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第2-27節 無量塾で語学教室

 5月30日、金曜日の午後4時、荒崎の燗妙(かんみょう)寺に、一団の大人たちが現れた。

 教会に避難している4人の男たちを引率しているのは、万汰議員と貴子ちゃんだ。

 万汰が本堂の右手にある庫裏(くり)〔住まい〕の玄関の引き戸を開けた。

「こんにちはー、万汰ですー」

「は~い」

 出てきたのはご住職の奥様だ。

「まあ、いらっしゃいませ。

 みんな、本堂で勉強中です」

 そう言ってサンダルを履くと、一同を本堂に案内した。

「先生、万汰さんたち」

 本堂の木戸を開くと、中には、ご本尊を背にホワイトボードが1つ。

 4つ並んだ横長の座卓に向かって20人ほどの子供たちが座り、教科書を手に持って牛目誠が立っていた。

「やあ、いらっしゃい!

 どうぞ」

 一斉に振り返る子供たちにそのまま座っているように手で合図すると、来訪者全員が子供たちの前に並んだ。

 笑顔のおじさんたちと貴子ちゃん。

「今日は、みんなにお知らせすることがあります」

 先生がそう言って、万汰と目を合わせる。

「万汰さんのことはみんな知ってると思うけど、おじさんたちは、グァテマラ、という国から来たんだよ?

 こちらの女性は、役場の北条さん」

 万汰が通訳すると、おじさんたちと制服女子が白い歯を見せた。

「みんなは、ここで算数と英語を習っているけども、おじさんたちは日本語がわからないから、みんなの勉強が終わった後、ここで日本語を勉強することになったんだ」

 首を上下する子供たち。

「それと、その代わりに、おじさんたちが、ぼくたちにスペイン語を教えてくれるんだよ。

『Hasta mañana(明日、間に合〜な)』は『また明日!』の意味。

 どうだ、楽しそうだろ?」

 うなずく子供たちと大人たち。

 万汰が自分で同時通訳しながら、話を引き継いだ。

「知ってる人がいるかもしれないけど、昔の井手之上大将のお(うち)のそばに小さな教会があって、そこに、おじさんたちは住んでいます。

 子供たちもいるんだけど、子供たちは月曜日から学校に行くから、みんなも会えると思う」

「なーんだ!」

 子供たちが納得し、急に空気が柔らかくなった。

「町内会の回覧に載せてもらうんだけど、火曜日と木曜日の5時から日本語教室で、6時から7時までがスペイン語教室。

 どちらも、誰が来ても、いいです。

 家に帰ったら、お(うち)の人に教えてあげてね?

 いいかな?」

 子供たちの様子を笑顔で眺めるグァテマラのおじさんたち。

 代表して、エディくんとマリアさんのお父さんが挨拶した。

「コンニチワ、メンドーサ、ト、イイマス。

 宿題ヲ、家デヤルノワ、メンドーサ!」

 湧き上がる歓声。日本語じゃないか。しかも駄洒落だ。

 手を叩いて喜ぶ牛目先生。

 でも、日本語はここまでで、次はスペイン語になり、一言ごとに万汰が通訳した。

「もう30年以上前ですが、この町のJICAの研修所で、6か月、研修を受けました」

 目を見張る子供たち。

「皆さんのお父さんやお母さんの中には、深井小学校で一緒に給食を食べた人も、いると思います。

 運動会にも来て、みんなの活躍を応援しました。

 あの時は、とても楽しかった。ありがとうございました」

 深々と頭を下げた。

「わたしたちの国は、30年以上、自分の国の中で戦争をしていたので、終わった今でも、社会の中に混乱と犯罪が多く残っています。

 残念なことでしたが、わたしたちは、自分の命を守るために、家族とともに国を出るしかありませんでした。

 そして、少しでも様子を知っている日本で、平和で安全な日本で、暮らしたいと思って、来ました」

 牛目先生が両腕を組みなから、耳を傾ける。

「何日間も、貨物船に揺られて、食べるものもなく、つらい思いをしました。

 だから、家族と一緒に、再び、深井町の海と富士山を見ることができたとき、涙が出ました」

 鼻をすする貴子ちゃん。

 長机に両手を置いて話を聞く子供たち。

「わたしたちは難民ですが、日本政府が認めてくれず、とても困っていました。

 でも今は、教会のシスターたち、町役場の職員の方、そして、地域の人たちが助けてくれています。

 ありがとう」

 おじさんたちが頭を下げた。

「深井町とわたしたちの国は、太平洋という1つの海を通じて、繋がっています。

 今年は、日本とグァテマラが国交を結んで、ちょうど90年の年です。

 わたしたちも、自分たちが、この深井町と結びつきを強めることができることを、願っています。

 わたしたちの子供たちが、学校で困っていたら、助けてくれるとうれしいです。

 みなさんも、わたしたちに何か出来ることがあったら、遠慮なく言ってください」

 最後は、もう一度日本語だった。

「ヨロシク、オネガイ、シマス」

 牛目先生が、最初にメンドーサさんとがっちり握手をし、他の3人とも順に握手をした。

「万汰くん、ありがとう」

「牛目さん、これからも、よろしくお願いします」

 万汰も頭を下げる。

 来訪者たちが、子供たちの拍手に送られて、本堂を出た。

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