第2-14節 ヒューマノイド登場
4月17日、木曜日の午後3時、イブが1階ロビーを歩いていると、人型ロボットに出会った。
身長160センチほどで、男性用の事務服を着ているけれど、頭に髪の毛がないから、すぐにわかる。
2足歩行をしているものの、良く見ると、手足の動きがほんの少し機械的だ。
「それにしても、びっくり!」
玄関に来た来庁者を、戸籍の窓口に案内していた。
ゆっくり歩き、時々振り返って来庁者が随いて来てるか確認する。
窓口に着くと、待ち構えていたA子主任に、明るいテナーの声で流暢な日本語を喋った。
「お子様の入籍届を、出しに来られました。
家庭裁判所が出した、お子さまの『氏の変更許可の審判書』、の謄本も、お持ちです」
にっこり笑ってそう言うと、来庁者に軽く会釈してから、玄関の総合案内に歩いて戻っていく。
顔の表情まで、リアルに再現できるのだ。
「素晴らしいロボットですね!」
案内された来庁者が感嘆の声を上げた。
「そうなんです。
どこかに操縦者がいるわけじゃなくて、自分で考えて行動する自律型なんです。
とても親切、丁寧で、どんな質問にも答えられるんですよ。
人間だと、マニュアルを見たり、事務分掌を確認したりしないと正確にご案内できないことがありますが、彼は、全部メモリーに入ってますから、即答でご案内できるんです。
今年度初導入の、町の目玉施策の1つなんですよ」
うなずく来庁者。
「広報紙で読みましたけど、これほどのものとは!」
両目が大きい。
A子が続けた。
「英語と中国語が標準装備で、オプションの料金を払えば、朝鮮語やスペイン語、G7からOECD加盟38か国、最大で国連加盟国全部の、会話能力が追加できるんです」
口を開けたままの来庁者に座って待つように案内し、届書の処理を後ろの職員に任せると、A子がイブに向き直った。
「わたしもびっくりしたのよ。
3社でコンペをやったんだけど、M-Robot社のがダントツで優秀だったの。
走らせれば人より速い。
デモで体操の床運動の技を見せてくれたけど、オリンピックのメダリスト級なの。
『後方伸身宙返り2回転半ひねり』とかも、着地がピタッ。キメのポーズまで、する。
それに、体はチタン合金だから、ボクシングをやらせれば、井上尚弥にも、きっと勝てちゃう。
だから、ガードマンとしても最適なのよ」
ヘビー級ボクサーにも勝てるかもしれない。
相手のパンチを確実にかわし、タンクキラー戦闘機A-10の30ミリ機関砲のようなボディブローを3分間撃ち続ければ、モハメド・アリでも倒せるだろう。
「頭も優秀で、クラウドのデータベースとオンラインでリンクしてるから、町役場以外のことでも、何でも答えられる。
イギリスの歴代国王の名前だって、すらすら言えちゃう。
文字どおりの、ウォーキング・ディクショナリーなのよ。
いや、ウォーキング・エンサイクロピーディア〔歩く百科事典〕ね?
さっきなんか、小学生が来て、宿題の問題の答えを聞いてた。
そのうち、大学生が来るかも?」
のけぞるイブ。
「家庭教師や塾の先生が失業ですね?」
主任がカウンターの右端にイブを誘うと、低い声で言った。
「そうなのよ。
役場の人間って、年間230日働いて年収400万とかもらうじゃない?
それに社会保険料の役場負担分とか退職金とかを合算すると、実質的な役場の負担は年間500万は下らないのよ。
それが、あの優秀君、あ、彼の名前ね?
優秀君だと、レンタル料が、たったの月10万!
会計年度さんより安い。
もちろん、公共部門への導入実績を作るための、赤字覚悟のダンピングでしょうけれど、もう、勝負にならないの。
電話交換手の方や守衛さんたちから、組合に、雇用を守れって、ものすごい突き上げがきてるのよ」
目を見張るイブ。
確かに、窓口係で英会話ができるのはA子主任だけだから、優秀君が来てくれれば、鬼に金棒だ。
お金の計算だって間違えないだろうから、会計窓口に1人いれば安心。
そうやって、優秀君2号、3号が徐々に職員に置き換わっていくのか。
ヒトの労賃とロボットのレンタル料の差が圧倒的だから、勝負にならない。
そもそも、国からの人件費抑制圧力が大きいなか、優秀君のレンタル料は物件費だから、ヒトに代えて導入すれば置き換えられた人件費が全額なくなり、その抑制効果は絶大だ。
「それに」
A子が暗い顔をした。
「休暇も取らないし、残業手当もいらない。
扶養手当も、住宅手当も、交通費も、なし。
24時間働かせることも可能で、労働基準法の対象外。
故障すれば、代替品がすぐ届く。
上司の指示に嫌な顔はしないし、タバコは吸わないしお茶も飲まない。トイレも行かない。
お昼休憩もとらないから、いいことだらけなのよ」
いいことだらけなのに、2人の顔が暗くなる。
「勉強になりました」
イブが神妙に頭を下げた。
「高額な管理職手当もいらないから、係長や課長にもぴったりかもしれませんね?」
のけぞるA子。
「市町村議員も、やらせればできるでしょうね。
日本中の既存施策のデータに基づいて、町ならではの新規施策を提案できる。
最後は、ロボットの町長か、、、」
イブのダメ押しの呟きに、がくっと頭を下げる主任。
イブが自席に戻って調べてみると、神奈川県はもう10年以上前から「ロボット産業特区」の指定を国から受け、県内自治体や企業を巻き込んで、ロボットの産業化と社会への実装に取り組んでいたのだった。
「知らなかった!」
神奈川県は、ロボット導入の先進県なのだ。
確かに、日進自動車の追浜工場は、昔から省人化されたロボットによる生産ラインで有名だった。
広々とした工場の建屋の中には、自動化された機械を監視するための人がパラパラといるだけだったのだ。
全国的に見れば、もっと前から、AIによる人的対応のロボット化・ソフト化に取り組んでいる自治体はあったけれど、人型ロボットのハード的な開発が進み、人間の姿をしたロボットにAIが搭載されるという本当のヒューマノイドが目の前に現れ始めたのは、ごく最近のことだ。
ネアンデルタール人がホモ・サピエンスに駆逐されたように、ヒトがヒューマノイドに駆逐される日が来るのだろうか?
イブは、魔法瓶の蓋の上に顎をのせたまま、終業のチャイムを聞いていた。
頭の中を、映画「ターミネーター」の戦闘シーンが流れていく。
「わたしたちは、どうなっちゃうの?」(つづく)




