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外伝2 草原の小クラウディア

 クラウディア動乱から十五年。


 ネーヤ半島では、領主ライン・ネーヤが動乱の終結を宣言して以来、かつての王政に代わり、王と共和国政府が並び立つ新たな統治体制が敷かれていた。


 国家再建の中心にいたのは、旧動乱のさなか、外交官として諸外国との交渉に奔走し、弱体化したネーヤを守り抜いた政治家、セト・バスジェナーレである。


 主席大臣となったセトのもと、国は長い戦乱の傷を癒やし、着実に復興の道を歩んでいた。


          ◆


 クラウディア平原の片隅に、レーヴェという小さな村があった。


 牧畜と農耕によって暮らしを立てる、国境に近い鄙びた村である。そのさらに外れに、母親と二人で暮らす一人の少女がいた。


 名はリノ。


 剣術と馬術を得意とする、快活な少女だった。


 遠い都会の暮らしに憧れを抱きながらも、草原を馬で駆け、村人たちと笑い合う日々を愛している。どこにでもいる、ごく普通の少女であった。


 だが、ある日、その運命は一変する。


 武装した謎の集団が、突如としてレーヴェを襲撃したのである。


 リノは幼馴染の少年オラフとともに辛うじて難を逃れたが、混乱の中で母親と離れ離れになってしまう。


 二人は母の友人である魔呪學の最高権威の一人・ソフィアを頼り、隣国ゲート共和国へ向かうことを決意する。


          ◆


 その頃、ネーヤの王都でも、国の行方を揺るがす事件が起きていた。


 国王ライン・ネーヤの突然の死である。


 嫌竜派を率いる軍元帥シュミットは、ラインの妻であるワイバーン族の少女ローウェンに疑いを向けた。


 一方、蒼光神教団の司祭ヨハンは、王の死を嫌竜派による陰謀だと主張する。


 だが、ヨハンはローウェンの義兄でもあった。


 ワイバーンの血を引く彼の言葉は、嫌竜派から身内を庇うためのものと見なされ、政治的な説得力を持ち得なかった。


 ヨハンが頼ることのできる相手は、同じく好竜派であり、かつて戦場をともにした軍元帥ミシェル・ハルフォードだけであった。


 ラインの死因を確かめるため、先の動乱で人類に味方したエルフ族の長老ルルトが、王の遺体をゲート魔呪大習院へ運ぶことになる。


 いずれの派閥にも属さず、中立を貫く彼女に、真相の究明が託されたのである。


          ◆


 だが、リノたちが向かうゲート共和国でも、すでに別の陰謀が動き始めていた。


 大習院では、ソフィアの弟子である少女セフィリアが魔導学を学んでいた。


 彼女は、オラフの双子の妹である。


 ある日、セフィリアは、上位魔導師バルティア・ド・バルダスが研究していた永久機関を破壊したという疑いをかけられる。


 バルティアは以前からソフィアを敵視しており、セフィリアにかけられた容疑もまた、彼の仕組んだものだった。


 弟子の監督責任を問われたソフィアは下野する。


 しかし、バルティアの陰謀を見抜いていたソフィアには、ひとつの気がかりがあった。


 ひょんなことからセフィリアの手に渡っていた一冊の禁呪書である。


 バルティアの本当の狙いは、永久機関の破壊ではない。


 禁呪書を奪うために、セフィリアを陥れたのではないか。


 ソフィアはそう疑っていた。


          ◆


 ゲート共和国へ辿り着いたリノとオラフは、追われる身となったセフィリアと再会する。


 だが、彼女から聞かされたのは、師ソフィアと自分に降りかかった陰謀の一部始終であった。


 セフィリアは、手元にあった禁呪書をリノたちに託す。


 その直後、彼女は大習院の関係者によって捕らえられてしまう。


 やがてリノとオラフは、蟄居中のソフィアと再会する。


 ソフィアはバルティアとの会話から、禁呪書がセフィリアの手に渡っていた事実を、彼がまだ知らないと悟った。


 しかし、バルティアはソフィアに取引を持ちかける。


 禁呪書を差し出せば、セフィリアを解放するというのである。


 弟子の命を救うべきか。


 禁呪を守るべきか。


 ソフィアが決断できずにいる中、リノとオラフはセフィリアを救うため、二人だけで大習院へ乗り込む。


 だが、力及ばず、二人もまた捕らえられてしまう。


 牢の中でリノたちの前に現れたのは、バルティアの「協力者」を名乗る謎の男、ファームだった。


 その顔を見た瞬間、リノは息を呑んだ。


 ファームこそ、レーヴェを襲撃した武装集団の首領格だったのである。


 リノを目にしたファームは、奇妙な言葉を口にした。


「見つけたぞ」


 その夜、ソフィアの手引きによって、リノ、オラフ、セフィリアの三人は牢を脱出する。


 容疑者を逃がした罪により、ソフィアは無期限の謹慎処分を受けることになった。


 ほどなく、ルルトがライン王の遺体を大習院へ運び込む。


 リノたちを逃がす際、ソフィアは彼らに一つの願いを託していた。


「王都へ行き、ある人を助けてほしい」


 その一週間後、ゲート共和国からネーヤ王都へ、一通の報告が届けられた。


『国王ライン・ネーヤの死因は、ワイバーン族の用いる呪術によるものである。


 バルティア・ド・バルダス』


          ◆


 報告によって嫌竜派の勢力が強まる中、その夜、第一公女リステルのもとへ刺客が差し向けられる。


 嫌竜派による襲撃から、間一髪でリステルを救ったのは、王都に到着したリノたちであった。


 軍元帥ミシェルは、リノ、オラフ、セフィリアの三人に、ローウェンとリステルを匿うよう依頼する。


 やがて一行はルルトと合流し、二人をエルフの森の近くにある彼女の故郷へ連れていこうとする。


 その旅の途上、ローウェンはリノの姿に、かつての少女皇帝の面影を見出す。


 そして、リノがリア――アリア・クラウディアの娘であることに気づく。


 かつて自らの夫ラインを救った女性。


 その娘によって、ローウェンは再び命を救われたのである。


 だが、その一行の前に、ファームが再び姿を現す。


 リノ、オラフ、セフィリアは、ローウェンとリステルを守るために剣を取る。


 しかし、ファームの狙いは王妃でも王女でもなかった。


 彼が求めていたのは、リノだった。


 クラウディア王家の正統な血を引くアリア。


 そして、その伴侶となったオーウェンもまた、由緒ある貴族の出であった。


 二人の血を受け継ぐリノの存在を世に示せば、現在の王家と共和国政府を揺さぶり、ネーヤ半島の実権を奪うための旗印とすることができる。


 だが、陰謀を成就させるためには、血統だけでは足りなかった。


 彼らには、もう一つ必要なものがあった。


 それは、かつてオラフの父タナトスによって倒された異形の存在、カオスの力である。


 カオスの魂は死後、獣じみた霊体――オーム・スピリットへと変じていた。


 バルティアは禁呪書を利用し、その力を操ろうとしていた。


 ファームは、かつてクラウディア動乱を引き起こしたフロスの部下であった。


 そして、バルティアとファームの背後には、嫌竜派の軍元帥シュミットがいた。


          ◆


 親友であり、密かに想いを寄せるリノを救うため、オラフは敵の本拠地へ向かうことを決意する。


 その場所は、かつてフロスが支配していた荒廃の大地だった。


 オラフは、父タナトスがかつて用いた剣「風輪双刀」を携える。


 セフィリアは、師ソフィアから託された禁呪を手にする。


 二人が辿り着いたのは、廃墟と化した古城だった。


 そこではまさに、オーム・スピリットを呼び戻す儀式が行われようとしていた。


 城内へ踏み込んだオラフとセフィリアを迎え撃ったのは、バルティアの魔力によって操られたリノだった。


 オラフは、リノと剣を交える。


 傷つけたくない。


 だが、戦わなければ救えない。


 激しい戦いの末、セフィリアの呪文によってリノは正気を取り戻す。


 しかし、その代償として、オラフは致命傷ともいえる深手を負ってしまう。


 そのとき、ファームの肉体に、カオスの魂が宿る。


 人と異形が混ざり合った怪物は、自らの正体を露わにした。


 カオスとは、単なる魔物ではない。


 人の魂を蝕み、意志を操る混沌そのものであった。


 彼らは人間と交わることで眷属を増やし、長い時をかけて世界に根を張ってきた異形の神々だったのである。


 バルティアも、シュミットも、自らが陰謀を操っているつもりでいた。


 だが実際には、彼ら自身が、知らぬ間にカオスの意志に操られていたのだった。


          ◆


 生死の境を彷徨うオラフは、夢と現実の狭間で、ローウェンとリステルに出会う。


 オラフは、幼いリステルに約束する。


 必ず、あなたを守ると。


 その言葉に応えるように、リステルはオラフへ竜の力を与える。


 目を覚ましたオラフは、タナトスどうよう、龍鱗化の力を宿して立ち上がる。


 そして、妹セフィリアと親友リノを蹂躙しようとしていた異形の怪物を打ち倒す。


 最後はセフィリアの禁呪によって、カオスの魂は大地の底へと封じ戻された。


          ◆


 その後も、ネーヤ半島では幾つかの小さな争いが起こった。


 だが、それらがかつてのクラウディア動乱のような大乱へ発展することはなかった。


 ネーヤ半島は再び平和を取り戻したのである。


 新たな王として即位したのは、わずか十一歳の少女、リステルであった。


 幼いながらも知性を感じさせる風貌と、何者にも臆さぬ物言いによって、彼女は後に「プリンス・オブ・クラウディアの再来」と称えられた。


 以後、ネーヤ共和国では、傑出した王女、あるいは女王に「プリンス・オブ・クラウディア」の称号を贈る慣習が生まれたとされる。


 熱心な支持者を集める一方、多くの敵をも抱えた少女王を守りつづけたのは、後世に「竜騎士」と称えられるオラフであった。


 一方、セフィリアはゲートの普通の大学で助教授を務めた後、野に下った。


 彼女は、貧しさゆえに魔術を学ぶことのできない子供たちを集め、小さな私塾を開いた。


 その私塾は、やがてクラウディア魔導学校へと発展する。


 後世の歴史家は、この学校を「ネーヤ半島の魔術学から、平民と貴族の垣根を取り払った学び舎」と評した。


 リノについては、その後の記録が極端に少ない。


 一説によれば、彼女はオラフとともに国を守る騎士になったという。


 だが、自らの出自が新たな争いの火種となることを恐れたリノは、決して表舞台に立とうとはしなかった。


 アリア・クラウディアの娘。


 オーウェン・クラフト・サーハルの血を引く少女。


 その名は、公式の年代記ではほとんど語られない。


 それでも、クラウディア平原に残る数々の伝説は、彼女の存在を伝えている。


 草原を駆け、名もなき人々を救った小さな騎士。


 失われた母の名誉を取り戻しながら、自らは王冠を求めなかった少女。


 人々は彼女を、こう呼んだ。


 ――草原の小クラウディア。


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