第2-25節 崖の上の教会
5月22日木曜日、プロジェクトチームの中から4人が、荒崎の崖の上の教会に出かけることになり、「じゃあ、ぼくも」と、議会から万汰議員が同乗した。
イブが公用車のニッシン・バネットのハンドルを握り、助手席に万汰。
後部座席は、貴子ちゃんを真ん中に、右に鯛双、左にチャパリトが座っている。
荒崎のバスターミナルから港を背に細い道をうねうねと上がり、道祖神に行き当たると左に折れた。
畑道を右回りにぐるっと走って行くと、突き当たりに数軒の古い別荘が立ち並んでいる。
車を降りると、小さく波の音が聞こえてきた。
ここは、南側に海が広がる海抜25メートルの崖の上だ。
雪を頂いた富士山が見える。
鳥の囀りがして、海風が時折り頬に当たる。
今はもう誰も利用していないような数軒の平屋の別荘だけれど、目当ての家は、すぐに分かった。
正面の切妻の屋根の上に、小さな十字架がある。
でも、それ以外には目印らしいものはなく、周囲のわずかな林と畑の風景の中に溶け込んでいた。
敷地の東側に小さな井戸。
玄関先に着くと、イブがドアの脇のブザーをゆっくり押す。
少し待っていると、ドアが開いて黒服のシスターが顔を出した。
5人のうちの4人が町役場の事務服を着ているのに気づくと、片言の日本語で、しかし毅然として言った。
「ココワ、神ノ家デス。
神ノ子ヲ苦シメルヒトワ、入イルコト、デキマセン」
一度開いた口を、真一文字に結びなおすイブ。
左隣りのチャパリトが、深くうなずいてから、ゆっくり話し始めた。
「ぼくはクリスチャンです。
シスター、どうか安心して下さい。
ぼくたちは、皆さんの力になりたい。
中にいる人たちに会わせて頂ければ、町役場として何が出来るか、一緒に考えることができます。
ぼくたちは、皆さんを、助けるために、来ました」
シスターの寄っていた眉が弛んだ。
胸の前で十字を切ると、チャパリトの左肩に手を添えて笑顔で言った。
「私ワ、エリザベス、ト、言イマス。リズト、呼ンデ下サイ」
「ぼくは、チャパリト。
この人はリーダーのイブさん、そっちが障害福祉担当の貴子さん」
「チャパリト? 本名デスカ?」
本人が笑ってうなずいた。
「イブサン、素敵ナ名前デスネ?」
満面の笑顔になったイブが、残りの2人を紹介する。
「こちらが町議会議員の万汰さんで、そちらが学校係の鯛双さん」
2人が神妙に頭を下げた。
玄関に入ると、もう2人のシスターが出迎えてくれた。
「コチラガ、メアリサン」
年配のシスターがお辞儀をする。
「コチラガ、チェルシーサン」
若い、まだ10代のように見えるシスターがうなずいた。
廊下の奥のドアから、子供が数人顔を出している。
別荘の中をよく見ると、意外に広々としていて、玄関の左手、海側に開放的なリビング、右手にキッチンとダイニング、奥には個室がいくつかあるようだ。
リズさんが5人をリビングに案内した。
南側の庭の向こうに相模湾を臨む広々とした部屋の背中には古い洋式の暖炉があり、イブが思わず足を止めて見入る。
マントルピースの上に、いくつかの写真が額に入って立っていた。
1枚は、頭がつるっと禿げた老人が、黒板に英語の文章を綺麗な字で書いている写真。
文章はたくさん書かれているけれど、『Do you have those three...』と、途中までしか読めない。
その隣りは、恐らくその老人の少し前の写真だろう、白い軍服の左胸にたくさんの略綬〔勲章の略章〕を付け、帽子を被り口を真一文字に結んでいる写真があった。
鼻の下に生やしたちょび髭は可愛いけれど、小さな両目の眼光がものすごく鋭い。
「この人、もしかすると、、、」
「イブさん?」
万汰に呼ばれて振り返ると、皆がソファに座っている。
「ごめんごめん」
げんこつで頭を叩きながら、残された椅子のひとつに座った。
リズさんとメアリさんが暖炉を背にして腰を下ろすと、子供たちが廊下に出てきた。
チェルシーさんが、その子たちに部屋に戻るように叱りながら、キッチンに入っていく。
「突然お邪魔して、申し訳ありません」
最初に、チャパリトが口を開いた。
「ここに、何人かの子供たちが暮らしていることを、地域の方も町役場も知っています」
ため息をつくリズさん。
「人目ニ触レナイヨウニ、注意シテイマシタガ、難カシイデスネ」
膝を乗り出すチャパリト。
「何か、お困りのことはありませんか?
食べ物とか、着る物とか、薬とか?
子供たちの教育のことも、皆、心配しています」
鯛双が深くうなずくと、2人の顔がほころんだ。
「アリガトウ。
実ワ、トテモ困ッテイマス。
子供タチワ食べ盛リナノニ、食ベルモノガ、アマリアリマセン。
海デ貝ヲ採ッタリ、畑カラ作物ヲ盗ンデ来ル子モ、イマス。
本当ニ、ゴメンナサイ」
2人が深々と頭を下げた。
「今は、怒っている人は誰もいません。
最初は、よくわからなくて、地元の方も困っていましたが、今は、皆さんのことをとても心配しています」
イブが追加する。
「町役場の中に、プロジェクトチームを作りました。皆さんを守るためです」
「マア、何トイウコトデショウ!」
メアリさんが胸の前で十字を切った。
うなずくリズさん。
イブがお尻を前にずらした。
「連合町内会も、ふかい未来塾というまちづくりNPOも、何ができるか考えてくれています」
目を丸くする2人。
「この家にいる方が、不幸にして不法滞在者になった方だとしても、町役場は、ひとりひとりの方が健康に暮らせること、毎日の食べ物があること、子供たちに学びと遊びの場があることを願っています。
町長以下、職員皆が、そう思っています。
漁師の方も、農家の方も、同じ考えです。
だから、安心して、話して下さい」
チェルシーさんが台所から紅茶を運んできて皆に配ると、リズさんが静かに話しはじめた。




