2-1-7 迷いVII
「えーと、ありがとな」
「……別にお礼なんていらない」
そこでプイッて感じでそっぽを向いてくれれば、ツンデレっぽくて可愛いんだけど、残念。
まあ、これもこれでクーデレな感じで可愛いけど。
そんなくだらい事を考えていると、トオちゃんが立ち去ろうとしているのが見えた。
「ちょい待ち!」
「……何?」
ピタッと立ち止まり振り返るトオちゃんに、俺は疑問をぶつける事にした。
「トトの性別って?」
「……男、当然でしょ?」
どうやら当然の事らしいが……そうか、男なのか。
「あれが男の娘ってやつか」
「……何言ってるの? あんなにわかりやすい男の特徴があったでしょ?」
男の特徴だと? ままま、まさかそれって……。
……そっか、やっぱり女の子って見るんだな。
男が女の子の胸をついつい見てしまうのと同じように、女の子もそこの大きさを気にするって事か。
「……そういえば、仁美からあなたには常識がないって聞いた。仁美もそうだったけど、同郷ならそこも同じって事かな」
「もしかして仁美に色々教えたのがトオちゃんだったりするのか?」
「……そう。……ん、予定よりもあの二人が早く来たから、色々と教えてあげる」
「おっ、トオちゃ先生よろしくお願いします!」
「……先生はやめて」
口ではそんな事を言いつつも、僅かに口端が緩んだのを見逃してないからな。
「……仁美の同郷であるあなたに常識がない事が周囲に広まれば、それは仁美の評判を落とすかもしれない。仁美の力によって安心を得ているこの国の人たちにとって、それは恐怖心を増幅させる事」
「つまり早く常識を身に付けろって事だな」
「……そう、一部は」
普段通りの無表情に戻ったトオちゃんはそう言うと、アイコンタクトで付いてくるように言い、町の外に向かって歩き出した。
「トオちゃ先生? 何故に外?」
「……教えてる所を見られたら意味がないでしょ?」
「確かに……」
過程を見られたら意味がないからな。俺にこの世界の常識がないっていう事実は、誰も知る事のない過去にしないといえないわけだ。
「……とりあえずドームに行く。あそこなら誰も来ない」
「来るとしてもアイちゃんくらいだろうな」
「……大丈夫、アイもしばらくは来ない」
確かに仁美がいる以上、しばらくはアイちゃんもドームには行かないだろうな。
そしてドームに到着しました、と。
「……それじゃあ、始める」
魔法とか、光子と闇子とか、俺が元いた世界ではファンタジーとしか思えないものがその世界にはある。
だけど、どうやらそういう無い物があるって以上に、二つの世界の間には差があるらしい。
「えっ……それってどういう事?」
「……そのままの意味。男と女はそもそもとして身体の作りに大きな違いがあるの」
「それってつまり、男にはみんなああいう耳があるって事?」
「……耳とは限らない。中には尻尾だったり、牙だったり、爪。この表現は古くから禁句とされているけど、簡単に言うと獣の特徴を持ってる」
女性は元の世界と同じ普通の人間だ。
だけど、どうやら男性はそうじゃないらしい。
この世界において、男とはすなわち、獣人なんだ。
「……その反応で理解した。あなたは女?」
「——っ!?」
その質問に俺の心臓は荒ぶった。
まっすぐ俺の目を見詰めるトオちゃん。嘘は許さないという意志が感じられる瞳。
この世界において、男は獣人。
ならば、それを知らない俺はなんだ? 俺がこの世界の住人ではないって事がバレるだけならまだ良い。
もっとも恐れているのは、そんな俺と幼馴染である仁美もまた、異世界人だとバレる事。そして、それによって今ある地位を、信頼を、関係を失ってしまう事だ。
動揺と恐怖が身体に伝わる。マイナスな感情に当てられた身体が拒絶反応を起こし、震えた。
そんな俺の言葉を待っていたトオちゃんが、先に口を開いた。
「……安心して。誰にも言わない」
「——っ!?」
「……やっぱり、仁美はどこか他とは違うと思ってた。種から何かが違うって」
「トオちゃん……」
その声はとても弱々しくて、すぐにでも泣き出してしまいそうな、そんな儚さがあった。
「……仁美と初めて会ったあの日。私は確信した。私は、この人に仕えるためにやって来たんだって」
トオちゃんもまた、仁美を崇める一人だった。
性格の差であの二人と比べると控えめに感じるけど、その言葉を聞いて、込められた思いを感じて、あの二人と同じ……いや、それ以上なんだってわかった。
「……だから——」
……だから、そこから続く言葉にはさほど驚かなかったんだ。
「——死んで」
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