外伝 イェルギルスの遺言状 / 序 死人の語り
燦々たる日輪の御車を駆る聖天帝が中天に御座しても、神聖ネーヤ王国の都に活気はありませんでした。国葬の期間が過ぎて幾日も経つというのに、戒厳令はいまだ解かれておりません。巷では真偽も定かでない噂が飛び交っていましたが、不穏な空気の残る折、誰もが我が身を案じ、町の静寂を破ろうとはしなかったのです。
神聖ネーヤ王国第二朝を開いた名君、ライン・ネーヤの霊柩は、四日前、ごく一部の高官だけが見守る中で静かに宮中を離れました。先帝の遺骸をワイバーン族の居留地で火葬するため、葬列は南西へ向かったのです。
ワイバーンのもとで葬ることについては、宮廷でも一族の間でも激しい議論がありました。それでも、生前の皇帝たっての願いであったことが重んじられ、全国に戒厳令が敷かれる中、霊柩は黙々と居留地へ運ばれていました。
戒厳令を敷くのはなにも食屍鬼など、魔属どもの襲撃を防ぐためだけのものではありません。太古の神々が旅立った地とされるここネーヤ半島では、魔属以外にも人々の生活を脅かす力を持つ種族は多数存在しています。太古の神々の写し身といわれるエルフも、神々に敵対した末に魔力も麗しい外貌も奪われたオーガも、また他の地域では人に友好的であったはずのドワーフやピクシーでさえもが、かつてはバーサーカーのような振る舞いを見せました。ネーヤの地に足を踏み入れた種族のいずれもが、魂の狂いを誘う悪意の力に呪われていたのです。人もその例に漏れず刃を振り上げていましたが、神々に匹敵するほどの怪力か、自然をも左右する呪法を誇る相手では、どんなに訓練された勇猛な騎士でも抗う術を持ちませんでしたのです。城砦が一つ丸ごと破壊されてしまった事態も、しばしば見られたといいます。
数ある亜人種の中でも最も恐れられていたのは、ドラゴンを召喚する秘術の数々を自由に操るワイバーンの一族でした。
ワイバーン族はその名のとおり、ドラゴンの血を引く飛竜の末裔を指します。彼らの体の大きさや形こそが人との大差がみられないものの、全身に赤褐色をした鎧のような鱗に覆われています。鱗は硬く、ドワーフが精錬するミスリルの武装でさえ彼らに傷を与えられません。その上、ドラゴンの血統は彼らに生命力に劣らぬ戦力をも与えたのです。北方大陸からやってきた闇の眷属たちはかつてワイバーンの調伏を試みましたが、赤褐色の鎧を纏う戦士たちの力は凄絶なものでした。その場にいた闇の従者七十体のうち、死を逃れた者はただの一体もいなかったといいます。
もしもワイバーンに襲われたら、と想像するだけでも身がすくみますが、幸いにも古くからネーヤの地に住む彼らは他の種族のように、人を襲ったり、人を食らったりはしなかったのです。古き最強種の血を持つ彼らには、血の狂乱に支配されない特異な技術を備えていました。
しかし、そうと分かってからも、人々は彼らを頑なに拒み続けました。ワイバーンの、ドラゴンの伝承者の誇りに気圧されたこともあるのでしょう。だがそれ以上に人間にとって、ワイバーンという種自体が許容し難い存在だったのです。
ワイバーンの祖先は、「千年龍=サウザンドドラゴン」と呼ばれる、ドラゴンの中でも最も「原初の龍」の血筋に近い種族でありました。限りなく純粋な血統はサウザンドドラゴンたちに高い知性、無限の破壊力、そして神をも恐れぬ気高さを与えたのです。
おおよその生き物がまだ空に漂う塵ほどでしかなかった時代に、サウザンドドラゴンは大地の覇権を得るべく太古の神々に戦いを挑みました。いかに神といえどサウザンドドラゴンには敵わず、永遠の命も、不滅の魂も、ドラゴンたちの牙の前では意味を成しませんでした。
永遠に思えた神々の支配がこれほどあっけなく覆されるとは、誰か想像できたのでしょうか。初めはドラゴンを蔑視した太古の神々も、気づいた頃には、数えるほどの神しか残っておりませんでした。もはやサウザンドドラゴンと渡り合えるものはいなかったのです。
最後まで大地に残った四柱の神はついに大地をドラゴンに委ね、真の楽園を目指して去ります。これが「天空への旅立ち」です。去り際にあるものは活力、あるものは命、あるものは姿形を、またあるものは万物に安らぎを約束したので、生き物たちにも文明が生まれました。
そして最も早い段階で文明を築き、数を増やした生き物が、ドラゴンに次ぐ支配者―人だったのです。
人は活力の神を「聖天帝」、命の神を「貴皇神」、形の神を「異界王」、安らぎの神を「蒼光神」と奉じ、併せて「四大神」と崇めました。
中でも安らぎを司る蒼光神は国の境を問わず、広く信仰を集めましたが、年代が下るにつれ、神々の叡智であるべき教義はいつしか人々の望む方向に傾いてしまったのです。
「世界に紛争が絶えないのは神々の大地を占領した亜人種のせいだ。」
亜人差別を公然と語る蒼光神教団に数多くの領主が追従しました。領地拡大の絶好な機会だったのです。
蒼光神の信仰が特に厚かったネーヤ地方にあって、ワイバーンたちを排斥する差別から排除の虐殺へエスカレートするまでにはさほどの時間を要しませんでした。
魔王の近臣でさえ攻めあぐねたワイバーンの戦士を捕らえ、処刑する光景はネーヤの領内のあっちこっちで見られるようになりました。全身の鱗はミスリルに耐えうる屈強なワイバーンでしたが、両眼や口内、そして生殖器の周辺には無敵の鎧を備えていなかったのです。人間は徹底してその弱点を攻めました。眼球をえぐり、口や生殖器からワイバーンを串刺しにし、街のど真ん中にさらすやり方が流行りました。
ワイバーンが人を「滅びを喜ぶ蛮族」と呼び、忌み嫌うようになったのも、この時からだといいます。
人の命はたやすく奪えた屈強な種族でしたが、数と繁殖力では到底人には敵わないワイバーンたちはついに滅亡寸前まで追い込まれてしまいます。
若輩のワイバーンは決してこの時のことを語ろうとしません。竜の血族たる誇りが踏みにじられた事実を認めるわけにはいきませんでした。ただ一部の、当時を生き延びた古老たちの間では「灰色の日々」という言葉で語られていました。
そんな彼らに大きな転機が訪れたのは、神聖ネーヤ王国20代皇帝の崩御がきっかけでした。帝位の後継者を巡る争いはやがて全国的な内乱に及び、もともと連邦制の色が濃厚だった王国は一気に瓦解していきました。ワイバーンたちが追い込まれた居留地近くの城砦も独立を果たしてクラウディア公国と称し、公王のアリア・クラウディアは、当時王国第4王子であらせられましたライン大公を国内に迎えたのです。
天賦の才を遺憾なく発揮したライン大公の下ついにワイバーン族は結束し、一族の再興を果します。彼らは生き延び、ネーヤ災いの根源、魔都フロズパレスの殲滅にも尽力しました。ライン大公が帝位に即いたのちにおかれましても、クラウディア公国の反乱鎮圧やそのほか数々の活躍を見せました。ライン帝も終始親竜派の立場を貫き、即位の翌年にはワイバーンの娘を皇后に迎えて国中を驚かせています。
前王朝の領主階級が朝廷の高位を占める中、国の礎たる軍隊の指揮権は常にワイバーンの長に委ねられていたほど、ライン帝と彼らのつながりは親密なものでありました。
建国皇帝ライン・ネーヤが崩御した知らせは五日遅れて皇后に届けられました。皇后は悲哀のあまりその日のうちに殉死したといいます。それでもドラゴンの血をうけた皇太子は、国葬に席を連ねることが許されませんでした。
貴族の間で、先帝の死因を硫黄の急性中毒と断定する者がいたのです。
ドラゴン同様、ワイバーンの体にも極めて純粋な魔力を含有すると同時に、濃度の高い硫黄と水銀も含まれていました。魔力は血にしか含まれませんが、硫黄と水銀は体液全体に流れていました。接触だけで人々を死に至りしめるに足る量の毒素が、彼らの常時呼吸の際に排出されていたのです。
三十五歳の誕生日を一ヶ月先に控えるライン帝は日ごろ並みの将軍でも歯が立たないほど強健であり、亡骸にも外傷はまったくみられていません。その上、遺体が発見されたのは後宮にある皇帝私用の書斎で、ほかの女官は蒼光神の祭典に参加していたため、事実上帝のそばに居られたのは皇后だけでした。
魔王の都、フロズパレスを滅ぼしてからの十年は比較的平穏で、亜人種との目立った衝突もほとんどありません。とはいえ前王朝の安定と比べればなお乱世と認識せざるをえないといえましょう。国政を司る重臣の一部は、ワイバーンの台頭に全ての原因があると考えていました。「斥竜派」と呼ばれる人々です。
皇帝の死を好機と感じたのでしょう。斥竜派の間では、早くも「ワイバーンの妃による謀殺」が騒がれていました。連日のように緊急閣議が催され、国家の興亡よりも死の真相に重点が置かれました。親竜派が伝統に則って皇太子の即位を進めるも、斥竜派は先帝の急死が究明されるまで協議制の適用を頑として譲りませんでした。
政争は宵霧のように朝野全体に広がり、亡きライン皇帝までも安らぎを得られずにいます。
昨日皇帝の霊柩を運んでいた中隊に伝令官がおとずれました。柩を西に移送させゲート魔呪大習院で検死を依頼するようにと、中央執政官連名の密令を伝えるために訪れたのです。別段、検視官が勤める医療所は王都と居留地の間に幾ヶ所も設けられておりますが、わざわざ道を逸らしてまで大習院を指定するからには、なにやら内々の事情を感じてなりません。
同じ時に、伝令は二か所に向かわれていました。一封はゲート魔呪大習院と、もう一封の令書はネーヤの中腹に設けられましたワイバーンの村落に届けられていました。
いずれの命令も、ワイバーンの長が握る軍権を脅かすものでした。




