第2話 ゴブリン、待つ
「そういう意味じゃない!」
女神は微動だにしない。
「女神様?」
返事はない。
「もしもし?」
顔の前で手を振ってみる。
反応なし。
本当に待っている。
俺は目の前に浮かぶ文字を見た。
《ちょっと待って》
効果: 相手に、ちょっと待ってもらえる
「いらねえ……」
剣聖がよかった。
せめて大賢者。
いや、アイテムボックスでもいい。
なんだよ、ちょっと待って、って。
「……あの」
女神は待っている。
「もういいですよ」
「はい」
「うわっ!」
動いた。
「それでは転生手続きを続けますね」
「いや待ってください!」
「はい」
止まった。
「…………」
「…………」
「もういいです」
「はい」
動いた。
めんどくせえ……。
「あの、他のスキルに変更とか……」
「できません」
「そこをなんとか」
「できません」
「一生のお願いです」
「もう死んでます」
「お願いします!」
「次の方がお待ちですので」
「俺も待ってもらうことしかできないんですけど!?」
女神は俺を無視して、金色の扉を開いた。
眩しい光が溢れ出す。
「それでは、第二の人生をお楽しみください」
「いや、まだ話が——」
背中を押された。
「ちょっ——」
視界が真っ白になった。
◇
草原だった。
「……マジか」
風が吹いている。
遠くには巨大な山脈。
空には見たこともないほど大きな鳥が飛んでいる。
腰には革袋。
服装もいつの間にか変わっていた。
「異世界……」
本当に来てしまった。
「うおおおおおお!!」
突然、近くから叫び声が聞こえた。
見ると、田中だった。
「《覇王剣》!!」
ドゴオオオオオオン!!
大地が割れた。
「……」
数十メートル先の岩が粉々に吹き飛ぶ。
「すっげえええええ!!」
「田中さん強すぎ!」
「これがチートスキル……!」
周囲の転生者たちが歓声を上げる。
田中が俺に気づいた。
「おーい、佐藤!」
来るな。
「見たか!?」
「見た」
「で、お前は?」
「え?」
「スキルだよ」
田中がニヤニヤしている。
「何選んだ?」
「……」
言いたくない。
というか、口に出さない方がいい。
俺は目の前に手をかざした。
「スキル」
半透明のウインドウが開く。
そこに表示された文字を、そのまま田中のほうへ向けた。
《ちょっと待って》
効果: 相手にちょっと待ってもらえる
「…………ぶはははははははは!!」
腹を抱えた。
「お前、異世界来てもそれかよ!」
うるさい。
「何だよそのスキル! 誰に何を待ってもらうんだよ!」
「知らねえよ」
「やべえ! 俺、剣振っただけで岩山吹き飛ばしたのに!」
「よかったな」
「お前は!?」
「ちょっと待ってもらえる」
「ぶははははは!」
殺したい。
けどできない。
「まあ頑張れよ!」
田中は俺の肩を叩き、他の転生者たちと歩いていった。
「……」
帰りたい。
「とりあえず……町か」
遠くに城壁らしきものが見える。
1人で歩くことにした。
◇
30分ほど歩いた。
「遠いな……」
全然近づかない。
異世界転生したら、普通こういうとき馬車とか来るんじゃないのか。
美少女が乗ってるやつ。
盗賊に襲われてたりして。
それを助けて。
実は王女だったりして。
なーんて。
「……ないな」
何もないわ。
見渡す限り、草。
草と草。
たまに石。
ロマンスのかけらもないわ。
「ギャッ」
「ん?」
声がして振り返る。
緑色の小さな何かが立っていた。
「……」
「ギャッ」
「……ゴブリン?」
「ギャアアアアア!!」
ゴブリンが走ってきた。
「うわああああああ!!」
何あれめちゃくちゃ怖い!
ゴブリンってもっと雑魚じゃないのか?!
普通に包丁みたいな刃物を持っているし。
無理だ。
刺されたら死ぬ。
「ギャアアア!!」
速い。
距離が縮まる。
「くそっ!」
何かないのか。
武器。
魔法。
スキル。
俺のスキル。
「……」
いや。ある。
ある、けど……。
「ギャアアアア!!」
「ちょ、ちょっと待って!」
「……」
「……」
ゴブリンが止まった。
短剣を振り上げたまま、立っている。
「え?」
「……」
「待ってる?」
「……」
一歩、近づいてみる。
動かない。
「……」
右に動く。
ゴブリンの目だけが俺を追う。
「……」
左に動く。
目だけついてくる。
「怖っ」
でも襲ってこない。
俺はゴブリンの横を通った。
「……」
何もしてこない。
そのまま10メートルほど歩く。
振り返る。
ゴブリンはまだ待っていた。
「……」
さらに歩く。
まだ待っている。
「…………」
もしかしてこのスキル。
「便利じゃね?」
俺は町へ向かった。
ゴブリンはまだ待っていた。
◇
4時間後。
「やっと着いた……」
城門が見えてきた。
どうやら本当に町らしい。
俺は安堵して、ふと思い出した。
「あ」
ゴブリン。
解除するの、忘れてたな。
「……」
まあいいか。
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