2-1-6 迷いVI
小さな疑問は少しずつ拡大し、やがて大きな迷いに変異する。
何故か仁美が発するその神秘的なオーラに対し、信仰心ではなく、恐怖心が刺激される存在。
それは一体どうしてなのか。
そんな事、少し考えればわかる事だったんだ。
「ケンナちゃん? どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
きっと暗い顔をしていたであろう俺に対して、心配そうに顔を歪める仁美の姿が見えた。
これはきっと、仁美には言っちゃダメな事だ。もしも言えば、俺たちはきっともうこのままの関係ではいられない。
まるで、今の仁美が別人のように感じるだなんて。
「仁美、あの件について話がある。悪りぃが」
そう言ってチラッと俺に目を向けるシンヤ。
「……うん、そうだね。ごめんねケンナちゃん。色々と複雑な事情があって、巻き込むわけにはいかないから、その……」
「わかった。俺はここに残ってるよ」
「ありがとう、ごめんね」
「んじゃ、貸し一つな?」
「ふふっ、わかった。晩ご飯期待しててね」
微笑みながら小さく手を振り、シンヤと共に去って行く仁美。そんな彼女の背中を見送った後、俺はため息を吐きながらこの場に残ったもう一人に目を向けた。
「なんか用か? えーと、トトだっけ?」
「なるほど、やはりあなたは危険ですね。いえ、傲りが過ぎると言うべきでしょうか、否、故に危険という判断は妥当ですか」
……なんだこいつ、随分とめんどくさい思考回路してるみたいだな。
だけど、なんとなく何が言いたいのかわかったぞ。
「俺が仁美の側にいるのが気に入らないと」
つまりこういう事だろ?
「そうではありませんよ」
ありゃ? 考え過ぎだったか?
トトが仁美大好き人間だって事はさっきのやり取りでよくわかったからな。
むしろ大好きを超えた信仰心。己が信仰している神そのものと言っても良い存在の隣に、突如と現れた存在。
しかも、そいつは神とまるで対等のように話し、直接指導まで受けている。
信者からすれば大いに嫉妬の対象だ。だから気に入らない、とかそんな感じだと思ったんだけど、違かったか。
ならば一体なんなんだと、そう直接聞こうとした直後だった。
「無礼だという話です」
トトから強い圧力が発された。
「なっ」
「先程もそうでしたが、我々が少し意を込めただけで容易に封じる事が出来る程度の存在。そんなあなたが姫様だけでなく、姫様と共に世界に救済をもたらした我らに対しても礼なく言葉を口にする。それを無礼と言わずなんと言うのですか?」
発せられた圧力に屈し、膝を付いた俺に対して蔑んだ視線を注ぐトト。
ああ、そういう事か。
こいつ、確かに仁美の事を信仰しているけど、いや、強く信仰しているからこそ、そんな仁美と共に歩んでいる自分の存在にも他者からの敬意を求めているって事か。
神と共に歩む己が軽んじられれば、それはつまり神を軽んじる事にもなる。それが許せない、そういう事か?
それとも単純に、自分は神に選ばれた特別な存在だという、それこそ傲りか?
いや、どっちにせよだ。
そのどちらだとしても、あるいは俺には推理出来ない別の理由だとしても、この状況はまずい。明らかにピンチじゃないか!?
「トト、そこまで」
どんな未来が待っているかわからないけど、少なくとも幸福ではない時間が訪れるであろうピンチから救ってくれたのは、仁美と共に帰還した少女、トオちゃんだった。
「あなたがいながらこの者を修正しないとは、どういう事ですかトオ」
「修正する必要はない。そいつは仁美にとって大切な人、だからそのままで良い」
「大切な人……ですか、それはまた不思議ですね」
今度は好奇心に満ちた視線を向けてくるトト。だけど、さっきからこいつ、俺を俺として見てないな。
さっきからあくまでも、仁美という存在を通して俺を見ていやがる。
お前に認められたいと思う気持ちは特にないけど、それでもなんかムカつく。
「……仁美が言うには幼馴染らしい」
「——っ!?」
少し迷った様子でトオがそれを口にした途端、その顔を大きく変化させるトト。
「仁美は昔からそいつを知っている」
「そんな事……いくら探しても見つからなかったというのに」
困惑と驚愕。トトだけじゃない、トオもまた動揺しているのがよくわかった。
……まあ、そうだよな。
この世界の救世主、仁美。
その過去を、起源を知りたいと思うのは当然の事だ。
だけど、仁美の正体は異世界人。アイちゃんによって異世界から召喚された存在なんだ。
この世界でいくら調べたとしても、それ以前の情報なんて出てくるわけがない。
アイちゃんが今も普通に過ごしている事からして、仁美は自身がアイちゃんに召喚された存在だという事を公表していない。だから皆、調べるんだ。英雄の軌跡を。
そして、今、そんな仁美の幼馴染である俺が現れた。
仁美をまさに神の如く信仰するトトからすれば、その衝撃は凄まじいだろうな。
「そいつと再会してからの仁美はとても楽しそう。だからトト、仁美を思うなら邪魔しないで」
「わかりました。少なくとも今は」
「……そう。今はそれでも良い」
トトは最後に鋭い眼差しを俺に向けた後、立ち去っていった。
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