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第1話 女神、待つ

 死ぬときは走馬灯を見ると聞いていた。


 嘘だった。

 

「危な——」


 ドンッ!!


 享年24歳。

 彼女に振られて3日目。

 株式会社ネクストソリューションズ勤務、営業部所属。


 死因、交通事故。


 我ながら、あまりにも面白みのない人生だった。


       ◇


「私は女神です。あなたは死にました」


「はい」


 白い空間だった。

 どこまでも真っ白で、床も壁も天井もない。

 そんな場所の真ん中に、俺は立っている。

 そして俺の正面には、やたらと顔の整った女がいた。


 長い金髪。

 白いドレス。

 頭上には光の輪っか。


 たぶん女神だろう。

 いや、そういえばさっき、自分で女神とわざわざ名乗っていた。


「佐藤悠真さん。24歳。会社員」


「はい」


「月の平均残業時間、87時間」


「はい」


「趣味、特になし」


「……はい」


「特技、特になし」


「……はい」


「彼女には3日前に振られた、と」


「必要ですか、その情報?」


「ふふっ」


「笑いました?」


「笑ってません」


「いや今笑ったでしょ」


「神は人間を笑いません」


「じゃあなんで口元隠したんですか」


 死んでまで女に笑われている。

 最悪だった。


「ちなみに、別れた理由は?」


「関係あります?」


「転生手続きに必要です」


「絶対嘘だろ」


 女神がこちらを見る。

 めちゃくちゃ聞きたそうだった。


「……優柔不断なところが嫌だったそうです」


「具体的には?」


「夕飯を決めるのに1時間かけたり」


「長い」


「旅行先を決めるのに3ヶ月かけたり」


「長い」


「告白するまで5年半かかったり」


「よく待ってくれましたね」


「まあすぐ振られたんですけど」


「ふひひっ」


「おい」


 女神が咳払いする。


「まあ、死んだことですし」


「切り替え早くない?」


 女神は俺を無視して、パン、と手を叩いた。


「それでは佐藤悠真さん。あなたにはこれから、異世界《アルカディア》へ転生していただきます」


「異世界?」


「はい」


 女神が指を鳴らす。


 すると何もなかった空間に、巨大な扉が現れた。


 重厚な金色の扉。


「転生にあたり、あなたには1つだけ特別なスキルが与えられます」


 スキル。聞いたことがある。

 異世界転生。

 剣と魔法。

 無双。


 俺は生前、そういう小説を読んでいたわけではない。

 だが、会社の後輩が昼休みにずっと読んでいたのでなんとなく知っていた。


「ちなみに、あなた以外にも転生者がいますよ」


「え?」


 女神が横を指差した。


 そこで初めて気づいた。


 少し離れた場所に、大勢の人間がいる。


 高校生。

 大学生。

 スーツ姿の男。

 主婦っぽい女性。

 老人までいる。


 ざっと30人。


「多くないですか?」


「本日は混み合っております」


「死後の世界に混むとかあるんだ」


 すると、人混みの中から声がした。


「……あれ?」


 嫌な声だった。


「もしかして、佐藤?」


 できれば、二度と聞きたくなかった。


 1人の男がこちらへ歩いてくる。


 茶髪。背が高い。妙に自信に満ちた顔。


「うわ、やっぱ佐藤じゃん!」


「……田中」


 田中翔。


 高校時代の同級生。


 そして俺を3年間いじめていた男だった。


「マジかよ! お前も死んだの!?」


「……まあ」


「何で?」


「トラックに轢かれた」


「ぶはっ!」


 田中が吹き出した。


「トラック!?」


「……」


「お前、死に方まで地味だな!」


 死に方に派手も地味もあるのか。


「俺なんてバイクで事故ってさー。時速160キロ!」


「……」


「反応わりーな」


「あっ、いや、あの、ごめん」


 反射的に目を逸らす。


 高校を卒業して6年。

 それでも身体は覚えているらしい。


 田中は昔からこうだった。


 人の肩を勝手に組む。

 人の物を勝手に使う。

 人を馬鹿にして笑う。


 そして、本人だけはそれを、仲がいいと思っている。


「で、お前、スキル何にした?」


「まだ」


「は?」


「まだ決めてない」


 田中が腹を抱えた。


「出たよ!」


「……何が」


「お前のそれ!」


「それ?」


「優柔不断!」


 また言われた。死後の世界でも言われなきゃいけないのか。


「まだ決めてねえのかよ! 俺なんて即決だったぞ?」


「何にしたんだよ」


 田中がニヤリと笑う。


「《覇王剣》」


「……へえ」


「全武器適性MAX。剣技補正500パー。さらに敵倒すたびにステータス上昇」


「強そうだね」


「だろ?」


 田中が俺の肩を叩く。


「まあ、お前は昔から何やらせてもダメだったしな」


 バシバシと叩いてくる。


「せめて異世界では頑張れよ?」


「……」


 笑いながら田中は去っていった。


 うざい。

 死んでもうざい。

 なんでこいつまで転生すんだ地獄行けよ。


「お知り合いですか?」


 女神が尋ねる。


「一番会いたくなかった他人です」


「へー。それはさておき——」

 

「興味ないのになんで聞いたんですか?」


 女神が再び指を鳴らした。


 俺の目の前に、半透明の板が現れる。


 そこには文字が並んでいた。


《剣聖》


《大賢者》


《無限魔力》


《全属性適性》


《神速》


《鑑定》


《アイテムボックス》


《絶対防御》


《即死魔法》


 ……


 など他にもたくさん。


「この中から1つ選んでください」


「……」


 すごい。なんだこれ。

 めっちゃかっこいいし超強そうだ。


「1つ?」


「1つです」


「あとから変更は?」


「できません」


「あとから追加は?」


「できません」


「やり直しは?」


「できませんよ。早く選んでください」


 俺は一覧を見る。


《剣聖》。


 いや待て。

 剣が手に入らなかったらどうする?


《大賢者》。


 魔法が強いのは便利そうだ。

 でも魔力切れとかあるんじゃないか?


《無限魔力》。


 じゃあこれか。

 いや、魔法を覚えられなかったら無限にあっても意味がない。


《絶対防御》も捨てがたい。


 死なないという意味では最強だ。

 でも攻撃手段がない。


《即死魔法》?


 これが一番強いのでは?

 でもボスには効かない、なんてことよくあるよな。


「……」


「佐藤さん?」


「……」


「佐藤さん」


「はい」


「10分経ってます」


「すみません」


 決められない。

 これからの人生を左右するのだ。

 当たり前だろ。


「ちなみに人気なのは?」


「《剣聖》ですね」


「なるほど……」


 じゃあ剣聖か?

 いや待て。

 人気ということは被る。

 だったら希少性を考えて——


「20分経ちました」


「もうちょっとだけ」


「後ろ、つかえてます」


 振り返る。

 30人くらいが俺を見ていた。


「すみません……」


 早く決めないと。


 剣聖。


 大賢者。


 無限魔力。


 絶対防御。


 即死魔法。


 いや。


 でも。


 もし。


 待て。


 考えろ。


「佐藤さん」


「はい」


「そろそろお願いします」


「いや、でも……」


「後ろ、つかえてますから」


「わかってます」


「では選んでください」


「だから今考えてて」


「どれにします?」


「いや……」


「佐藤さん」


「あーもう!」


 急かされて、頭がぐちゃぐちゃになる。

 俺は反射的に言った。


「ちょっと待って!」


「……」


「……」


 女神が止まった。


「え?」


 返事がない。


「女神?」


 女神は微笑んだまま動かない。


「……え?」


 瞬きすらしない。

 嫌な予感がした。


 目の前に浮かんでいたスキル一覧が消える。

 代わりに、新しい文字が浮かび上がった。


 ——固有スキルが確定しました。


「は?」


 《ちょっと待って》


「…………は?」


 効果: 相手に、ちょっと待ってもらえる』


「いや」


 俺は女神を見る。


「ちょっと待って」


『効果なし。既に女神は待っている』


「そういう意味じゃない!」


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