第2-13節 明日からさっそく参加します!
翌4月15日火曜日の昼休み、早々にサンドイッチを食べ終えた貴子ちゃんが、お弁当箱をナプキンでギチッと縛る。
すくっと立ち上がると、トイレに行って歯磨きを急いで済ませ、北階段を上がって2階の教育委員会事務局を目指した。
係は2つ。学校係と社会係だけれど、目指すは学校係。
カウンターの手前で立ち止まると、体を斜めにして廊下に背を向けるように自席でコンビニ弁当を食べている加山鯛双に声をかけた。
「鯛双コーチ!」
呼ばれた鯛双が、座ったまま椅子から30センチ飛び上がった。
右手で弁当に蓋を載せ、左手で口元を押えている。
振り返った両目が震えていた。
「貴子ちゃん!」
お弁当を食べていた周囲の係員が一斉に顔を上げる。
鯛双は、右手で貴子ちゃんに廊下の右端に行くよう指差した。
廊下の右端は非常口と南階段があるだけで、事務室はない。
貴子ちゃんが非常口の前で待っていると、口のまわりをハンカチで拭きながら鯛双がやってきた。
「貴子ちゃん、びっくりしたよ」
言われても動じない。
「驚かすつもりでしたから」
慌てる鯛双。
「怒ってるのかい?」
「そうです」
最初から、勝てる試合ではなさそうだ。
「昨日の夜、歩夢くんから聞いた。
採用、おめでとう。知らなかったんだ」
「あたしも、知りませんでした。
コーチが、歩夢さんとパートナーシップだなんて」
貴子ちゃんの頬が赤く上気している。血圧150オーバーか。
廊下を歩いている他課の職員が、2人をじろっと見て通り過ぎる。
通行人を背にして、壁に顔を向ける鯛双。
「わかった。
今度、ゆっくり話そう」
左手で右肩をつかんだまま、返事をしない貴子ちゃん。
頭をかきむしる鯛双。
と、突然、大きな声を出した。
「あ、そうだ、貴子ちゃん、サッカー部に入らないか?」
カクッと肩を落とす会計年度さん。
「サッカー部が、あるんですか?」
浮子がひょこっと沈んで、魚が釣針にかかったようだ。
「そう。昔からあるんだけど、人手が足りないんだ。
課長連中は課長連中で、9人で野球部を作っていて、まあ、事実上の課長会さ。
サッカー部はいろんな人が入ってくれていて頭数は足りてるんだけど、実際に試合に出れるメンバーが少ないんだよね。
蝶々もメンバーだけど練習に来ないし、議会の議長は、もっぱら審判しかやらない」
「ふーん」と鼻を鳴らす貴子ちゃん。
鯛双が、寝かせていた釣り竿の先をゆっくり引き上げる。
「全国自治体職員サッカー選手権大会というのがあって、全国の市町村役場のサッカー部が集まって試合をするんだ。
今は静岡県の藤木市役所チームが9連覇中だけど、こいつを皆でやっつけないか?
貴子ちゃんが入ってくれれば、鬼に金棒だよ!」
まんざらウソではない。
言われた魚が背筋を伸ばす。
「コーチから頼まれたら、イヤとは言えません」
たたみかける鯛双。
「試合に出るときは、休暇扱いじゃなくて、『職務専念義務の免除』っていって、勤務時間中に行くことができるんだ。
宿泊費と交通費はチームから出る」
「まあ、休暇もお金も減らずに済むんですね?
それで、サッカーができる?
絶対、入部します!」
飛び上がって鯛双に抱きつく。
再び、通り過ぎる職員の目が釘付けになる。
「あ、ありがとう。助かるよ」
「あっ!」
今度は貴子ちゃんが叫んだ。
「コーチ、6年前の三浦半島選手権で負けたときの、長浦アスールのチャパリト、覚えてますか?」
「ああ、忘れもしないよ!」
2人が体を離す。
「彼が、今、ここにいるんです。
一緒に採用されて、観光産業課にいるんですよ!」
左手で鯛双の右腕をつかむ。
「本当か?
よーし、彼にも入ってもらおう!
これで、いよいよ、本当に藤木市役所に勝てるぞ!」
鯛双の両目に星が散っている。
「練習は、毎日昼休み。
12時5分から35分まで、庁舎の裏で、主にリフティングパスの練習だけど、毎日ボールに触るのが大事だからね。
試合のスケジュールは、明日、教えてあげるよ」
左手で挙手敬礼する魚。
「コーチ、明日からさっそく参加します!
チャパリトも連れてきます!」
「貴子ちゃんとチャパリトがツートップなら、どんなディフェンスでも、みんなカラーコーンさ!」
左手でガッツポーズする2人。
こうして、貴子ちゃんが合法的に鯛双と毎日会えるようになった。
30分間の練習の後、貴子ちゃんを真ん中にして右に鯛双、左にチャパリト。
椅子に腰掛けた3人が仲良くお弁当を食べている場面を2階の窓から見下ろすたびに、歩夢の心はざわつくのだった。(つづく)




