第2-19節 叡智なビデオに映ってる?
その日〔4月24日〕の5時30分、万汰が役場3階にある議員控室で帰り仕度をしていると、ドアを叩く音がした。
コンコン。
「どうぞ」
万汰が自分の机から振り返ると、3年先輩の原栄衛がドアの陰から顔を出した。
栄衛は代々続く不動産業が家業だけれど、「ふかい未来塾」というまちづくりNPOの理事長をしていて、万汰がその会員になっている。
1月の市長選挙では、一緒に対立候補の牛目誠を担いだ仲だ。
「万汰くん、こんちは。忙しそうだね?」
「ああ、栄衛先輩。こんにちは」
立ち上がってへこりと頭を下げる。
「突然で失礼」
そう言って、ドアの後ろを確認してから閉めた。
首を左に曲げる万汰。
「もう、誰も来ない?」
低い声できく栄衛に、小さい声で答える。
「皆、先に帰りましたから、来ないと思います。
でも、なぜですか?」
質問しながら栄衛をソファに案内すると、万汰も向かいに座る。
ソファの隣りに置いてある冷蔵庫の扉を開いて、中からノンアルビールを2本取り出した。
ひょいと頭を下げる栄衛。
「やっぱ、キリンだよな!」
そう言ってプルトップを引くと、一口飲んだ。
「美味い、、、。
実はね、相談ごとがあるんだ」
そう言いながら缶をテーブルに置くと、鞄の中から1枚の白いDVDを取り出した。
「ちょっと言いにくいんだけど、これ、AVなんだ。
出演している素人女優が、少し影がある感じなんだけど、とても可愛い人なんだ。
ほんと、『掃き溜めに鶴』。
おれも二度観しちゃったよ!」
万汰が笑い出して、口の中のビールを吹き出しそうになる。
「別に、未成年じゃないんですから、、、。
でも、それが、どうして問題なんですか?」
真顔になる栄衛。
「実は、漁師をしている後輩がいるんだけど、、、。
名前は、今は言わない。
そいつから相談があったんだ」
缶をひと口すする。
「そいつが、海外に拠点がある『叡智な素人』っていうAV動画配信サービスの会員になっていて、まあ、そんなことは普通のことさ。
で、数日前、夜中に最新公開作を観てたら、出て来た子が漁協の海外実習生だった女の子で、2月に失踪した子だったんだ」
のけぞる万汰。
国内で行方不明になり警察に捜索願が出される人は、毎年18,000人もいる。
「悲しい事ですが、そうしたことがあることは、ぼくも聞いています。
でも、どうして本人だとわかったんですか?」
こっくりする栄衛。
「おれも同じことを聞いた。
観ればわかるけど、左の二の腕に北斗七星のタトゥーがある。
真ん中の4個目の星が赤いハートマークなんだ。
奴は漁業実習で、彼女と一緒になったことがあった。
顔もそっくりだし、そんなタトゥー、他に見たことないと。
確かに、漁協にいた時の写真を見ると、その子に間違いない」
うなずいて、両腕を組む万汰。
「いなくなってすぐ、漁協が警察に捜索願を出したが、積極的には動いてくれなかった。
重大事件じゃないからな。
念のため、出入国在留管理庁の横浜支局に照会をかけたけど、出国した記録がない。
でも、在留期限は2月末に切れている」
缶から一口飲む万汰。
「つまり、オーバーステイ、と?
それなのに、海外拠点のAV動画に出ている、と?」
考え込む2人。
1口ぐびっと飲むと、栄衛が続けた。
「おれも考えた。
恐らく、ストーリーは、こうさ。
何らかの理由があって、漁協の宿舎から逃げた。
その後、不法滞在者を匿う組織に拾われて、その組織からAV関係に売られた。
でも、オーバーステイだから誰にも相談できない、と」
万汰も缶を置く。
「海外拠点には、行っていない?」
苦笑いする栄衛。
「だって、国内で撮影して、データだけ海外に送信、そこで動画制作して発信すれば、海外からの配信になる」
うなずく万汰。
「じゃあ、まだ日本にいる?」
「多分」
万汰の顔が明るくなる。
「だったら、ぼくたちが助けることもできそうですね?」
「居場所がわかればね?」
舌打ちして腕を組み直す万汰。
「解決策の入り口はどこかな、、、?」
栄衛が右手の人差し指を立てた。
「その後輩がね、機転の利く奴なんだ。
『その子の後援会に入りたいんですけど』って配信会社にメールしたら、『女優の派遣元のビューティフル・スタッフに聞いてくれ』って、返事が来た。
その会社は、横浜市中区に本社がある」
拳を握る万汰。
「栄衛さん、やりましょう。
久しぶりに胸が高鳴ってきました」
ガッツポーズの栄衛。
「そう言ってくれると思ってたんだ!」
2本目の缶をガチンコして乾杯する2人。(つづく)




