第2-29節 町の対応が問題になってます
「チャパリトくん、県の国際課から電話だ」
6月3日の火曜日、午後4時。
観光係長が自分の電話を保留にして、彼に目配せした。
チャパリトは、受話器をとると自席の電話機の赤く点滅するボタンを押す。
「はい、観光産業課のヒガです」
相手の声が低い。
「国際課の古城といいます。ちょっと、困ってます」
唾を飲み込むヒガくん。
「実は、そちらの町の対応が、県の複数の部局で問題になっています。
複数部署の調整役がこちらなので、代表して電話しました。
まず、最初に、事実を確認させてください。
そちらで、不法滞在者を匿っていたりしてませんか?」
受話器を握る手に力が入り、歯を食いしばるチャパリト。
「とても重要な問題です。
複数の知事部局で問題になっているだけでなく、議会内にも不穏な動きがあります。
県警を所管する防災警察常任委員会に、そちらの町の不法滞在者に対する対応に疑問を持っている議員がいて、警察サイドからのアプローチはもちろん、行政サイドからも指導を求める声が出ています」
チャパリトが自分を落ち着かせるように、ゆっくり返事をした。
「具体的に、どのようなことなのでしょうか?」
「たとえば、まず、産業労働局の高度外国人材受入支援のパイロット事業の話が、ありますよね?」
受話器を持ったままうなづく。
「もし仮に、深井町が外国人の不法滞在者を匿うなどという違法なことに手を貸しているのであれば、同じ外国人の就労を支援する200万円の補助金を交付するのはいかがなものか、そう言っているそうです。
県民が納めた貴重な税金が、違法な行為の原資になるようなことがあってならないと、そういうことのようです」
それとこれとは違うでしょう、と喉元まで出たけれど、大きく息を吸ってから別な言い方をした。
「ご心配をお掛けして申し訳ありません。
最初に、はっきり申し上げますが、町が不法滞在者を匿っているという事実はありません。
町は、国際的な緊急かつ人道支援の立場から、町内にいる困窮した外国人の方に、食べ物や着る物をお渡しし、病気の人を病院に連れて行き、小さな子供たちに教育の機会を提供しているに過ぎません」
電話の向こうの声が少し落ち着く。
「そうでしたか、、、。そういうことなら、よく理解できます。
県内に、そうした支援が必要な方が少なくないことは、ぼくたちも充分に承知しています。
町の対応が人道支援・緊急援助の範囲でしたら、ぼくたちもそちらの防波堤になれます。
ただ、、、高度外国人材受入支援のパイロット事業は、他にも手を挙げている自治体があるようなので、そちらが指定から外れる可能性はあります。
知事としても、議会でスムーズに予算を通すために、懸念材料はあらかじめ排除しておきたいと思うでしょう。
これは、残念ながら、ぼくたちにはどうしようもない。申し訳ありません」
あわててチャパリトが応える。
「そんな、とんでもない。
国際課さんから頭を下げていただくようなことではありません」
彼自身が、受話器を持ったまま頭を下げた。
「いずれにしても、県庁と議会の中で、さまざまな、フェイクも含めた言説が飛び交っていますから、そちらも慎重に対処してください。
人道支援・緊急援助の面で、ぼくたちにもできることがあったら、迷わず連絡してくださいね?
健闘を祈ります」
「ありがとうございました!
よろしくお願いします!」
受話器を持ったまま、しばらく顔を上げることができない。
少ししてから受話器を置く左手の、肩が小刻みに揺れている。
右手がこぶしを握っていた。
係長がチャパリトに声をかけようと思ったそのとき、庁舎の外から大音量のアジテーションが聞こえてきた。
「美しい日本の文化を守れー!
外国人が日本人青年の就労機会を奪っているー!
不法滞在者は刑務所に入れろー!
町役場は違法行為に手を貸すなー!
アーロン・ヒガは、とっととペルーへ帰れー!」
係長が慌てて窓から外に首を出すと、庁舎と小学校の間の道路に1台の黒いマイクロバス風の街宣車が停まっていて、その車上のスピーカーが怒鳴っていた。
同じ2階にいる庁舎管理担当の総務係長が駆けつける。
「また、こいつか。
ゴキブリみたいな奴だ。
駐在の熊本さんに言って、蹴散らしてもらいましょう」
彼は、中階段を下りながら屋形の駐在所に電話した。
駐在所から役場までは歩いて2分、走ると30秒。
駆け付けた熊本さんが街宣車の運転席のドアを叩き、ドライバーにデジタル音圧計の画面を見せながら文句を言った。
「軽犯罪法第1条第14号、30日未満の拘留か1万円未満の罰金。
どっちがいい?」
「うるせー、バカヤロー!」
わずかに開けた運転席の窓ごしに怒鳴る。
「お前のほうが、うるせーんだよ!」
負けずに怒鳴り返す熊本さんと、車に向かって猫パンチを繰り出す総務係長を後に、行進曲「軍艦」を響かせながら去って行った。
5時15分の終業チャイムが鳴ると、貴子ちゃんが観光産業課のカウンターに駆けつけて来た。
「とんでもない奴らね!」
鼻の穴が大きく開く。
「チャパリト、大丈夫?」
自席からゆっくり立ち上がった彼がつぶやいた。
「ぼくは、いなくなった方がいいんだろうか?」
身長が160センチに縮んでいる。
貴子ちゃんがいきなり事務室に突入すると、アーロンの右胸に猫パンチを入れた。
「この世に、いなくていい人なんか、いないの!
あんな唐変木の話に耳を貸しちゃだめよ。
しょせん、誰かに言われてやってるだけなんだから。
哲学も信念もない奴らなのよ。
ただの藁人形、ロボットなんだから!」
ため息をつくアーロン。
「ちょっと、凹んだな、、、。
ぼくのせいで、仕事に支障がでちゃった」
キッ、と見上げる貴子ちゃん。
「凹んだら、叩き出せばいいのよ」
そう言うと、背中に回って、心臓の後ろあたりをトントントントン叩く。
「あたしたちは、しょせんただの紙粘土なんだから、凹んだらすぐ戻せばいいの!」
背中を叩いていた左手が、途中から擦りはじめた。
鼻をすするアーロン。
「貴子ちゃん、ありがとう、、、」
そうつぶやくと、振り返って両手で抱きしめた。




