンビューに富士山ビュー。都心から高速に乗れば1時間でビューっと来れる。
深井に観光に来ていただくだけでなく、将来的には住んでいただく」
ここで、原が自席の水筒から一口お茶をすすると、改めて背筋を伸ばした。
「そもそも、今を去ること80年前、皆さんのご両親やお爺さんお婆さんの時代。荒崎の崖の上の家で、井手之上元海軍大将が、貧しい子供達に英語を必死に教えていたのは、なぜでしたか?
この中に、その理由を知らない人はいない!」
原がそう言いながら議場全体を指さすと、多くの議員が下を向いた。




