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第5話 ワイバーン、待つ

 翌朝。

 今日も冒険者ギルドへ入る。


「……」


 ボボンバがいた。

 右手を振り上げて、まだ待っている。

 

 しかしそろそろギルドの風景にも馴染み始めていた。

 観葉植物みたいでいいね。


「おはようございます、佐藤さん」


 受付嬢が笑顔で迎えてくれる。


「今日受けられる依頼って——」


「その前に」


「はい」


「ボボンバさんを解除してください」


 忘れてはいなかったらしい。


「でも解除したら殴られますよね」


「さすがにもう殴らないですよ」


「やっぱり明日にしません?」


「しません。今日お願いします」


 仕方ない。

 俺がボボンバへ近づこうとした、そのときだった。


「緊急事態だ!!」


 ギルドの扉が勢いよく開いた。

 男が転がり込んでくる。


「ワイバーンだ!! ワイバーンが出た!!」


 ギルド内の空気が一変する。


「場所は!?」


「東門! こっちに向かってる!」


「数は!?」


「1体だ!」


「1体……」


 何人かが安堵する。


 しかし男は青ざめたままだった。


「通常種じゃない! でかすぎる! たぶん変異種だ!」


 ざわめきが広がった。


「推定ランクは!?」


「少なくともA……下手すりゃSだ!」


「S……!」


 冒険者たちが一斉に立ち上がる。

 俺も空気を読んで立ち上がった。


 出口へ向かう。


「佐藤さん!」


「はい?」


「逆です!!」


「俺は宿に戻ります!」


「戦ってください!!」


「Fランクですよ俺!?」


 正論だと思う。


 ワイバーン。

 しかも、Sランクらしい。よくわからないけど。


 昨日薬草を採っていた男が戦う相手ではない。


「では、失礼します!」


「待ちなさい」


 肩を掴まれた。


「……」


 聞き覚えのある声だった。

 振り返る。


「げ」


「『げ』って何よ」


 昨日の女冒険者だった。

 

 赤い髪。

 琥珀色の瞳。

 今日も腹が立つほど綺麗だった。


「……昨日ぶりですね」


「ええ」


「元気そうで」


「誰かさんのおかげで最悪の気分だけどね」


「そういえば名前聞いてませんでしたね」


「リズ」


「へえ」


「リズ・アルベルト」


「そうですか」


「名前なんてどうでもいいわ」


 リズが俺の胸ぐらを掴む。


「早くあんたも来なさい」


「いやあ、でも……」


「昨日のやつ使えばいいでしょ」


「昨日の?」


「ちょっと待つやつ」


「嫌ですよ!」


「なんでよ!」


「怖いです!」


「私には使ったじゃない!」


「リズさんは弱そうじゃないですか!」


「殺すわよ!!」

       ◇


 東門の外には、すでに大勢の冒険者が集まっていた。

 騎士団っぽい方々までいる。


「……マジか」


 遠く。

 空を巨大な影が旋回していた。


 黒い鱗。長い尾。巨大な顎。


 翼を羽ばたかせるたび、地上の草が大きく揺れる。


「ギャアアアアアアアッ!!」


 ワイバーンの咆哮に、空気が震えた。


「……帰っていい?」


「ダメ」


 リズに腕を掴まれていた。


「絶対あれ俺の担当じゃないですよ」


「私の担当でもないわよ」


「じゃあなんで来たんですか」


「冒険者だから」


 意識高いな。


「おい」


 声がした。

 振り向く。


「佐藤じゃねえか」


「……」


 田中だった。

 しかも。


「……増えてない?」


「何が?」


「女」


 昨日は2人だった。

 今日は3人いた。


 金髪の剣士。

 エルフの魔法使い。

 そして、猫耳。


「なんで猫耳まで増えてんだよ」


「昨日助けた」


「イベント進むの早すぎだろ」


「?」


 田中は本気でわかっていなかった。

 異世界に来てまだ2日だぞ。


「それより見ろよ」


 田中がワイバーンを見る。


「ちょうどいい」


「何が?」


「俺の新技を試す」


「新技?」


 田中が剣を抜いた。

 ——その瞬間。


 剣身を中心に、青白い光が集まっていく。

 地面の小石が浮き上がる。


 周囲の冒険者たちがざわついた。


「あれが《覇王剣》……!」


「すげえ魔力量だ……」


「あいつ、本当に昨日登録したばかりなのか?」


 田中が笑う。


「見てろよ、佐藤」


 剣を構える。


「これが才能の差だ」


 ワイバーンがこちらへ向かってくる。


「ギャアアアアアアア!!」


 田中が腰を落とす。

 剣に集まっていた光が、一気に膨れ上がった。


「覇王奥義——」


 おお。

 技名あるんだ。


「《天翔龍滅斬》!!」


 剣を振り抜く。

 

 ドゴオオオオオオオオオン!!


「うわっ!?」


 爆風。土煙。

 地面が抉れた。

 あたりの木が一斉に吹き飛んだ。


 衝撃だけで誰も立っていられない。


「なにこれ……」


 リズも目を見開いている。

 田中すご。


「やったか!?」


 誰かが叫んだ。

 やめろその台詞は。


 土煙が晴れていく。


「……」


「……」


「……」


「ギャアアアアアアア!!」


 ご存命だ。

 だが、ワイバーンの鱗の一部が割れている。

 血も流れている。


 効いてはいる。

 効いてはいるが。


「ギャアアアアアアアアア!!!!!!」


 めちゃくちゃ怒っていた。


「田中さん!」


「くっ……!」


 ワイバーンが大きく息を吸い込む。

 口の奥、赤い光が見えた。


「ブレスだ!!」


「防御魔法!!」


「ダメだ間に合わない!」


 騎士たちが盾を構える。

 魔法使いたちが杖を掲げる。

 田中も剣を構え直す。


「……」


 俺は1歩、後退り。


「ちょっと」


 リズが俺を見る。


「何してんの」


「そろそろ避難を」


「使いなさいよ」


「何を」


「あれよ!ちょっと待つやつ!」


 ワイバーンを指差す。


「無理ですよ」


「昨日オーク止めたでしょ!」


「オークですよ?!」


「同じ魔物じゃない!」


「サイズが違う!」


「関係ある!?」


「あるでしょ普通!」


「やってみなきゃわからないでしょ!」


 ワイバーンの口から炎が漏れる。

 まずい。


「来るぞ!!」


「全員伏せろ!!」


「……くそ!」


 俺は叫んだ。


「——ちょっと待って!!」


「ギャ——」


 止まった。


「……」


「……」


「……」


 一帯が静かになった。


 ワイバーンは空中に浮いたまま。

 翼を広げたまま。

 口を開けたまま。

 炎を吐く寸前の姿勢で、待っている。


「止まった……?」


 リズが呟いた。


「みたいですね」


 周囲を見る。

 

 全員が、俺を見ていた。

 

 ギルドマスターらしき男が近づいてくる。


「今のは……君が?」


「たぶん」


「どうやって?」


 ポカンと、僕を眺めていた。


「スキルで」


「なんというスキルだ」


 俺は黙ってステータス画面を開いた。

 見せる。


《ちょっと待って》


 効果: 相手にちょっと待ってもらえる。


「……」


 ギルドマスターが見る。


 俺を見る。


 もう一度見る。


「……これだけか?」


「これだけです」


「ランクは?」


「Fです」


「F?」


 ギルドマスターが空を見る。

 Sランク級のワイバーンが待っている。


 俺を見る。

 Fランク冒険者。


 また空を見る。


「……F?」


「Fです」


「おかしいだろ!!」


 俺に言われても困る。


「あのさ」


 リズが近づいてきた。


「その待つやつ、いつまで持続するの?」


「知らないです」


「は?」


「手に入れたばっかりですし」


「解除は?」


「できますよ。やってみましょうか?」


「やめて!! ブレスで街が壊滅する!!」


 確かに。


「佐藤」


 田中だ。

 珍しく笑っていなかった。


「お前、それ……」


「なんだよ」


「いや……」


 田中がワイバーンを見る。

 そして俺を見る。


「……」


 何も言わなかった。

 なんなんだ。


「それで」


 ギルドマスターが口を開いた。


「あれ、どうする?」


 全員がワイバーンを見る。


 街の真上。

 大きく口を開き、その奥に巨大な炎を湛えたまま。


 待っている。


「討伐するか……?」


「誰が?」


「……」


 田中を見る。


「……」


 田中が目を逸らした。


「お前さっきまであんなにやる気だったじゃん」


「状況が違うだろ」


「何が?」


「今攻撃して、待つのやめたら俺のせいになるだろ!」


「確かに」


 誰も攻撃したくなかった。

 ギルドマスターが腕を組む。


「下手に刺激すれば、待つのをやめる可能性があります」


「しかしこのままというのも……」


「じゃあ何もしないっていうのか? 街の真上にワイバーンが浮いてるんだぞ」


「でも待ってますよ」


「だからなんなんだよ、その待つって概念は……おい、佐藤とやら。待つのはいつまで続く?」


 騎士団長が俺に尋ねる。


「知りません」


「……じゃあ、過去最長は?」


「昨日からまだ待ってる人がいます」


「人?」


「はい」


 俺はギルドを指差した。


「ボボンバっていうんですけど」


「……」


 誰も何も言わなかった。


「……なるほど」


 騎士団長が、ゆっくり口を開く。


「つまり、君が解除していないにもかかわらず、ボボンバが自力で動き出した場合」


「はい」


「このスキルには、時間制限がある可能性が高い」


「そうなりますね」


「そしてボボンバは、昨日から待っている」


「はい」


「ワイバーンは、今日から待っている」


「はい」


「ならば」


 騎士団長が空を見る。


「ボボンバが動き出した翌日」


 全員が空を見る。


 ワイバーンの口内。

 巨大な炎が、今にも街へ放たれようとしている。


「……こいつも動き出す可能性がある」


「そうなります」


 長い沈黙。

 誰も喋らなかった。


「……ギルドマスター」


「ああ」


 ギルドマスターが頷いた。

 そして振り返る。


「全冒険者に通達!!」


 怒号が響いた。


「本日よりボボンバを二十四時間体制で監視する!!」


「……」


「監視員は3交代! 常時最低2名を配置しろ!」


「……」


「指1本でも動いたら、即座に鐘を鳴らせ!!」


「……」


「くしゃみ、瞬き、呼吸、その他いかなる変化も見逃すな!!」


「ギルドマスター」


「なんだ!」


「ボボンバさん、瞬きはしてます」


「では瞬きは除外だ!!」


「はい!」


 話がまとまった。


       ◇


 その日の夕方。


 ギルドへ戻ると。


「……」


 ボボンバがいた。

 朝と同じ場所。

 朝と同じ姿勢。


 ただし。


「……」


 周囲に人が増えていた。


 3人。机まで置かれている。


 冒険者の1人が、ボボンバを凝視しながら紙に何かを書いていた。


「15時42分。異常なし」


「了解」


「15時43分。異常なし」


「了解」


 なんだこれ。


「佐藤さん」


 受付嬢がやってきた。


「はい」


「監視体制、整いました」


「そうですか」


「こちらが監視記録です」


「俺に見せられても」


 紙を見る。


『13:00 異常なし』


『13:15 異常なし』


『13:30 瞬き三回』


『13:45 異常なし』


『14:00 涙』


『14:15 涙』


『14:30 涙』


「……泣いてません?」


「泣いてますね」


 ボボンバを見る。


「……」


 泣いていた。


「ボボンバ、大丈夫ですかね?」


「本人に聞いてください」


「でも喋れないのでは?」


「あなたのせいでしょう」


「……」


 窓の外を見る。


 ワイバーンがいた。


 朝と同じ場所。

 朝と同じ姿勢。


 口の奥に炎を溜めたまま。


 待っている。

 ギルドを見る。

 ボボンバも待っている。


「……」


 なんか。

 すごいことになってきたな。


「あの、佐藤さん」


 受付嬢が言った。


「はい?」


「ボボンバさんの件なんですけど」


 受付嬢が少し困った顔をする。


「もう解除できなくなっちゃいましたね……」


「……」


 ボボンバを見る。


「……」


 ボボンバも俺を見る。


「ボボンバ……」


「……」


「街のためだ」


「……!!」


 ボボンバの目から、大粒の涙が流れた。


「15時45分! 涙量増加!」


「記録しろ!!」


「了解!!」


 ギルドに怒号が飛び交う。


「……」


 こうして。


 街を守るため。


 ボボンバは解除できなくなった。


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