第2-16節 漁協と農協に届いた脅迫状
4月24日、来週はいよいよゴールデンウィークという木曜日の午後3時、2人の老人が一緒に自治研究所にやってきた。
漁協理事長、長身の亀吉と農協理事長、腰の曲がった鶴吉だけれど、2人が並ぶと漫才コンビの「オール神戸・東京」みたいで、ちょっと楽しい。
とはいえ、1月の市長選で敵同士になり激しく戦った2人だから、それが轡を並べてやって来るのは極めて異例だ。
恐る恐る出迎える所長。
所長席の隣りに招くと、2人を囲んで人の輪ができた。
「お揃いで、いかがなされましたか?」
湯気の立つコーヒーカップを机の端に置き直した所長が静かに聞くと、亀吉理事長が左下の鶴吉理事長に目をやってから、話しはじめた。
「実は、今朝、農協と漁協に脅迫状が届いたんじゃ」
「ええっ!」と息をのむ研究所の3人。
「漁協に黄色い封筒が届き、開けてみたら手紙の冒頭に『深井町農業協同組合様』と書かれておったので、仕方なく農協まで持参したんじゃよ。
そしたら、農協にも同じ黄色い封筒が届いておって、開けたら『深井町漁業協同組合様』と書かれた手紙が入っていたと。
なんと、封筒と中身の手紙を入れ間違っとることがわかった。
それ自体は笑い話なんじゃが、問題は中身じゃ。
しかも、中身は全く同じ脅迫状じゃった。
手紙の宛先は農協と漁協と異なるものの、文章自体は全く同一。
とりあえず、これまでの遺恨は置いておいて、共通の敵に立ち向かおうと、一緒に来ることにしたんじゃよ」
そう言って、2枚の手紙を所長と係長に見せた。
封筒には配達証明の印が押され、真ん中に1本の赤い線が引かれている。
イブが代表して1枚を音読した。
「前略
貴組織が雇用している外国人は、極めて悪質であり、わが国の美しい文化と伝統、労働環境を著しく損なっている。
わが国の若人が雇用不安にさいなまれ、安い給料に甘んじ、豊かな将来を描けないのは、低賃金と劣悪な労働環境をすすんで受け入れている外国人労働者が多数いるからに他ならない。
そして奴らは、美しいわが国で稼ぐだけ稼いだあとほとんどを母国に送金し、掛けられた住民税は払わず、国民健康保険料も払っていない。
そのくせ3割負担で治療できるのをいいことに、入国と同時に持病や虫歯の治療をし、挙げ句のはては母国で治療した法外な値段の治療費の7割を海外療養費として返還を受けるなどという卑劣な裏技を使い、違法な給付を受けている」
イブが補足した。
「確かに、そうした事例があるということは、新聞で読んだことがあります」
うなずく一同。
イブが続けた。
「賃貸住宅で共同生活をして地域コミュニティに溶け込まず、自治会町内会にも加入しない。
そのくせゴミは出す。しかも、出したゴミは規定の分別を守らず、また、ゴミステーションの掃除当番も拒否している。
マンションのベランダで禁止されているBBQを繰り返し行い、住民から苦情が来ると日本語ができないことを理由に話を聞こうとせず、全く非協力的で、公序良俗に反する存在である」
「これも、まあ、一部言われることはありますね」
イブの声が低くなる。
「そうした不埒な外国人を積極的に雇用している貴組織こそ、社会的糾弾の的になるべき存在である。
よって、最大級の警告を与える。
本年8月末日までに現在雇用中の外国人を解雇、帰国させない場合は、貴組織は重大な危機に陥るであろう。頓首
〒100-0001
東京都千代田区千代田一丁目1番地
美しい日本の職場を守る会」
静まりかえる所長席の一同。
「確かに脅迫文ですね」
企画係長がつぶやいた。
前髪を2、3度引っぱってから、イブが右手を挙げた。
「確か、この、千代田区千代田一丁目1番地って、皇居の住所じゃありませんか?」
顔を見合わせる2人の老人。
「よくわかるの?」
身を乗り出すイブ。
「だって、日本で1番たくさん戸籍の本籍地になっている場所ですから」
「よく知っとるの?」
胸を張るイブ。
「戸籍事務をやってる職員には『戸籍あるある』のひとつなんです」
「そういうことか」
2人の老人がお互いの顔を見ながら言った。
「また街宣車ですか?」
誰にともなく係長がつぶやくと、腕を組んだままの所長が首を上下する。
「それしかないでしょ」
「でも、どうして警察署ではなくて、役場の自治研に相談に来られたんですか?」
イブが素朴な質問をした。
鶴吉の顔を見下ろしながら、亀吉が言った。
「いやの。
外国人の雇用については、蝶々の話に従ったまでじゃったのよ」
「えええっ?」
のけぞる3人。(つづく)




