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第4話 女冒険者、待つ

 

 冒険者として初めて受けた依頼は、薬草採取だった。

 指定された薬草を10本。

 報酬は銅貨30枚。


 簡単な仕事だ。


「……どれだ?」


 問題が1つあった。

 薬草がわからない。


 しゃがみ込み、足元の草を1本抜く。

 依頼書に描かれた絵と見比べる。


「これか?」


 似ている。

 隣の草を見る。


「……これも似てるな」


 さらに隣。


「これもだ」


 全部同じだった。


「《鑑定》にすればよかった……」


 今さら後悔しても遅い。

 とりあえず似ているものを片っ端から袋に突っ込んでいると、


「きゃあああっ!」


 森の奥から悲鳴が聞こえた。


「……」


 女の声。

 またもやテンプレ展開だ。


 俺は立ち上がった。


       ◇


「ブモオオオオオッ!」


「くっ……!」


 木々の向こうに、巨大な影が見えた。

 

 オークだ。

 2メートルを優に超える巨体。

 丸太みたいな腕。

 手には巨大な棍棒。


 そして、その正面に1人の少女がいた。


「……」


 思わず見惚れた。


 綺麗な女だった。


 歳は俺と同じくらいだろうか。

 鮮やかな赤い髪を高い位置で束ね、長いポニーテールが腰の辺りまで流れている。

 戦闘で乱れた髪が頬に数本張りついていた。

 透き通るような白い肌。

 すっと通った鼻筋。

 薄く整った唇。

 そして、強気な印象を与える大きな琥珀色の瞳。


 顔立ちは文句なしに整っていた。


 身体は細身だったが、華奢というわけでもない。

 革製の胸当ての下には身体の柔らかな輪郭があり、細い腰からすらりと長い脚へ続いている。

 腰には細身の剣。

 太腿まで覆う革のブーツ。


 なるほど。

 これが女冒険者か。


 ただし。


「はぁ……はぁ……」


 今は泥だらけではあったが。


「ブモオオオッ!」


「っ!」


 オークが棍棒を振り上げる。


 女の顔が恐怖に染まった。

 

 まずい。


「ちょっと待って!」


 俺がそう叫ぶと、オークが止まった。


「……」


「……え?」


 棍棒を振り上げたまま、微動だにしない。


 女が呆然と見上げている。


「何……これ……?」


「大丈夫ですか?」


「……あなたがやったの?」


「まあ」


「何したの?」


「待ってもらいました」


「は?」


「とりあえず離れましょう」


 女の腕を引いて、オークから離れる。

 100メートルほど歩いてから振り返った。


「……」


 ちゃんと待ってくれている。

 便利なスキルだな。


「……嘘」


 女が呟いた。


「本当に動かない……」


「そういうスキルなんで」


「……」


 女が俺を見る。

 ここで俺は少し期待した。


 絶体絶命の中、颯爽と現れた男。

 謎の能力で強敵を無力化し、命を救われる美少女。


 これはもうさすがに——


「遅い」


「えっ?」


「あんた来るの遅いのよ!」


「……」


 違った。


「もうちょっと早かったら、こんな泥だらけにならなかったんだけど」


「知らないですよ」


「女の子が襲われてるんだから、普通もっと急ぐでしょ?」


「悲鳴聞いてから来たんです」


「ふんっ!」


 なんだこいつ。


「まあ、助かったからいいけど」


「……」


「それにしても」


 女がオークを見る。


「何よそのスキル。見たことないわね。スキル名教えなさいよ」


 またか、どうせバカにされる。

 半透明のウインドウを開き、表示された文字をそのまま女のほうへ向けた。


「……」


 女の眉がぴくりと動いた。


「ぷっ」


「……」


「《ちょっと待って》?」


「そうです」


「名前ダサすぎでしょ」


「……」


「何それ。女神様の嫌がらせ?」


「……」


「私ならそんなスキル恥ずかしくて人に言えない」


 女は俺を上から下まで見る。


「装備もしょぼいし」


「……」


「剣もない」


「……」


「顔も普通」


「関係なくない?」


「見るからにモテなさそう」


「……」


「童貞?」


「殺すぞ」


「図星なんだ」


 笑われた。

 なんなんだこいつ。

 助けるんじゃなかった。


「じゃあ俺、依頼あるんで」


「あ、待ちなさい」


「嫌です」


「街まで送って」


「嫌です」


「なんでよ」


「なんで送ってもらえると思ったんですか」


「私、美人でしょ?」


「性格で全部台無しですよ」


「は? あんた今、なんて言った?」


「性格が悪いって」


「……へえ」


 女が笑った。


「Fランクのくせに、ずいぶん偉そうね」


「なんで俺のランクを」


「そんな格好でD以上なわけないじゃない」


「……」


「どうせ昔からそうなんでしょ?」


「何がですか」


「何やっても中途半端。女にもモテない。仕事もできない」


「……」


「そのくせ、たまたま変なスキルもらっただけで、自分が強くなったと勘違いしてる」


「……」


「親も大変だったでしょうね」


「……は?」


「こんな情けない息子育てて」


「おい」


「私が親だったら恥ずかしくて外歩けないかも」


「……」


「まあ、その程度の親だから、その程度の息子ができたんでしょうけど」


「…………」


 なるほど、わかった。

 こいつは。


 1回、わからせたほうがいい。


「ちょっと待って」


「——っ」


 女の動きが止まった。


「……」


 口元には、まだ人を馬鹿にした笑みが残っている。

 俺はゆっくり近づいた。


「……」


 琥珀色の瞳だけが俺を追う。

 さっきまであれだけ好き放題言っていた女の目に、初めてわずかな焦りが浮かんだ。


「……」


 目の前に立つ。

 近くで見ると、本当に綺麗だった。


 長い睫毛。

 白い頬。

 形のいい唇。

 赤い髪から、微かに甘い香りがする。


「……!」


 視線が殺気を放っている。

 目だけで人を殺せそうだった。


 俺はしゃがみ込む。

 足元に生えていた草を一本抜いた。


「……」


 先端には、柔らかな白い穂。


「……っ」


 彼女の身体は動かない。

 けれど瞳だけは大きく揺れている。


「何をすると思います? あ、答えられないか」


 薬草の先端で、彼女の首筋を撫でる。


「……っ!!」


 首筋から、ゆっくり下へ。


「……!」


 白い肌を愛撫するように、薬草の穂先を滑らせる。

 鎖骨。その窪みに沿わせる。


「……っ」


 少女の頬が赤く染まりだす。


 反対側へ。

 鎖骨をなぞり、肩へ。

 そこから脇の近くへ穂先を滑らせる。


「……!!」


 琥珀色の瞳が、また大きく揺れた。


「ここ弱いんですね」


「……っ!」


 脇腹を、ふわり。

 もう一度。


「……!!」


 声も出せない。

 身体も捩れない。

 ただ、顔だけがどんどん赤くなっていく。


 穂をさらに下へ滑らせる。

 革の胸当ての縁。

 そのすぐ下。

 服越しに、胸元をゆっくりとなぞる。


「……っ!」


 少女の瞳が見開かれた。

 頬だけじゃなく、耳まで真っ赤になっている。


「……」


 俺を見る目が、明らかに変わった。


 怒っている。

 怯えている。

 恥ずかしがっている。


 苦悶に歪んだ目。


「人の親まで馬鹿にするから」


 穂先を離す。

 少女の瞳に、一瞬だけ安堵が浮かぶ。


「……」


 そのまま今度は、腹へ。


「……!」


 露出した柔肌を。

 細い腰の横を。

 穂先でゆっくり撫でる。


「……っ」


 脇腹。

 腹。

 中央へ。

 その下へ。

 ほんの少しずつ。


「……!」


 へその辺りで、くるりと円を描いた。


「……っ!!」


 少女の目尻に涙が浮かんだ。

 さっきまでの尊大な態度は完全に消えていた。


「反省しました?」


「……」


「……」


 少女が必死にこちらを睨んでいる。


 さすがにやりすぎたか。

 俺は草を離した。


「じゃあ、解除します」


「……」


「もういいですよ」


 解除すると、少女は地面にへたり込む。


「っ、この——!!」


 真っ赤な顔で剣を抜いて叫ぶ。


「変態!! 最低!! クズ!! 死ね!!」


「ちょっと待って」


 止まった。


「……」


「……」


 彼女の胸へ、手を伸ばす。


「……」


 少女の目が見開かれる。

 瞳孔がふるふると揺れている。

 今度は明確に怯えていた。


「冗談です。もういいですよ」


「……!」


 ものすごい目で睨まれた。


 俺はそのまま薬草採取へ戻った。

 殺気を背中に受けながら。


       ◇


「薬草10本。確かに確認しました」


 受付嬢が袋の中身を確認する。


「依頼達成です。こちらが報酬の銅貨30枚になります」


「ありがとうございます」


 初報酬。

 手のひらに載った銅貨を見る。


「……」


 嬉しい。

 ようやく俺の異世界生活も始まった気がする。

 銅貨を革袋へしまう。

 そのとき。

 視界の端に何かが見えた。


「……」


 ボボンバである。


 ボボンバは、まだ待っていた。

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