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第3話 ボボンバ、待つ

 異世界に転生して、約4時間。


 俺はようやく街にたどり着いた。


「おお……」


 高い城壁。

 石造りの建物。

 行き交う馬車。

 腰に剣を下げた冒険者。

 露店から漂ってくる肉の焼ける匂い。


「異世界だ……」


 呟きながら歩いていると——

 

「止まれ」


 門番に呼び止められた。


「身分証を」


「ないです」


「では入街税、銀貨1枚だ」


「銀貨?」


「1枚だ」


「……」


 革袋を見る。

 女神からもらったやつだ。

 なるほど、これを使えばいいのか。


 開ける。


「……」


 何も入っていなかった。

 なんのための革袋だよこれ。

 

「ないです」


「なら入れん」

 

 女神。

 初期資金くらい寄越せ。


「銀貨1枚だ。それがなければ入れん」


「いや、でも俺、転生してきたばかりで」


「知らん」


「そこをなんとか」


「ならん」


「……」


 詰んだ。

 異世界生活詰んだ。

 ゴブリンには勝ったけど、税金には勝てんかった。


「どうしたんだ?」


 後ろから声がした。

 振り返る。


「あ」


「佐藤じゃん」


 田中だった。

 最悪だ。


 しかも横には女が2人いた。

 1人は金髪の女剣士。

 もう1人は耳の尖ったエルフ。


 早い。

 まだ4時間だぞ。


「お前、まだ街入ってなかったの?」


「金がない」


「ぶはっ!」


 笑うな。


「しょうがねえなあ」


 田中が銀貨を1枚投げた。


「ほら」


「……ありがとう」


「高校んときもよくジュース奢ってやったよな」


 俺の財布から金を取って買ってたけどな。


「じゃ、俺ギルド行くから」


 田中は女2人を連れて街へ入っていった。


「翔様、早く行きましょう!」


「ふふ、慌てるなって」


 もう翔様って呼ばれてる。

 なんなんだあいつ。


 俺も銀貨を払って街へ入った。


       ◇


 まず金が必要だった。


 そして異世界で金を稼ぐ場所といえば、1つしか知らない。


 冒険者ギルド。


「ここか」


 看板に剣と盾のマーク。


 間違いない。

 扉を開ける。

 

 中は騒がしかった。

 鎧を着た男。

 ローブ姿の魔法使い。

 昼間から酒を飲んでいるおっさん。


 奥には依頼書らしき紙がびっしり貼られている。


 そして受付には——


「いらっしゃいませ!」


 美人受付嬢がいた。

 本当にいるんだ。


「冒険者登録でしょうか?」


「はい」


「では、こちらにお名前を」


 紙とペンを渡される。

 順番に空欄を埋めていく。


 名前。

 年齢。

 職業。

 スキル。


 手が止まった。


「……」


「どうされました?」


「スキルって書かないとダメですか?」


「はい、お願いします」


「そうですか……」


 じゃあ仕方ない。

 書いた。


 《ちょっと待って》


 受付嬢が紙を見る。


「……」


 俺を見る。

 紙を見る。


 もう一度、俺を見る。


「こちらは……?」


「スキルです」


「ちょっと待って、という名前の?」


「はい」


「どのような効果が?」


「相手にちょっと待ってもらえます」


「……」


「……」


「かっこいいですね!」


「絶対思ってないでしょ」


 受付嬢は笑顔を崩さなかった。


「では、適性確認を行います。こちらの水晶に手を置いてください」


「はい」


 水晶に触れる。


 淡く光った。


 受付嬢が結果を確認する。


「筋力、3」


「魔力、1」


「敏捷、2」


「耐久、1」


「幸運、0」


「低すぎない?」


「一般成人男性の平均が10です」


「俺は赤ん坊か何かですか」


「総合評価は……Fランクですね」


「でしょうね」


 予想通りだった。


「ちなみにFランク冒険者の死亡率は80%と言われてます」


「なんでわざわざ言ったんですか」


 そのときだった。


「おい」


 背後から声。

 またこの展開かよ。


 でも今回は嫌な予感がする。


 振り返る。

 でかい男がいた。


 スキンヘッドで筋肉ダルマ。

 頬には切り傷、そして酒。

 両脇に侍らせた女。


 満貫だ。


「さっきから聞いてりゃ、ずいぶん面白えスキルじゃねえか」


 チンピラ冒険者だ。

 テンプレに忠実すぎないか?


「《ちょっと待って》だぁ?」


 男が笑う。

 周囲の仲間も笑った。


「そんなスキルで冒険者になろうってのか?」


「魔物に待ってくださーいってお願いすんのか?」


「ぎゃはははは!」


 爆笑された。

 至極真っ当な意見だ。

 とはいえ腹は立つ。


「おい新人。冒険者の厳しさってもんを教えてやるよ」


 男が立ち上がった。


 でかい。

 近くで見るともっとでかい。


「俺の名はボボンバ。《爆砕》のボボンバと言えば、この街じゃ知らねえ奴はいねえ」


「ボボンバ……」


「なんだ」


「いや、なんでもないです」


 なんて安直な名前なんだ。


「表出ろ」


 ボンバーマンは俺に迫る。


「嫌です」


「あ?」


「い、嫌です」


「てめえ……」


 男が俺の胸ぐらを掴もうとする。


 怖い、めっちゃ怖い。

 俺は反射的に口にしてしまった。


「ちょっと待って」


 男が止まった。


「……」


 右手を振り上げた姿勢のまま。


「……」


 ギルドは静かになった。


「え?」


 誰かが呟く。

 男は動かない。


「ボボンバ?」


 仲間が声をかけたが、反応はなかった。


 いや。


 目だけ動いた。

 俺を見ている。

 ゴブリンの時と同じだ。


「……」


「……」


 気まず。

 俺は受付嬢を見る。


「登録、終わりですか?」


「え?」


「冒険者登録」


「あ、はい。こちらがギルドカードです」


「ありがとうございます」


「では」


「え?」


「失礼します」


 俺はギルドを出た。


「あ、すみません行かないでください!」


 受付嬢が追いかけてくる。


「はい?」


「あの方は!?」


「待ってもらってます」


「いつまで!?」


「……」


 考えてなかった。


「まあ、ちょっとです」


「ちょっとってどれくらいですか!?」


「わかんないすね……ちょっとは……ちょっとじゃないですか?」


 困った。

 スキルの持続時間なんて女神から聞いていない。


「ボボンバさんを元に戻してあげてください!」


「……」


 スキルの解除方法もあんまよく分からないんだけど。


 とりあえずギルドへ戻る。

 ボボンバはまだ同じ姿勢だった。


「あの」


「……」


「もういいですよ」


 すると、ボボンバが動いた。

 途端、振り下ろされる鉄拳。


「殺す!!」


「ちょっ、待って」


 慌てて止める。


「……」


「……」


 なるほど。解除するとボボンバに殺される。

 俺は受付嬢を見る。


「無理ですね」


「何がですか!?」


「解除」


「してください!」


「したら殺されます」


「そこは私たちが止めますから!」


「本当に?」


「もちろんです!」


「じゃあ……」


 ボボンバを見る。

 ものすごい目で俺を睨んでいる。


「やっぱ怖いので、このままで」


「困ります!」


「俺も困ってます!」


「解除してください!」


「殺されるんですよ!?」


「ギルドの営業に支障が出ます!」


「もう死ぬの嫌ですから!」


「ボボンバさんはどうするんですか!」


「……」


 俺は考えた。


「テーブルの横に置いときましょう」


「家具じゃないんですよ!?」


 結局、解除はしなかった。


       ◇


 翌朝。


 俺は依頼を受けるため、再び冒険者ギルドを訪れた。


「おはようございます」


「おはようございます……」


 受付嬢が疲れた顔で挨拶する。


「何か簡単な依頼あります?」


「薬草採取などでしたら——」


「ありがとうございます」


 依頼書を受け取る。

 ふと酒場のほうを見る。


「……」


 ボボンバがいた。

 昨日と同じ姿勢で。


「あれ?」


「……」


「まだいるんですか?」


「あなたが置いていったんでしょうが」


「彼は帰らなかったんですか?」


「帰れると思いますか?」


 確かに。スキルがまだ持続していたのか。

 というか、ちょっとって、意外と長いんだな。

 数時間で解除されるのかと思ってた。

 まさか、一晩も待っているとは……。


 食事とか大丈夫なのか?

 そう思い、受付嬢に聞いてみると食い気味で答えが返ってきた。


「何も食べられていません」


「トイレは?」


「行けてません」

 

「睡眠は?」


「目が開きっぱです」


「……」


「……」


「大丈夫なんですか?」


「それはあなたに聞きたいですよ」


 ボボンバを見る。


 目が合った。


 泣いていた。


「……」


 俺は静かに目を逸らした。


「薬草、採ってきます」


「逃げないでください!」


 こうして。


 俺は冒険者になった。


 そしてギルドには1つ、新しい問題が増えた。


 待機中のボボンバである。


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