2-1-5 迷いV
「シンヤさんにトト。随分と早いんだね」
二人の登場に驚いてるみたいだけど、敵意とかマイナス方向の感情を見せない仁美の反応からして、敵ではないって事だよな。
むしろ、この感じ……トオに近いって言うか。もしかして、仁美の仲間か?
「おうよ。お前を待たせるわけにはいかねえからか」
「その通りですよお嬢様。我らが姫君の命令通りにこなすだけでは未熟者。予定以上の成果を出してこそ、姫様の部下としてお仕えする資格を得るのです」
豪快に笑う大男の背中には、その大柄な背丈以上の長さをした槍を背負っていて、明らかに常人じゃない。
何より、その頭。二つの丸い耳というか、熊の耳っぽいぞ。
もう一人は片眼鏡を掛けている細身の女性。頭から生えている耳は白くて細長い、兎かな?
その背中には女性が持てるとは思えないくらい巨大なハンマーが背負われていた。
獣人か。人以上の膂力を持ってる感じなんだろうな。びゃないと、あのデカさの武器は逆に弱過ぎるだろうからな。
「あの、トト? 前にもというか、いつも言ってるんだけど、そのお姫様っていうのやめてくれないかな?」
「それは無理な相談ですね。姫様は我らを従える高貴なお方なのですから」
「んな事よりもよ。そのちっこい女は何もんだ?」
ちっこい女? あっちの兎娘がトトなら、こっちの熊男がシンヤだろうけど、どんな視力をしていやがるんだ?
昨日と違って今日は観客がいない。二人っきりでの特訓だったんだ。だから、ここにいるのは四人だけって事になる。
熊男にとって知らない奴ってのは、俺しかいないわけで、という事はだぞ? あいつは俺の事を女だと思っているわけだ。
確かに、確かにお前と比べればだいぶ背も低いし、ガタイだってモヤシみたいなもんかもしれないけどよ!
「ストップ健太君。後で説明するから、今は女の子って事にしておいて」
「はあ!?」
どうしてそうなったって感じだけど、そう掌を合わせてお願いをされたら、とりあえずはオーケーするしかないか。
なんか訳ありっぽいしな。
「えーと、紹介するね。この人は健……」
俺の名前を教える途中で口を止める仁美。
……おい馬鹿やめろ、嫌な予感しかしないぞ!?
「んあ? なんつうんだ? そいつはよ」
「そ、そう! ケンナちゃん、ケンナちゃんだよ!」
ほらやっぱりっ! でも、なんでナの字をプラスしたんだ!?
そこは普通に健子とか、子の字じゃないのか!?
「へえ、ケンナか。知ってるかもしれねえが、俺様はシンヤ。この世界をあのクソったれから救った英雄の一人だぜ」
そう自己紹介をして自身を親指で指した後、ガハハと豪快に笑う熊君。
……なんか、キャラとしては割とムカつくタイプなんだけど……熊耳の愛嬌がヤバい。
「シンヤ、我々は所詮姫様のおまけですよ。あれは姫様がいなければ到底成し遂げる事は不可能だったのですから」
「テメッは本当に仁美が大好きだな。プロポーズでもしたらどうた? どうだ仁美、性格はめんどくせえけど、悪い奴じゃねえし面だってキマッてると思うぜ? お前だってそろそろ結婚を考える時期だろ?」
「シンヤさん! そういう冗談はだめだよ! それに、まだ結婚するつもりだってないよ!」
笑いながらふざけた事を言う熊に、顔を赤くしながら叫ぶ仁美。
どうもこの世界の結婚観ってのは、俺たちの知るそれとは違うみたいだな。
年齢もそうだし、そもそもトトって女だぞ?
「シンヤ、私が姫様と結婚するなどとふざけた事を言うのはやめろと言ったはずですよ。私如きが姫様の番になるなど、考えるだけで無礼な事です」
「でもお前好きだろ?」
「……それはあくまで尊敬です」
「今溜めたな? て事はやっぱり図星って事じゃねえかよ」
「……殺しますよ?」
「お? いいぜ、お前にそれが出来ればな!」
その瞬間、一気に身体が重くなった。
「——っ!?」
二人が重力を操る力を持っているとか、そういう話じゃない。ただ二人から発せられる魔力の圧によって心が潰されそうになっているんだ。
これが英雄一行の実力かっ!
「二人とも、それ以上は本気で怒るよ」
だけどそれは長く続く事はなかった。
二人が背負った武器に手を伸ばした途端、隣からそれ以上の圧が発されたからだ。
いや、それは魔力による圧じゃない。もっとこう別次元の何かだ。
その声に怒気が混ざっている事がわかった瞬間、恐怖が心を染めたんだ。
「わ、悪りぃ。そんなに怒んなよ」
「姫様の前でなんたら無礼をっ、この命をもって責任を取らせていただきます!」
さっきまでの圧を拡散させ、罰が悪そうに頭を掻くシンヤと、取り乱した様子で土下座するトト。
「だーかーらー! トト君! そういう事言っちゃダメって言ったよね!」
「ハッ! 姫様の命令に背いてしまうとはなんたる失態! やはりこの命を持って、否それでは再び命令に背く事に、ならば私はどうすれば良いんですか! 我らが姫様、どうか無能な私をお導き下さい!」
トトのそれはもはや信仰って感じだな。……それに、なんかシレッと気になる言い回しがあったような気がするけど……え?
「まあ、仕方がねえと思うぜ? 俺様は特別だからある程度は平気だけどよ、普通は仁美の神光気にひれ伏すもんだからな」
「それはそうだけど……」
困った顔をしている仁美。
仁美はただの美少女じゃない[選ばれた光]なんだ。
それは英雄として世界に選ばれた存在。さっき感じたのはそういう事なのか?
ひれ伏すのが普通。信仰するのが普通。
それなら、そんな仁美に恐怖した俺はなんなんだ?
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